7-16 もうひとつの火種(1)
「へっ。やっぱりイチジョウを殺る気まんまんじゃねーか」
シロが鼻で笑う。
「で、もう時間稼ぎは終わりでいいか?」
「おっ、バレてたか」
カラスマは表面的にだけ驚いたような顔をして肩を竦め、あっさり認めた。
「大事な話をしたつもりでもあったんだがな」
「もう長々と御伽話やら身の上話は聞き飽きた。アズマ府に向かわせたモモカを密かに戻らせているのは分かっている。斥候隊が他に来ているのもな。どれもここには来ねえ」
「よく気がついたな。どうやったんだ?」
「旅行者ギルドが派遣した忍者は俺たち三人だけじゃねえ。俺たちの監視と支援をする奴らが居るんだよ。優秀と名高い隊長様なら気がついていたと思ってたがな! お前が怪しいと分かってから誰も近づけるなと伝えている。モモカもコウとクロが殺すか追っ払っているはずだ」
「凄いな。監視員がいるのは分かってたが、そこまで臨機応変に動けるのか。いやいや、旅行者ギルドもなかなかやるな。もうガナハを落ちこぼれと馬鹿にはできん。といっても、全部俺の独断だし、モモカは守り人じゃないから結果的に意味は無かったとはいえ……ともあれ良い判断だな。俺でもそうしただろう」
「カラスマ、お前の時間稼ぎは無駄だった。そんで俺の時間稼ぎは成功、退路はもう仲間が塞いでいる。さっさと死ぬか、降参します助けて~って言ってくんねえかな」
「ふむ」
カラスマは腕を組んで考える。あるいは考えるふりをした。
「その調子じゃあ、隠した斥候隊も本当に全部バレてそうだな。いやあ実に良い仕事だ。なら、これから言う機会が無さそうな事を言っておく」
カラスマは笑みを消し、背筋を伸ばしてまっすぐにルイを見て軽く頭を下げた。
「ルイ、お前には感謝している。結局、俺たち守り人は何もできなかった。兵器工廠の復活を防げなかったばかりか、あろうことかあっさり全滅しちまった。数千年に一度だけの大仕事に失敗した守り人の責任をお前は代わりに果たした。結果的に役目を押し付けちまった。俺の手で決着をつけられなかったのが口惜しいが、もうそれを言っても仕方ない」
唐突に殊勝な態度を見せたことにルイとシロは驚いたが、カラスマは構わず話を続けていく。
「ともあれ、星と惑星の守り人の村は滅びた。万が一の備えだとやってきたことは何の役にも立たなかった、滅びて当然だ。生き残った守り人はおそらく俺ぐらいだろう。工場も、あの変な男も死んだのだから、村を復活させる理由もなくなった。ならば、俺に残った仕事はイチジョウに責任を取らせることだけだ」
「けっ、あのさあ」
シロが真剣に呆れて毒づく。
「最初は殺すのを諦めたとか言っておいて、舐められたら殺すだの、責任を取らせるだの。支離滅裂もいいところだな。鳥のほうがまだ記憶力あると思うぞ」
「そうだ!」
ルイも追随する。
「村も、兵器工場も、どっちも滅びたっていうのなら責任なんか取らせてなんの意味がある! カラスマ! ただお前の勝手じゃないか」
「いやあ、そういうわけでもねえんだ」
詰問されたカラスマだが、そう言われると思っていた、とばかりに首を振る。
「俺はなんの嘘もいっていないし身勝手でもない。殺すのを諦めたのも本当。舐められたら殺すというのは原則論に過ぎない。殺すよりもっと合理的な解決策があるのなら、そちらを選ぶだけだ」
「殺さないなら罰でも与えるのか? 意味があるとは思えない」
「帝国への罰ではある。だが、それだけでもない。イチジョウには仕事をしてもらう。世界のみんなの役立つ特別な仕事をな」
「何をするつもりだ」
「古代文明の兵器工場はもうひとつある」
「なっ?」「なんだと!?」
ルイとシロは絶句した。これと同じのがもうひとつあるとでもいうのか。大量の首なし、それに世界の全てを殺し尽くすカルンウェナン群体もまだ存在するというのか。ルイは信じられなかった、信じたくなかった。
「工場が二箇所あることは村の伝説として古くから伝わってきた。俺が帝国に入ってからは概ねこの辺りだろうという場所まで絞り込めている。なあ、こうなったら、もう一箇所も動いているかもしれないと思わねえか? こっちの工場はイチジョウなしでもなんとかする方法があったんだが、あっちにはないし」
「どこにあるんだ、それは!」
ルイは思わず叫んだ。アマテラス滅亡の可能性がまだ残っているなんて到底受け入れられなかった。そもそも、アマテラスが無事だと確認できていないというのに。
