7-15 裏・帝国の切り札(3)
背丈ほどの茂みから一人の男が顔を出す。いつもどおり布の覆面を身につけていて、好奇心と戦いの興奮によって隙間から見える目は怪しく輝いている。そのことが気に入らない様子のシロがさっそく食ってかかった。
「おーおー、よくもおめおめと姿を見せやがったな。帝国の斥候隊には恥ってものがねえのか? 誇りってのを親から習わなかったのか?」
「あのなあ。出てこいって言ったから、出てきたんだぜ。というよりシロ、淡々と仕事をしてきたお前の口がそんなに悪いとは知らなかったな」
「クソとはいえ上司だったからな。でも、もう気にする必要はねえ」
悪態をつきながらシロは短弓を構えた。あえて弓は引かず楽にした右手には黒塗りの短剣を握っている。放つ言葉は軽いが、遠近どちらの戦闘にも対応できるスキのない姿勢だ。
「雇い主のお貴族様を殺ろうとしやがったんだからな。俺たちみてえな裏の人間は、一度でも裏切ったらオシマイだ。ただでさえ信用されねえのに、本当に誰からも信じてもらえなくなる。そうなったら殺されるしかねえ」
「そんなことぐらい分かっているさ。こう見えて長くこの稼業をやってんだ」
「で、誤解や不幸な行き違いだって主張しないんだな? 意図的だったと認めるんだな? よし、サムライさんたち。さっさと一緒にコイツを殺そうぜ」
「おいおい、そう怖いこと言わないでくれよ。色々理由ってもんがあったんだし、もう殺せる状況じゃないから諦めるよ」
「へえ、意外と諦めがいいんだな。だったら、ちっとその理由ってやつを聞いてやってもいいぜ。動機の解明ってのも大事だからな」
そう言うとシロは短弓を下に降ろした。それから短弓の握の部分を左肩の留め金に付けようとした瞬間、突如として右手を振り下ろし、続けて流れるような動作で短弓を射た。
ルイは全ての動作が終わってから、今のが連撃だったと認識できた。シロは最初の右手の振り下ろしで細い鉄針のようなものを投げ、直後に弓でも追撃したのだ。認識できただけだから、反応は全くできなかった。自分がカラスマの立場だったら死んでいたと直感した。
見事な不意打ちだったが、カラスマは最小限の動作でなんなく避けた。まず頭を右に傾けて脳天を狙った鉄針の投擲を避け、そのまま鮮やかに右脚を大きく左後ろに引くことで右半身を狙った矢を回避した。ぱっと見では、凝りでもほぐすかのように首を傾け、半歩引いただけに見えた。それで強烈な先制攻撃を鮮やかに躱した。
「早いな。モモカよりずっと上手い」
「……余裕ぶっこきやがって」
「本音だ、嫌味じゃない。本気で凄いと思ったんだ」
変なところでカラスマが弁明を始めたところで、流石のルイも我慢できなくなって声をあげた。
「なんでだ! なんでイチジョウを殺そうとした!」
「いやそれが、さっき言ったように色々あってだな。それよりシロにイチジョウを守るようにいつ指示したんだ? 全然分からなかったぞ」
「質問に答えろ!」
ルイは、謀略や暗殺に長けているカラスマ相手に熱くなるのは避けなければならないと思いつつ、込み上げる苛立ちをなかなか抑えられなかった。
「煙の谷を一緒に攻略して! モモカと料理までやって! なんでだ!」
「あー、まあそう言ってくれるのは素直に嬉しいけどな。感情の事となると、どうもお前は道案内で、嬢ちゃんの新米騎士みたいになっちまうんだよなあ。その甘ったれた性格で都市領主をやってるってのは本気で凄いと思うぞ。煽っているわけでも馬鹿にしているわけでもない。本当だ。苦手なことでも必要とあらばやる。責任ある立派な男の振る舞いだ。俺はルイ、お前を尊敬するよ。本当にな」
「おいおいおーい!」
思いもよらぬ褒め殺しに絶句したルイの隣でシロが煽り立てる。
「裏の人間として最低限守んなきゃならねえところを間違えちまう奴が、責任ある男の仕事ってやつを語るのかよ! 大人の男の余裕ある振る舞いってヤツですか? すっげーな、クソすぎてマネできねえぜ!」
「ある意味そうかもな。ところでシロ、お前には俺を殺せない。お前の技は見事でも、才能と直感に頼りすぎている。今もお前は深く考えず、お得意の悪口で煽っている。推測だが、師匠のコウから地道な練習への集中力に欠けると言われたことはないか?」
シロが沈黙する。
「そうだろう。地道な練習こそが自分の可能性を広げるんだ。モモカはお前と正反対で天賦の才に欠けるも愚直だ。断言するが数年後にはモモカのほうが強くなっているだろう。殺しの技も交渉もな」
「――殺す」
「無駄だ、殺せねえよ。試すのは自由だがな。それに俺にも言いたいことがある。誇りを親に習わなかったのか、と言ったな?」
カラスマの瞳に浮かぶ余裕の笑みが薄まっていく。代わりに、今まで暗い棘のような殺気が体から滲み出てきた。少なくとルイはそう感じ、寒気で体を僅かに震わせた。
「誇りは習ったさ」
カラスマが放つ見えない殺気の棘が、黒から寂寥を帯びた灰色に変わっていく。
「もう随分前に死んだし、ロクでもない親ではあったがな。あとな、主君を裏切ってもいねえんだよ。それは副官殿も、よくご存知だよな」
ルイはカラスマを視線から外さぬよう、僅かに瞳だけを動かして隣の巨漢を見た。正統派のサムライらしく正眼で刀を構えており、その表情からは戦意以外は何も読み取れなかったが、今は沈黙が肯定を示しているようだった。
