1-2 黒岩燐と陳シェリー(2)
「今回の団長を務める陳シェリーだ、宜しく頼む」
「は、はい。水上ルイです。宜しくお願いします」
「黒岩とは顔見知りだそうだな。仲間と早く打ち解けられたようで良かった」
「お、驚きましたが少し安心しました」
陳シェリーと名乗った小柄の女性が、ルイの言葉に余裕を持って頷く。一方、ルイは平静を保つだけで精いっぱいだった。相手が小柄というよりも、幼い少女にしか見えなかったからだ。
『ちっさ! 幼女じゃん。かわいー』
(タマ! 新上司なんだ、気が散るからやめろ!)
リンとルイが向かったのは共用会議室がある区域だった。搭乗ゲート近くにあり、出港前に航路や物資を再確認するため、これまでルイが何度も利用してきたお馴染みの場所だ。
ただ、今回の会議室は初めてだった。一般的な会議室より倍以上も広く、設備も高級だ。中央には極めて珍しい天然木らしき大きなテーブルがあり、超高精度の立体映像装置、コーヒーや軽食の用意まである。ルイの常識では、こういう部屋は資金に相当な余裕のある大規模船団が使うものだった。
(流石は業界大手の草薙ロジスティクス……か? 贅沢しすぎに見えるけど)
入るなり、落ち着かない気持ちを抱えて部屋を見渡していたルイは、背後から突然話しかけられることとなった。そしてルイは驚きを極力隠しながら振り返り、少女にしか見えない新上司の姿に更に驚くこととなった。
ルイは改めて新上司を見る。足元まで伸びる長い金髪ロングテール。背丈は1メートル少しだろうか。髪には星型の髪飾りがたくさん付いている。背丈や髪だけをみれば過剰に着飾ったお嬢様という出で立ちが、軍服に似た草薙ロジスティクスの制服とまるで合っていなかった。
「さっそくだが、今回の航路計画に目を通しているか?」
だが、その表情と話ぶりは冷静沈着な管理職と言う他ない。
「はい。東ルートを通りゴソック星系に向かいます」
ルイは気持ちを切り替えながら、頭に航路図を思い浮かべる。
葦原からゴソック星系に向かうルートは2つあり、それぞれ東ルート、西ルートと呼ばれている。安全で、かつ途中にある宇宙ステーション向けの資材輸送で小銭稼ぎも狙える東ルートが圧倒的に人気だ。ルイも前職にて何度も通ってきた道で、今回も当然東ルートが選ばれていた。
「そうだ。だが、西ルートに変更となった。着任したばかりだが、航路計画の変更を頼みたい」
「えっ、本当ですか?」
リンが軽く驚きの声を上げる。
「さっき決まったところでな。で、水上。出来そうか?」
「は、はい。西ルートも1度通ったことがありますので大丈夫だと思いますが……」
「分かった。他にも諸々変更がある。2時間以上かかりそうなら教えてくれ」
リンが慌てて割って入る。
「もしかして急ぎですか?」
「ああ、3時間後には出港したい。黒岩も整備を頼む」
こんな急な変更など聞いた事ないと、ルイとリンは思わず顔を見合わせた。
西ルートは、別名特急ルートと呼ばれている。とはいえ、東ルートとの差は僅か2日。宇宙ステーションが無いため、トラブル時は自己責任。なにより環境が少し特殊であり、余計な燃料代が掛かることから通常の物資輸送で使われることはほとんどない。
しかも、今回は直前での航路変更のため、途中で停泊予定だった宇宙ステーションの利用キャンセル料も掛かる。ついでに宇宙ステーション向け資材も売れなくなる。
ルイとリンは経済的な打撃の規模を正確には想像できなかったが、流石に今が普通のことではないことには気づいた。
「隣の会議室を予約しておいた。作業用に好きに使ってくれ。質問はあるか?」
「……すぐ航路の更新に取り掛かります」
「……船の点検に行きます」
「結構。それではよろしく頼む」
ルイとリンは挨拶もそこそこに険しい表情を浮かべ、別室に慌ただしく移動していった。
[タマのメモリーノート]ハイパーレーンとは、航行船を超光速で運ぶ経路のことである。