「知ったところでお前じゃ簡単には行けない。行っても何もできない。俺だってそうだ。だが、イチジョウ。意識が無いふりをしても無駄だ。お前なら行く意味がある」
「待たれぇい!」
ずっと黙っていた巨漢のサムライ――カラスマが副官殿と呼んだ男――が野太い声を張り上げる。
「カラスマぁ! なんたる無礼か、斥候風情の貴様が殿下に命令するなど甚だしき慮外ぞ!」
「お前らが約束を破った瞬間から俺は帝国の斥候じゃねえよ。今の俺は最後の守り人、カラスマさ。副官殿も分かっていたはずだ。俺や守り人は、帝国と村に押し付けられた運命をずっと呪ってきた。だが、それでもアズマ府が発展すれば村への支援も手厚くなると考えて動いていた。実際に少しだけだがそうなった。ルイ、お前が煙の谷を通してくれたことを本当に感謝している。しかし、もう村は滅びた。俺の国は消えたんだ。だったら、好きにやるだけさ」
「千歩、いや万歩譲って貴様の言い分に一理あったとしてもだ。イチジョウ殿下の傷を見ろ! 多くの血を失い、半年は療養いただかねばならん。いま殿下に仕事をさせて何になるか! なんの成果も得られないだろう。貴様の言っていることは滅茶苦茶ぞ」
「おいおい、分かって言っているわけじゃねえのか? こりゃ傑作だ!」
高らかにカラスマが笑った。薄暗かったカラスマの肌に急速に血色が、神妙だった瞳には生命の輝きが戻ってくる。今やカラスマの表情は酷く歪んでいて、それでいて無垢で純粋だった。苦難という卵の殻の中から心の底から湧き出る開放的な衝動というべき光が漏れ出ているようだった。サクヤはモモカと帝国貴族向けの料理開発の仕事を何度か一緒にした時、無口な彼女が一度だけカラスマを評して「トラブル好き」と言ったことがあるらしい。カラスマは今、自身の故郷を失ったと同時に、自分を縛っていた使命あるいは運命からも開放された。その喪失感の中、予測不能な騒動が起こることだけを楽しんでいる。
「別に失敗しても悪い結果にならなさそうでな、帝国としても成功と思えるはずだ。つまり。死んでも意味がある作戦ってことだよ。な? 結構良い案だろ? 背景について詳しく聞かされていないなら、ここはそういうもんだと割り切ってくれ」
「それで納得できるはずがなかろうぉ!」
覆面の上からでもカラスマの口角が大きく上がったと分かる。満面の笑みだ。
「それによお……いいじゃねえか。半死半生での任務! 乾坤一擲! 絶体絶命からの起死回生! 急死に一生からの大逆転! ワクワクの最高じゃねえか! なあ、そういうのに盛り上がる気持ち、分かるだろ? 時には自分を追い込んで死と生の狭間でしか見えてこない直感を捉えなければ発揮できない本領ってやつがある。イチジョウはきっと見せてくれるさ。俺も、俺の部下も、そんな感じで凄い成果をあげてきたぞ!」
「狂人め! それにお前に無理させられて死んだ者のほうがずっと多いであろうが!」
「それはそうだが、試す価値は確かにあるんだよ。なあ。今んところ、もうひとつの工場を正攻法でなんとかするのは無理って事ぐらい分かってるはずだ。だったら常とは非なる試みをやるしかねえじゃねえか。イチジョウが死んでも可能性の種を撒くことができそうだし、それに殿下の魔法は本来あそこまで強力じゃないよな? あんなの守り人の歴史でも聞いたことがない。そう! 瀕死だったからだ! 魔法は命の瀬戸際でこそ輝く。イチジョウも死の際でこそ真の力を発揮する種類の人間だ。な? 実はいい案なんだよ」
「何を言っているか拙者には全く分からん!」
一喝するサムライ隊副官の大声を聴くまでもなく、ルイも同感だった。カラスマの話が意味不明かつ異常な無茶振りである明白だ。ルイはカラスマの話を理解することを早々に諦め、結局のところカラスマが次に何をするのかに集中していた。シロの狙いはカラスマの時間稼ぎを徒労に終わらせて追い込むことであったようだが、カラスマにはもっと別の狙いがあるとしか思えない。それは一体なにか。斥候としての腕前は伝説的らしいが純粋な白兵戦となればサムライには劣る。こちらにはシロと副官サムライに加えて、数人のサムライが刀を抜き全身全霊で下知を待っている。
――いったい何をするつもりなんだ。どうやってイチジョウに仕事をやらせるんだ。逃げるとか戦うとかではない一手が必ずあるはずだ。
ルイはそんなことを考えながら、エネルギーが完全に切れてしまったので肉眼で見える視界を端を丹念に見ていった。そして気がついた。イチジョウの周囲に微かな違和感が漂っていることに。





