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7-16 もうひとつの火種(2)

 少し(わび)しい頭頂の副官サムライが罵声をカラスマに浴びせる横で、ルイはただイチジョウを盗み見ることに努めた。


 ――何だ……イチジョウを何かが包んでいる? 球体?


 微かな、半径3メートルほどの球体がイチジョウを包んでいる。その球体の存在は極めて希薄で、大気との境界面が僅かに光の揺らぎとして見える程度でしかない。どうやら全くの透明で色は無く、ただ表面が光を僅かに屈折させるだけのようだ。もし違和感を大切にせず目を凝らさなければ決して分からなかっただろう。

 カラスマに気絶した振りを見破られたイチジョウは薄く目を明けてカラスマを睨んでいる。球体に気がついた様子はない。球体内部からでは屈折が分からないだろう。


「お、ルイ。流石だな、気付いたか」

「……あの丸いのはなんだ」

 

 ルイはなるべく自然体を保っていたが、カラスマに通用しなかった。ただ、そうなることも想定したので、ルイは冷静に問う。


「イチジョウに何をするつもりだ」

「とりあえず近寄ると危ないぞ。お前らじゃなくてイチジョウがな」

「ぬうう、丸いのとは何だあ! 貴様ぁ、殿下に何をした!」

「……副官殿はまずちゃんと観察してくれ、気付いたら説明してやるよ」


 カラスマは肩こりをほぐすように首を捻りながら、余計なことはするなと全員に釘を刺しつつ、さらなる時間稼ぎに出た。副官が歯ぎしりしながら喚くがカラスマは軽くあしらうばかりだ。ルイの耳に小さく、そして解像度の低い雑音混じり声が入ってくる。


 (これ以上はやばい、やるぞ。)


 視線をカラスマに固定しながら、ルイは僅かに頷いた。声の主はシロだ。使っている道具は耳に装着するだけの小さなイヤホンマイク。本来は数キロメートル離れても使えるはずだが、ここ高天原では数メートルの距離でしか使えない。それでも無いよりずっとマシである。


「これよりイチジョウに新たな任務を与える。世界を救ってこい!」


 そう明るく高らかに告げたカラスマは右手を空に掲げる。その手の中には何か四角いものがあった。


「あっ!」

「うん? ()()まで知っているのか? 流石だな」

「け、結晶ってなんだ?」


 ルイは思わず声を上げてしまった。カラスマが持っていたものが、漆黒の立方体だったからだ。まさかエーテルリングの鍵なのか、カラスマが三人目の王なのかとルイは心底から驚いた。だが、カラスマが結晶という耳慣れない言葉を言ったため、なんとか誤魔化しにかかる。仮にエーテルリングの鍵だとして、違うと認識しているならば教えてはならない。


「知らなかったのか? これは魔力の塊で出来ているんだよ。実に貴重でな」


 カラスマが物体を握った右手を前に掲げると鈍く光を放つ。


「な、なんだあーっ?」


 シロがわざとらしく大げさに叫んで短剣を持った右腕で目を覆う。と同時に、左の手のひらで軽くふとももを叩いた。それが合図だった。


「カラスマぁ!」


 叫ぶと同時に右脚で地面を蹴りルイは突進する。二振りの電子刀に残った(しぼ)(かす)のようなエネルギーの全てを注ぎ込んだ、本当に最後の戦闘機動だ。(くれない)の長刀も抜いた。焔を出すことはもう出来ないが、ただの刀として斬りつけることはできる。少なくとも威嚇にはなる。そこに賭けた。賭けるしかなかった。

 なにかが起きようとしている。そして時間稼ぎ勝負では、カラスマが優位に立ったと見て良い。ならば、もう一刻の猶予も与えてはならない。


 狙いが当たり、ほんの僅かにカラスマの視線がルイへ向く。同時に、物体を持ったカラスマの右手の甲を矢が掠めた。短弓による一撃だ。放ったシロは、既に逆手で短剣を抱えカラスマへ突進している。カラスマは瞬時にシロの接近に気がつくも、かすかに息を呑んだ。そう見えた。カラスマの意表を突けたとルイは確信する。


