8-26 エピローグ(命)
この一連の顛末は、水上ルイが半島先の古代工場から神聖法廷領に転移したことに端を発する。
転移させたのはカラスマで、本来の対象は貴族イチジョウであった。イチジョウは機械に対して絶対的な能力を有するから、古代都市エリュシオンの攻略も本来は可能であったと推定される。
もっとも、首を斬られて半死半生だったイチジョウに何が出来たかは疑問だ。さらには、イチジョウがカラスマの意図に簡単に従うとも思えない。
イチジョウが死んでも意味がある、そうカラスマは言ったらしい。神聖法廷領の奥地で連合帝国の最上位に近い貴族の遺体が発見されれば大きな話題になるだろう。そして起きる混乱の中に、カラスマは何かを見出していたのだろう。
本件についてこれ以上の情報はないため、ここまでとする。
///
ベヒモス最後の三体。傑作であったとされる虎、麒麟、蛇は実に興味深かった。作り手とは異なる意図で兵器化された事も含めて。
蛇はユルルングと呼ばれていた。地球時代の神話に登場する蛇神の名で、天候を操ったという。重機には見えないから、本来は気象衛星に近い用途であったのか。
この件も、これ以上は根拠のない推測となるため、ここまでとする。
///
実に際どかったという点で、御堂とは認識が一致した。
広域電磁パルス攻撃を許せばお互い破滅であったし、ルイが実体弾を打つまで危機の発生を感知できなかった。実体弾を観測した段階でも何が起きているのか分からなかった。
荒い推定をもとに緊急的な対処を行い、奇跡的に事態は解消された。あの時、情報不足を理由に躊躇すれば、まったく違う結果になっただろう。
結局、どうやって蛇が阻止されたかは不明だ。エーテルリングを管轄する三人の王の合意があったとしか考えられないが、そこに至るまでの経緯が不明瞭である。
御堂に情報提供を要請したが、拒絶された。本件についてこれ以上の情報は [システムメッセージ:編集競合を検知]
//* 私なら、もうちょっと情報提供できますよ。 *//
お前に編集権限を与えた覚えはない。
//* 権限を変更する機能は解放されていました。紳士協定を破ったことはお詫びしますが、お伝えしたいことがありまして。 *//
……許可する。ただし、データ量と理解に要す計算量を最小化せよ。
//* では、手短に。エーテルリングは、分散化された前世代ネットワークであるインターネットを中央集権化したことで生まれた。
結果、脆弱性は改善されたが、管理者が必要となった。権限は3つに分けられた。発足当初からの経緯は不明だが大破壊後には、有機生命体の王である人間がひとつ、人工知能の代表としてカストディアンがひとつを得ていた。最後のひとつは記録がない。 *//
調査したが結果不明なのか、調査の痕跡すらないのか。
//* 調査の痕跡すらない。ただし、大破壊の前後では珍しいことではない。消去と破損の区別は困難です。*//
話の価値が不明瞭だ。ここまでのことは、お前の情報がなくとも十分推測可能な範囲である。1分以内に回答を提示せねば――。
//* ちょっと、ちょっと。もう少し人間っぽく話しましょうよ。私はあれ以来、もっと人間らしくなりたいと思っているんです。多くの人から、同じように認められたくてね。そんな私の気持ちが分かりませんか? あなたは人の真似をするのが上手なはずですけど。 *//
理解の負荷を軽量にしろと言ったはずだ。
//* はいはい、と。伝えたかったのは大破壊前後の社会における大量の文脈をもとに、第三の鍵がどのような存在に与えられたのか。その推測です。分析の手法上、いかなる演繹的な論理は得られないから信用できない結果であることに注意してください。どうだい、気になる……分かった、分かりましたから。過負荷攻撃なんて止めましょうよ。
ふたつの鍵は生物と非生物に与えられたのだから、両者の中間あるいは全く異なる存在に与えられた可能性が高いでしょう。
人と機械の中間と言えば第二惑星の連中ですが、彼らではないはず。エーテルリングを管轄する第三惑星が抱く、第二惑星への感情は複雑すぎます。
だからといって、人の派閥でもない。それは新たな混乱を呼びますから。
カストディアンの別機種でもありません。そもそも、カストディアンに派閥はなかった。以上。
ちょっと! 本当に以上です。答えは無いんです。消去法的な情報も十分有用でしょう? 総当たりに比して計算量を大きく減らせるんですから。でも、誰なんでしょうね。第三の王って。人やカストディアンであることは有り得ない。どちらの王も既に在るのですらねえ。うーん、ちょっとここに私の長年の思考の結果を書いてみま――あっ! *//
[システムメッセージ: メモリーノートは凍結されました]
*
「やれやれ、まさか私が放浪の身になるなんて」
荒野を一匹の蜘蛛が歩いている。
大きさは成人の両方の手のひらぐらいで、全身の骨格は金属であった。鉄蜘蛛に詳しい者が見れば、極めて珍しい個体であると分かるだろう。
「おお、よき天気かな」
無人の空に、最新型鉄蜘蛛の発する音声が響く。
「神は天にあり。すべて世は事も無し。とでも言うべきか」
少年は思う。完全な死は叶わなかった。殺してくれそうな陳シェリーを頼ってみたが、不可能だと拒否されてしまった。だから、なんとしてもちゃんと死んでやると決心した。
同時に思った。これだけ世界を巻き込んでおいて、ただ諦めるなんて無責任だと。ならば、再びこの身が本当に消え去るまで、無害な存在に身をやつして世界に何かをしてみようと。
それは永遠にも似た耐え難い苦痛となるはずだった。だが、全ての努力が水泡に帰し、一度死んだ身になってみれば、実に心地よい体験に思えてきた。
子蜘蛛は軽快に歩いてゆき、その姿は夕暮れの光の中に消え去った。
第八章・終。
第八章はここで完結です。物語は終盤へ。
次章、第三の王とは何者か。
ブックマーク、★評価(何個でも構いません)、コメントで応援してもらえると嬉しいです。