「俺の報復は失敗した。もう終わった事だから聞かせてやろう。ルイ、特にお前はこういうのを聞かないとウジウジと悩みそうだしな。俺の故郷はここ、お前らの言うカルト村だ。正しくは、星と惑星の守り人たちの家、っていう名前なんだけどな。まあ、住人しか知らない名だ」
「なぜ、そんな事をいま話す」
「まあ聞けって。気付いていると思うが、ここには独特の言い伝えがある。前に説明したように、この村の連中は空に白く輝く災星に注目する。実は災星というのは神聖法廷の言い伝えが起源でな、前に説明した黄金の髪の少女の伝説も神聖法廷のものなんだ」
ルイは以前にカラスマが言っていたことを思い出す。遥かなる昔、黄金の髪の少女が地の底に眠る神を目覚めさせた。地の神は金色の少女に力を与え、少女は全人類に力を分けた。それこそが魔法の起源。しかし、漆黒の髪の妹は神を信じなかった。姉に逆らい白き星へと逃げ、地上に破滅の矢を降らせた。
「それはもう聞いた。ただ、神聖法廷の逆を言っているだけだ」
アマテラスの領主として、神聖法廷の教義について説明を受けていたルイは即座に断言する。
「男が地の神を目覚めさせ、男は悪魔になった。悪魔は滅びたが生み出されたカストディアンは残ったから、ずっと昔に消えた天の神が戻る前に滅ぼさないといけない。そういう話だったはずだ。天の神が、天にいるなら災星というのも逆だ。全部がひっくり返っている」
「そう、その通り。だがな、本当に原初の神聖法廷の教義はこうだったんだよ。今は偽典、禁書、異端となっちまったがな。いつの間にか、黄金の姉はただの男に、古代文明を破滅させた漆黒の妹は善なる天の神に、善だった地の神は男を悪魔に変える悪神となった。お前の言ったとおり、全部が真逆になっちまったんだよ。何故こうなったかには諸説あるから省略しよう。ともかく、神聖法廷で何かが起きて全てが逆転しちまった」
「待て」
ルイは、この宗教上の寓話の話に深入りすることが良いこととは全く思えなった。なのに、ここで話を聞かなければならないとの強い直感に逆らえなかった。
「だったら、この工場の連中は何なんだ。あいつらが言っていた幸星って故郷のことで、災星のことだろう? 白銀の第二惑星を称えていた、神聖法廷と同じく。お前の話は矛盾している」
「うん? ああ! なるほどな。お前は勘違いしている」
カラスマは高らかに笑う。そこに嫌味や侮辱の雰囲気は全くなく、言うなれば難しいトリックが解き明かした喜びのようなものであった。
「無理もない。お前は村の広場を見て、この村が災星を崇めていると思ったんだな? 違うんだよ。さっき言った通り、災いの星なんだ。崇めていたんじゃない、監視していたんだ」
「どういうことだ」
「そのまんまの意味だよ」
カラスマは軽く肩をすくめる。
「言ったろう? 我々は、<星と惑星の守り人>なんだ。災星を監視して、この世界と星々を守るべし。星々ってのは俺にも良く分からんが、とにかくそういう教義なんだよ」
「じゃあ、……」
「そう、俺たちの村は工場を監視して、もし暴走したら止める使命を自分たちに課していた。といっても、世界の役に立ったことなど一度としてない。世間に説明したこともあったが全く理解されなかったらしい。当たり前だ、途方もなく昔からあるデカい箱みたいな工場が本当に悪さをするのか、そもそも世界を破壊した災星の手先なのか、確たる証拠がないんだからな。しかも、神聖法廷と言っていることが真逆。だから、教えは口伝で村にだけ語り継がれた。そして世界から孤立した。それで、帝国が近づいてきた」
カラスマは苦さのある笑みを浮かべて肩をすくめた。
「で、俺という帝国の犬が誕生したってわけだ。汚れ仕事をやる訓練を子供からやらせ、育ったら差し出す。その代わり帝国は世界から隔絶した村を維持する。そういう関係になって、いつしか破滅を退ける守り人が帝国の暗部に組み込まれちまったのさ。そんで俺や、顔や名前すら分かんねえ他の守り人たちは人に言えない任務を日々こなしながら、万が一工場が目覚めた時には村と少なくとも帝国を救うつもりでいた。それが守り人と帝国の契約だったんだ」
カラスマの顔から笑みが消える。
「俺の真の主君は、村と村の教えにある。ぶっちゃけ教義など信じちゃいねえが、それでも帝国は主じゃない。それは帝国も承知してたこと。シロ、お前言ったよな。裏切りは駄目だと。先に裏切ったのは帝国だ。お前も見ただろう。イチジョウとサムライたちが、村を占拠する準備万端で来たのを」
「……それは見た。たぶん元々占拠するつもりだったと思う。でも、村人を殺したのは帝国じゃない」
「確かにな。決して村を傷つけないと言う約束を帝国が破ったことは目をつむってやろう。だがな、イチジョウ。あいつの魔法は駄目だ」
カラスマがイチジョウを見る。その視線は突き刺さるように冷たい。
「あの力は、守り人の力だ。帝国は守り人の血を凝縮したんだろう。さらに権力を与え皇室に取り込もうとすらしている。帝国を救う特別な力で国内勢力からの支持を得るためにな。機械共を抑えつける秘儀は俺らだけのものだった。だが、帝国は盗んだ。こうなりゃ守り人の村は用済みだ。なあ、シロ」
「俺たちにはもうひとつ大事なことがあるよな?」
シロが沈黙する。それは肯定だ。
「甘く見られても俺らはオシマイだ。舐められたら殺す」
[タマのメモリーノート] Null(ログが残されていない。)





