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1-15 再びの蜘蛛(2)

 サクヤの眼に警戒の光が浮かぶ。斥候の二人が小さくカチャリと鎧を鳴らす。ルイとサクヤの声量は穏やかだったが聞き耳をしっかり立てていたようだ。


「手掛かりは、何かないかな」

「……具体的な根拠となると……。申し訳ありません」


 サクヤは俯いて謝罪の言葉を述べる。しかし、サクヤの瞳だけでなく表情、そして全身から緊張が溢れ出ているのを見て、撤回したわけではないことを悟る。それを見たヤグラが会話に入った。


「どうした。――なるほど。サクヤの勘は良い。サクヤが危険だと言うなら危険だ」

『ルイ、改めてセンサーで重点的に周囲を走査しましたけど、異常は見当たりませんよ』

「……うーん。なあ、何か変だと思うか?」


 頭を掻きながら、ルイが斥候たちに話を振ってみるが反応は乏しい。


「そう言われても、ここが初めての俺たちには良く分らんな」


 そう応じられて、ルイは石竜から降りて思案する。危険だと言われても手掛かりがなければ何もしようがないし、ここにずっと留まるわけにもいかない。だが、どこかに血蜘蛛がいることは確かであるし、ルイもまた言いようのない()()()のようなものを覚えていた。さらに、直感を曖昧にしてはならないとルイの中の何かが全力でそう告げていた。


「ヤグラは? なにか動くものが見えたり、そうでなくとも何か気になることはないか? なんでもいいんだ」

「……」


 ヤグラは周囲を見渡すわけでもなく、ただ前方を黙ってただ見ている。それを見たサクヤが声をかけた。


「……ヤグラ、なにか見えますか? あなたは目が良いので」

「石だ」


 サクヤの問いにヤグラが短く答える。


「……。確かに沢山ありますが、あまりこれまでと違っているようには……。それとも、遠くになにか何か見えているのですか?」

「違う。そこの両岸にある石だ」


 ルイは改めて昨日キャンプしていた場所の近くの川辺を眺める。大きめの石が多く少し歩きにくそうだ。


(歩きにくい? あれ?)


 ルイが感じたひっかかりを、ヤグラが言語化する。


「昨日はもっと戦いやすい場所だったはずだように感じたが、今見ると案外面倒だったようだ。だが、改めて見てみれば、本当に()()()()()か?」

「確かに……蜘蛛に追われて必死でしたが、もっと走りやすくて戦う時もあまり苦労していなかった気がします」

(そうだ、平坦な砂地が多かったからここでキャンプしたんだ。それに二人と会ったとき、夜なのに走っていたよな)


 ルイは改めて口を隠し小声でタマに呼びかける。


「タマ、昨日と今日の光景を比較できるか」

『可能です。昨日の移動経路と同じ場所に移動する必要がありますので、あの地点に立ってください』


 ルイがゴーグル内部にある仮想現実表示装置がピン型アイコンで示した前方近くの地点に向かう。それから改めてキャンプ地の方を見ると、昨日に見た景色が静止画像となって突如現れ目の前の風景と重なる。そして、昨日との差異が明らかになる。河原の石がちょっとどころではなく随分と増えていた。


「崖崩れでもおきたのか……いや、それにしても」

『ほとんどの石に丸みがあり、しかも大きさが同程度です。ルイ、これは……』

「……その大きさが似た岩を射撃標的に設定。……全員警戒してくれ!」


 ルイがアメノミナカの教育課程で習った地上戦の演習どおりに声量を大きくして呼びかけ、同時にバックパックからライフルを出して膝立ちで構える。サクヤとヤグラもすぐさま躊躇せずに石竜から降りて抜刀する。斥候は石竜に乗ったまま素早くクロスボウへ矢を装填し始めるも、文句をつけてくる。


「なんで道案内が仕切ってんだよ。おい、ヤグラ。何かあったらお前が指揮してなんとかする、道案内は戦えないって話だったよな」

「今は従え」

「……けっ。血蜘蛛の大群なんて二人で捌けるはずがねえって思ってたが、こいつが切り札ってことかよ。道案内! テメエの持ち手がクロスボウみたいなその杖はなんだ?」


 ルイは応えない。タマからの情報提供に集中しているためだ。


「……無視かよ。おい、ヤグラ、道案内はなにするつもりなんだ?」

「静かにしろ」

「……チッ、後で説明しろよ!」


 ヤグラの態度は、もはや平常時のものではない。斥候たちも流石に観念しクロスボウを構える。狙いはルイが向いている方向とは全く違う。背後や側面からの奇襲を警戒しているらしい。


『ルイ、斥候たちの動向はヤグラがそれとなく目配せしてくれているようですよ』

「……ただの石だった。それならそれでいい」


 ルイはどうせ説明したって意味がないと考え、斥候長には眼を向けずに照準を覗き込む。ヤグラも斥候長に対する態度を見ると同じ考えのようだ。

 ルイの拡大された視界には、拡張現実機能で標的として識別された無数の石が広がっている。そして最も手前の標的に照準を合わせるとすぐに予想弾道が線で示された。


「当てる」


 ルイは小さく呟いてから引き金を引くと、直ちに鋭い光弾が放たれ岩らしきものに直撃した。だが、粉砕されて吹き飛んだのは赤い肉片と体液だった。それは超局所的な赤い雨となって周囲の岩々に降り注ぐ。すると、すぐさま周りの無数の石から足が生え、立ち上がると色を急速に赤黒く変えながら一斉に迫ってきた。


