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8-21 司祭(3)

「何が受け継ぐ、だ!」


 ルイは叫ぶと、(そで)で口を拭って叫ぶ。


死人(しびと)のくせに!」


 ルイの口から唾液や血など一切出ていない。そもそも機動戦闘服は撥水性だから、どんな液体も拭き取れない。

 だが、意味はあった。手首が唇に触れた時、ルイは一瞬だけ左を見た。マキナと目が合った。それで十分だった。


「もともと生きてもないわ」


 マキナの軽口をよそにルイは正面の、黒いパイプフレームのような脊椎の上に乗る少年の頭部を視線で射抜く。同時に右手の対物ライフルを手放すと、間髪入れずに紅千鳥を抜刀。燃え盛る居合いの一閃にて少年を下から斜め上に両断した。

 ニヤけた顔は炎で掻き消され、全身が蜃気楼のように歪む。だが、消えることはない。


 相手は立体映像。攻撃は無意味。そんなことはわかっている。

 だが、ルイはこれ以上、少年に喋らせるつもりはなかった。分かりやすく宣戦布告して老司祭と少年が望む未来を否定したかった。


 進歩のない、暖かく安らかな停滞という名の泥濘(でいねい)。その中で眠るように、数百年後か数千年後も暮らす。葦原文明に到達されてしまえば、いいようにされてしまう事など忘れて。

 日々の食に困る人は減らず、新しい薬は生まれず、血蜘蛛のような生物にただ怯え続ける。昨日と変わらぬ明日がずっと続く世界。

 そんな文明の姿を、未来の歴史を、ルイの根底にある何かが叫ぶように否定した。この星のすべての人々、その子孫の未来は明るくなければならない。アマテラスの大通りを駆け回る子供たちの笑顔のように。そう、はっきりと確信した。


 ルイが、乾いた大地へ落ちていく対物ライフルを右足首で跳ね上げ、両手の刀を素早く納刀。空中のライフルを両手で掴み、灰色の人工の空へ掲げる。


「情報、送ったわ」

『目標20カ所! 自動照準完了(ロックオン)! どれからでも!』


 タマの叫びに、無言でルイは引き金を引いていく。輝く、先の尖った光の矢が次々と都市の天井、周囲のビル、住宅に突き刺さり次々と爆発を引き起こしていく。

 轟音が響くたび次第に少年の姿が薄くなり、最後には消えさった。


投影機(プロジェクタ)をすべて破壊! 探知電波、消滅!』

「――やれやれ、聞く耳は持たないという訳ですか」


 タマの緊迫した声に続けて、都市空間全体から声が響いてくる。


「一応、上よ」


 見上げるマキナの視線の先、灰色のドームの下に浮かんだ少年がどこか遠くを見ている。また、ドーム全体が少しずつ明るくなっているように思えた。


『空間の光量が増している……都市機能が息を吹き替えした?』

「なるほど、なるほど」


 ルイの隣で同じく空を見上げるタマの声を気にかけず、少年あるいは都市全体が呟く。


「地下遺跡……か。カルンウェナン群体が、まだこんなに沢山残っていたのですね」

『アマテラスの端末に接続(アクセス)している!?』

「都市の権限が高まっているようね」


 横から聞こえるマキナの声には警戒の色が混ざっている。


「大破壊の折、各都市のエーテルリングは相互接続を封じられた、とお父様は仰ってたわ。今になってどうして。……鍵はあのお爺さんね。さっきも指向性音波で彼とお話していたみたいだったもの」

「友よ、古代都市に魅入られておったのだな」


 ルイとタマが、はっと気づいたように前を見ると、老司祭は立ったまま瞑想しているように目を閉じていた。周囲は取り囲まれている。左からヘンリーが短剣を首へ突きつけ、右には抜き身の刃をもった祝福騎士ヴィラール。ソフィアは背後から、油断の無い目を向けている。

 正面に立つのは老博士サイモアだ。


「いつからだ? どうして我らが誓いを忘れた?」


 瞳を閉じた老司祭が何も語らぬのを見たルイが言う。


「……ヴィラール、今は協力してくれ。この星の未来を諦めたくない。都市を目覚めさせるべきじゃない」

「――分かった」


 神聖法廷の誇り(プライド)、祝福騎士ヴィラールは振り返らず、ただ剣を鞘に納める。


「何が起きているか全く分からない。どうすればよい? (まぼろし)は私でも斬れない」

『作戦があります』


 タマの言葉には、信頼や温かみではなく、冷徹さがある。油断できぬ相手への通告のようだ。


『ここのエーテルリングの中枢を破壊しましょう。私が案内します。そこで、きっとあなたの力が必要になります。事が終わるまでルイには手を決して出さないように』


 冷たい声色のタマの言葉をヴィラールはただ背中で聞いた。それから振り返り、厳しい表情のまま小さく首を縦に振った。


 *


 太古において《始まりの研究所》と名付けられた無機質な鋼鉄のビル。途方もないほど長きに渡って無人の受付カウンターの奥、白い回廊を抜けた先にあるエレベーターホールにて少年は退屈そうに立っていた。


