2-2 茶会、そして巨象の砂漠へ(1)
「でかいな、山みたいだ」
『……アレのほとんどは金属で出来ていますね』
「昔は歩いたって事だから、金属になるよなあ。でも金属だからって、あんな大きさで動けるか?」
『うーん。とりあえず接近を継続しますよ。ここじゃ何も分かりませんからね』
ルイは頷きながら、少し離れた先にある物体を見る。それは巨大な岩山に衝突してめり込んだまま動きを止めたように見える、巨大な機械の体を持った獣の姿だった。
*
サクヤとヤグラとの質素で、しかし豪華で、暖かさと癒やしをもたらした会食の翌日、サクヤはルイをお茶に誘った。ルイが領主館の使用人らしき耳長族の男に案内されて向かった場所は庭を望む縁側だった。といっても凝った装飾はなく小さな池にいくつかの樹木があるだけだったが、高台にあり櫛稲田の周辺が広く見渡せるようになっていた。
ルイは櫛稲田の近傍を見渡す。石造りの家が中心だったアズマ府とは違い、ほとんどが木造だ。どれも同じような大きさで、葦原やアズマ府のように露骨な階級差がない。奥は田園地帯となっており、ところどころ集落と風車が散らばっているばかりで実に長閑だった。
「今日は少し霧があるようですが、天気が良い日は北の海が見えることもあります」
景色を眺めていたルイの隣に、いつのまにかサクヤが並んでいた。着物はここまでと同じ白装束だが、皺ひとつない実に艶やかな姿だった。
ルイは戦闘の素人なのでタマが周囲を常時警戒しているのだが、そのタマが何も言わなかったということはサクヤの危険度が低いということだ。そのことに安心しながら、田と畑が並ぶ大地と、その先にある空を眺めた。北の海は見えなかったが、自然と平穏があった。
それからサクヤは、櫛稲田の地理を説明した。あそこは役場、あちらは演習場、向こうでは畑。ルイも質問を挟んで、櫛稲田にも当たり前だが暮らしがあって人の息遣いがあることを知る。またこの会話の中で、風車は脱穀機ではなく予想通り風力発電機だと知る。
「あの風車があることで櫛稲田は夜でも歩くのに困りません」
「どういう仕組みなの?」
そうルイが問うと、サクヤは眉の端を少し下げて困ったといった顔をした。
「風車が回ると中に力が溜まるのです。そして力を少しずつ出していくことで灯りが付く……と聞きます。素材となる部品は比較的多くの古代遺跡から発掘できますので、それを組合せて作っています」
バギーやテントの照明にサクヤは感心すれど驚きはしなかったことから、割と電力は一般に普及しているようだ。だが今や失われた技術となってしまっている。
しばらく櫛稲田ことを話した後、ルイは話題を変えるため昨日の夕食の話を持ち出した。
「魚は北の海で獲れたって言っていたっけ」
サクヤは領主の娘なのだからもっと言葉に気を使ったほうがよいのではないか、と今更ながら思うが、急に変えるのも変だということで口調は変えないことにしている。
「はい。北にはいくつか漁村があるのです。塩もそこから採っています」
「港もあるのかな」
「はい。アズマ府へ海路で行くこともできます。とはいえ北東の半島や死の大砂漠を大きく迂回するため、かなり日数が掛かります。それでも高価な食材や手紙を中心に細々ながら定期的に交易しています」
「西にも行けるの?」
「ずっと西の港町からなら。南下すればヤグラの故郷へ行けます」
サクヤはいつの間にか後ろの縁側に座っていたヤグラを横目で見る。
「ヤグラは友好と、私の教師として国を代表して来ていただいているのです」
「ただの雇われ副官で、合間に剣を教えているだけだ」
「ふふっ、そうでしたね」