「お、おおお、おいっ、あっちにもいるぞ!」


 ルイが照準から目を離して斥候長が指さすほうを見れば、左右の崖に近いところからもいくつかの岩が動き出し色も変わっていくのが見えた。


『背後にも動く物体を検知。あと数分で戦闘距離に入ります』

「くそっ、包囲するつもりだったな! 蜘蛛ってそんな頭いいのかよ!」


 川辺からは、仲間の擬態を見破られたことを知った無数の血蜘蛛が動き出していた。それを検知したタマは、ルイのゴーグルに上空から俯瞰した谷の地図と蜘蛛の位置を光点で指し示す。前方のキャンプ先に敵性標的多数、それよりは少ないが背後にも多数。それだけでなく左右の崖にも少数ながら光点が存在していて、既に短い距離を着実に詰めてきていた。


『状況は不利です。榴弾(りゅうだん)を使ってください』

「エネルギーを大量に使うやつだよな……仕方ないか!」


 ルイがライフル横の小さなスライドを動かすと、無数にあった標的が消え、前方から迫る蜘蛛の群れの中央の1つに絞られる。


『一撃で最大の効果が得られる位置を表示しています、どうぞ』


 ルイはタマの合図を聞き、迫る蜘蛛の群れの先頭付近に向けて躊躇なく引き金を引く。するとライフルの銃口に光が集まりだし、数秒後ゴーグル内に準備完了との表示が現れる。すぐさま引き金を開放すると、激しい発射音と同時に大きめの光弾が発射され、蜘蛛の群れに着弾すると爆発を引き起こした。


「い、いまのは!?」


 サクヤが声を掛けてくるが、ルイは目を向けずに返答する。


「前はやるから両側を頼む! 後ろからもそのうち来る! とにかく頼んだぞ!」

「わっ、分かりました!」

「応」

「くそっ、マジかよっ」


 サクヤに続けてヤグラと斥候長も応じたのを聞いてから、ルイは再び前方に目を向ける。煙と爆発四散した眷属を乗り越えた大量の蜘蛛たちが迫ってきていた。まるで赤黒い津波のようだった。何匹かは死体漁りに向かうも大半は真っすぐ一切の躊躇なく向かってくる。


『ルイを最優先目標と設定したようですね。距離があるうちに減らしましょう。あと数発、榴弾を撃ってください』


 ルイが照準を覗き込み、タマが指し示す方向に間隔を開けて数度榴弾を打ち込む。着弾の度に凶悪な爆風と衝撃が発生し、周囲の血蜘蛛をなぎ倒していく。


『中止! 通常光弾に切り替え! 距離の近い個体からどうぞ』


 ルイは、再び一気に数が増えた標的のうち、最も手前のものからいくつかを連続して撃破してから周囲を確認する。先日の戦闘結果をもとに射撃が最適化されているようで、命中率は大幅に上がっている。僅かながら生まれた余裕を使い、ルイは周囲を見渡す。そこには予想外の光景があった。


「……すごいな」


 まず目に入ったのは左側のサクヤとヤグラだった。ヤグラが身長ほどもある板のような武骨な剣を縦横無尽に振り回し、その一振りごとに血蜘蛛の体を豪快に削り取っていく。その剣速はあまりに早く、振り終わった後ぐらいしか剣の姿を確認することができない。

 ヤグラの背後には、暴風のような剣による巻き添えを避けるよう少し距離をとったサクヤが細身の片刃剣を構えて一匹の蜘蛛を引き付けている。ルイにはその細剣が人相手には通じても、一切の恐怖なく突進してくる蜘蛛相手には合わないと感じた。そのため銃口をサクヤ側の蜘蛛に向けて援護しようと考えたそのときだった。


「風!」


 サクヤが叫び剣を振った瞬間、明らかに剣の間合いの外にある蜘蛛が見えない刃によって片足数本を切り裂かれて転倒した。そして、まるで事前に綿密に申し合わせたかのようにヤグラが振り向き、なんとか立ち上がろうとする蜘蛛の頭に剣を打ち下ろし絶命させる。それを見たサクヤは、別の蜘蛛に向かって掌を向け、再び叫ぶ。


「水!」


 すると、突如川の中から半透明の槍が放たれ蜘蛛の横っ腹を突き刺した。槍はすぐに水しぶきへ変化し消えるも、深手を負った蜘蛛の動きは鈍い。驚愕したルイの視線がサクヤの挙動に釘付けされるが、直後タマが迫りくる危機を告げる。


『前方の蜘蛛との距離が危険域にまで縮まっています! 押し返して! 加えて奥に正体不明の巨大移動体!』




 [タマのメモリーノート] 葦原政府は「異星人に備えよ」という規約を移住当初よりほぼ改変不可能な形で掲げている。この規約が制定された経緯は不明瞭であり、撤廃を求める声も少なくない。

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