 だが、奇襲が成功したと決まった訳では無い。ルイは接地した左脚を全力で踏み込んで右半身を大きく前に出した。燃えぬ長刀を片手上段に構え、肘を真っ直ぐにして全身の間接を伸ばした。距離はぜんぜん詰まっていない。それでも、切っ先だけでも届け、コンマ1秒でも注意を引きつけろ、そう願って紅千鳥を握る手に力を込めた。


「がっ!?」


 突如、ルイは強烈な悪寒(おかん)を覚えた。どす黒い恐怖が尾骶骨(びていこつ)から延髄まで電流のように駆け抜けていく。あまりに唐突な負の感覚に、思わずルイの脚が止まりそうになる。


 ――何かが来ている!? だけどっ、カラスマは危険だ! ここでっ!


 だが、ルイは湧き上がる予感を抑え込み、カラスマを止めることを優先した。固まりそうになる紅千鳥を持つ腕を動かす。無理をおしてルイは左半身を前に出す。その時、カラスマと目があった。


 ――シロから視線を戻した!? ダメだ、カラスマなら避ける!


 その時、右側の死角から強い衝撃を感じた。視界がぐるぐる回転してカラスマの姿がすっ飛んでいく。カラスマが移動したのではない、自分が左へ吹き飛ばされたのだ。


 何が起きた? そう思う間もなく、激しい一筋の光線がカラスマとルイの間を貫いていった。光線はカラスマの脇を掠め、苦痛と驚愕がカラスマの顔に浮かぶ。カラスマの持つ箱が手から零れ落ち、一際大きく光る。


「まだ動くかっ!」


 カラスマはそう吐き捨てつつ、ルイの後ろへと視線を向けた。

 反射的に振り返ったルイが見たのは、自分の胴に抱き着いて必死の表情を向けるリン、その後ろにカルンウェナン群体のひとつを脇に抱えた右半身だけの機械仕掛けの男。

 第二惑星を故郷とする生体機械の男は、右半身だけでルイを狙って攻撃を仕掛けてきていたのだ。そして、リンが自分を突き飛ばすことで守ってくれた。その事にルイが気付いた瞬間、男の体に電流の蛇が絡みつき、今度は左右に両断される。サクヤとヤグラも駆けつけていた。


 状況を理解したルイは、体の全ての力を使って跳ね起きた。そして目の前で目を大きく見開くカラスマを見た。シロも斬りかかっている。


 ――今なら!


 偶然と仲間の献身が積み重なり、ルイはついにカラスマを捉えた。まだ距離があるから胴は無理でも腕になら届くと、長刀を今度こそ振り下ろす。勝利を確定させるには至らずとも、形勢逆転の大きな一撃になる。そうルイは確信した。

 だからこそ、ルイは気が付けなかった。自身の視界の外側が奇妙な光の屈折によって歪んでいたことに。


 突如としてルイの視界を青い光の閃光が襲う。反射的に一瞬だけ目を閉じ、開けたルイが見たものは広大な暗黒の世界だった。上下左右もなく、途方もないほど遠方に白や紫に淡く光るモヤが巨大な嵐を巻き起こしている。モヤの中、天体ほどありそうな巨大な球体が見え隠れしている。見覚えのある、絶対に忘れることのない光景。


 ――これは……ニクサヘル星系で……ここへ来るときに……。


 全身全霊が泡立っていく。だが、視界は急速に黒く染まっていき、すぐ全てが暗黒に閉ざされた。




 *




 左の頬が痛い。冷たい。思わず手を前へと伸ばすと固い壁へとぶつかった。訳が分からず、とにかく押すと自分の体が浮き上がるのを感じた。そこでようやく、ルイは自分が倒れていて床を押していたことに気が付いた。


「カラスマっ!」


 失われた平衡感覚を取り戻しながら、ふらふらとだが反射的にルイは立ち上がった。右手の感覚を信じて長刀を正眼に構えた。だが、周囲には()()()()()()()


「えっ?」


 奇妙な声を上げ、ルイが周囲を見渡す。だが、見えるすべては暗闇の中に沈み込む雑然とした造りの石壁だけだった。


「どこだ、ここは……。タマ! 位置情報!」






 [タマのメモリーノート] Null(ログが残されていない。)

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