表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/345

1-3 ニクサヘルにて(1)

挿絵(By みてみん)

「あと15分でハイパーレーンを抜け、ニクサヘル星系に到着します。繰り返します。本艦は、あと15分で……」


 ルイはひとり艦内放送を聞いていた。光速を超えるハイパーレーン航行中は外界との一切の情報通信が遮断される。空間をつるつるの坂道のようにした航路を超光速で滑り落ちていくには、あらゆる外界の情報を遮断する重力の泡で船を包む必要がある。そのため、同じ船団であっても他の艦に乗っている陳艦長やリンと簡単な交信すらできない。手持ち無沙汰なルイは、航路計画の進捗状況を横目で見ながら、出発前のことを思い出していた。


 *


 突然の航路変更を知らされた後、出発までルイとリンは思い出話もそこそこに作業に没頭することとなった。


 ルイたちが航行計画を更新しようとして最初に見出したことは、変更点が2つあることだった。1つは葦原星系から目的地までの航路を東ルートから西ルートに変えることで、新上司の陳シェリーから聞いていたとおりだった。


 もう1つは、新しい船が1隻、船団に追加されることだった。


 航路変更の事務処理自体は、費用面を除けば大きな問題にはならない。西ルートはガラ空きだからハイパーレーン通行許可はすぐに得られるし、東ルートにおける各種設備予約のキャンセルも違約金に目を瞑ればすぐ行うことができる。西ルートの輸送保険とて、信用のある草薙ロジスティクスであれば問題なく加入できる。


 だが、新しい船の追加は時間が掛かる。葦原からの出発許可、それに目的地での入港許可。その2つを新しい船はこれから得なければならない。そして許可を得るには、積荷の点検など膨大な確認が必要だ。

 また、船自体の点検も難題となる。原因は経由地の1つである<ニクサヘル星系>だ。巨大白色矮星ニクサヘルの活動が活発かつ予測困難であることは有名で、星系内部を通過するには荒れ狂う太陽風への対策装備が欠かせない。そして装備を変更するには、業者に船体改修を依頼しなければならない。これは通常かなり時間が掛かる。特急とあれば費用もだ。

 そのため、当初ルイとリンは本当に出発できるのかと大いに焦った。


 ただ、それは2人の杞憂に終わった。無理は承知と緊急積荷検査をねじ込んでみれば、あっさり優先実施の許可がおり短時間で終わってしまった。惑星軌道を踏まえた最適航路の再計算も、草薙ロジスティクス本社が全面的に支援してくれたので短時間に完了した。

 黒岩リンが担当する船体改修も大きな問題にならなかった。というのも、社内の予算承認から契約締結まで、すべてが瞬時と言っても過言ではないほどに支障なく進んだからだった。それに、新しく加わる船は最先端の科学研究船らしいのだが、明らかに装備が高性能であった。ほとんど装備を変更しなくても、主星ニクサヘルの太陽風に吹き飛ばされる心配は無かった。


 時間通りの出港に目処が立たったところで、ルイとリンは自然と目を合わせる。


「リン、これってさあ」

「うん。かなりの重要人物が乗るってことだろうね」

「草薙ロジスティクスってこういうの多いの?」

「ぜーんぜん。相当珍しいんじゃないかな。いやあたしも()()だからさ、詳しくはわからないけど。ルイは? 地上勤務も多いあたしより輸送経験あるでしょ?」

「荷物の割り込みはあったけど、こういうのは初めてだよ」

「艦長の言う事情ってのがなかなか説明されないから良く分らないけど……出発はなんとかなりそうね、艦長に連絡しとく」


 予想外に作業がスムーズに進み、2人の顔には少し笑みが浮かぶ。とはいえ、細かい作業が諸々あったので2人はまた仕事に戻り、出発まで慌ただしく過ごしたのだった。


*


「まもなくニクサヘル星系の外縁に到着します。繰り返します。まもなくニクサヘル星系の外縁に到着します。5秒前、4、3、2、1、到着」


 慌ただしく通信状況が回復していく。同時に壁全体に取り付けられたスクリーンが船外の光景を映していく。そこに映るのは巨大白色矮星ニクサヘル。氷を主成分とする巨大な小惑星帯を持ち、自身の光でそれを蒼く楕円状に光り輝かせている。

 巨大な宝冠を纏う氷の女王。そう呼ばれるほど、葦原人類の版図の中で最も美しい星の1つとされていた。

 

 ただし、彼女の気性は激しい。頻繁に表面を爆発させ、嵐のように強烈な太陽風を星域全体に吹きつけるため、先導する航行士を始めとして船団全体に対して常に緊張を強いる星でもある。ルイは急ぎ、次のハイパーレーンまでの詳細な星系内航行計画を立てるべく、ニクサヘルの活動観測を開始するよう人工知能に指示した。それから少しして、リンからの通信要求が届いた。


「艦長が呼んでる。全体会議だって。あたし達は作業優先、急がなくて良いって」

「分かった」


 いまのところ、旅は順調だ。初期的な調査データを見る限り、主星ニクサヘルの活動は安定しているようだ。だとすると例の件――なんでこんな出発になったのかの経緯説明――かな、とルイは思う。リンは全体会議だと言った。そして、新しく追加された研究調査船、そこに乗る者がついに会議に参加するらしい。

 出発してから何日も経過した今になって事情を詳しく説明されても何か意味があるのだろうか。ルイはそう疑問に思いながらも、船が提示する詳細な観測レポートを読みつつ、会議参加の申請を行った。





 [タマのメモリーノート]ニクサヘル星系には2つの惑星があり、ハイパーレーンの出入り口は惑星軌道の外側に2箇所、それぞれ大きく離れて置かれている。ハイパーレーンは重力干渉に弱いため、主星や惑星、そして他のハイパーレーンから距離を開けなくてはならない。そのため、ここを通行するすべての船は、冷酷な女王の気まぐれに怯えながら、星系内を通常航行しなければならない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