「邪魔しないで頂きたいのですがね、無理でしょうけど」

「お前の願いは、自分が永遠に消えたいだけだろう。望み通りにしてやるから、静かにしてろ」


 ルイが冷たく告げると、少年は寂しげに笑う。


「嬉しい申し出ですが、なかなかそう簡単にはいかなくてですね」

『どんな理由があっても、滅びることを決めたあなたに未来を決める資格はありません』

「そうかもしれない。だが、チンケな倫理で私を止めることなどできませんよ」

「なら、力ずくでやらせてもらうわね。ルイにはまだ消えて欲しくないの。お爺さんの願いを叶えさせるわけにはいかないわ」


 深窓の令嬢の如きマキナが静かに、だが有無を言わせず淡々と告げると、少年は肩をすくめた。


「……結局は暴力か。人も、カストディアンも、本当に愚かだ」

『同意しますが、あなたもです』


 タマの指摘に答えず、少年の立体映像が忽然(こつぜん)と静かに消える。


「行きましょう」


 マキナが壁にある△ボタンを押す。ホールにある左右3つずつ、計6基あるエレベーターのうち、眼の前にある鋼鉄の扉がすぐに開く。


 マキナはすぐに中へ入った。続けて祝福騎士ヴィラールと軽装弓士ヘンリーが厳しい面持ちと共に入り、それから(せわ)しなく周囲を見渡す聖女ソフィアも入った。

 肩を縮め黒髪と薄いオリーブ色の肌を震わせるトリシュナと、不安を瞳に(たた)えながら彼女の肩を抱くチーチーも続く。置き去りにはできなかた。


 全員が入ったのを見届けたルイとタマが最後に入ると、鋼鉄の扉は音もなく閉まった。



 *



 不安げな浮遊感の後に開いた扉から出た一行を出迎えたのは、数十体の鉄蜘蛛の群れであった。だが、ルイたちに取って何の障害にもならなかった。


 接敵の初手において、タマの指示に従って放った対物ライフルの鉄鋼光弾が廊下に並ぶ数体の鉄蜘蛛を次々と貫いたし、その後でマキナが右の手のひらを前にかざすと残る鉄蜘蛛は静かに停止した。


 その様子を見たヴィラールは瞳を細め、ヘンリーは口角を僅かに上げ、ソフィアは巨大な汚物を見たかのような顔をした。チーチーとトリシュナは、ただエレベーターの中で震えていた。


 ルイは迷いなく歩き出す。時折、鉄蜘蛛の奇襲を受けるが、タマとマキナの()に守られた一行には何の障害にもならなかった。


 そして、数分後。


「へっ、老司祭殿が仰っていたとおりだな」

「ヘンリー! あれは機械に魂を売った恥知らず。司祭などと二度と呼ばないで」

「へいへい」

 

 軽口でソフィアをあしらったヘンリーの眼の前には、廊下のすべてを塞ぐ鋼鉄の扉があった。これまで何度も見てきた隔壁だ。


 ここ始まりの研究所へ向かう前、老司祭は言った。

 その電子の精霊なる者が言っていることは正しい。始まりの研究所へ向かうべきだ。その名は私も知っている。そこには、封印された古代のあらゆる知識だけでなく、都市を司る核もまたある。永遠に封印された扉の向こうにそれはある。

 すべて破壊するが良いだろう。そうすれば、私と古代都市、君たち、どちらの願いが勝つか決まるはずだ、と。


「だが、この扉は破れないぞ。知っているだろう?」

「いいえ、皆でやればできるわ」


 額にシワを寄せるヴィラールに向けて、マキナは薄く笑った。






 [タマのメモリーノート] 神聖法廷からお越しの御一行様の信仰心はどれほどだろうか。

 ヴィラールは聖別された騎士だけあって信心深く、それでいて現実との調和が取れている。諸国を旅した経験が、彼に柔軟さを与えているのだろう。

 老司祭、それと聖女を名乗る高慢女ソフィアは、お互いを嫌悪し合う関係だが、どちらも所詮は聖職者。似た者同士。話を聞かない狂信者と言って良いだろう。

 老博士サイモアも、ある意味で狂信者。ただし、信仰や教義ではなく、自らの信念あるいは欲望に対してあまりに素直なのだろう。

 軽装の弓騎士ヘンリーは思考が極めて柔軟なようだ。その点を軽率であるとソフィアは非難するが、実のところ神聖法廷の本質を見抜き、それを守ろうとした結果にも見える。

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