ヤグラは岩肌族と呼ばれる種族の亜人だ。ヤグラの国もまた神聖法廷と対立関係にあり、櫛稲田に派遣されているのも外交の一環なのだろうとルイは解釈する。
「お茶が来たようです、一服しませんか?」
サクヤが庭の中央に招く。小さく丸い簡素なテーブルと小さな椅子があり、その上には朱傘があった。ここにも葦原の伝統的な美意識との共通項がある。全員が座るとサクヤがルイに茶を注ぎ、次いで自分の茶を注ぐ。その後、ヤグラが自分の茶を注ぐ。陶器の湯飲み茶碗の中、黒い茶が湯気を立てている。
「櫛稲田では茶葉もよく取れます」
ルイは一瞬躊躇したが、口を覆うフードを少し外して黒茶を口に含む。味わったことのない強い香気が素早く口いっぱいに広がるが、自然と受け入れることができた。クセこそ強いが肌に合っているように感じた。
「ルイ殿は……お茶を飲まれますでしょうか」
『そもそも茶を知らない、ってことを想定している様子ですね』
タマがサクヤの質問の背景を推測する。ルイのことを遠くから来た迷い人とでも思っているのだろう。なら、生活や人間関係の常識も全く違っていて何が地雷になるか分かったものではないから色々と慎重になるのも無理はない。
(実際、迷い人の異星人だもんな。こっちだって慎重になってる。ただ、これからの事を考えると、ずっと謎の人物というのも良くないな)
遠い存在は畏れや疑惑を生み出す。だから出来るだけ自分を開示していかないといけない。ルイはそう考えた。
「黒い茶は初めてだけど美味しいと思う。前に飲んでいたのは、緑か赤が多かったかな」
「そんな色々な茶を! どんな風味なのでしょうか」
「渋かったり、甘かったり。果物の香りをつけた種類もあったかな。好きな人は色々と道具を揃えたりしてた。僕はそこまでじゃなかったけど」
それから茶の話になった。ルイはタマの知識に頼りっぱなしだったか、サクヤは活き活きとしていてこんな無邪気な表情もするのかと意外に感じた。
「……そういえば、ルイ殿にはここ最近の出来事はどう見えますでしょうか」
話が盛り上がったところでサクヤが本筋と思われる話を持ち出してくる。
「まだあんまり分かってない。色々な国に色々な思惑があるように見える」
「そう複雑な話ではない」
ルイは曖昧に返したが、迂遠な議論を嫌ったのかヤグラが素早く肉薄するような議論を仕掛けてくる。
「我々亜人を消し去ろうとする神聖法廷は強く、対抗する国は手を組まねばならないということだ」
「連合帝国は? 長身族が多い国に見えたけど」
ルイの問いかけに、ヤグラが首を横に振る。
「連合帝国は神聖法廷から分裂して出来た国だが、その際に多くの亜人の協力を得ている。今もだ。いまさら神聖法廷と手を組もうとすれば、貴族とて許されることはない」
だから連合帝国には亜人が多かったのかと納得していると、意を決したような表情でサクヤが口を開いた。
「……少し単刀直入に過ぎるかもしれませんが、櫛稲田からのお願いがございます」
サクヤが静かに、しかし強い意志を瞳に込めてルイに語りかける。お願いがあることは事前に聞いていたが、自然と背を伸ばして頷いた。
「どうか櫛稲田にご助力いただけないでしょうか。もしそうして頂けるなら、櫛稲田だけでなく森羅はできるだけのご支援をさせていただく用意があります。世界を見て回られたいということでしたら物資や人を融通いたします。知識をお望みでしたら貴重な文献も開示いたします。連合帝国が研究する古代遺跡にも触れられるよう取り計らいましょう。連合帝国にはそういうことを専門にしている集団もおります。もちろん、ルイ殿のことについては引き続き最小限のことしか伺わないですし、関わる者たちも最小限に致します」
ルイは即答を避け、無言で額に少し皺を寄せ、目を閉じて考え込んだ。





