7-11 生命の掟(3)
「人の骨が……入っているってこと?」
リンが絞り出した声への反応はなかった。誰もが金属の床に転がる、小鳥の卵ほどの大きさの白い部品を見ていた。
「こんなものをロボットに組み込む理由って、あるのか?」
『合理的な理由は見当も付きませんね。ロボットには完全に不要な代物です。無機物と有機物では動力エネルギーが根本的に違いますから。構造を複雑にするのは悪手で、有機物を組み込むなど無駄の極みに見えます』
ルイは再び黙って周囲を見渡した。他に9体の機械兵が倒れこんでいる。ただ静かに無造作に転がっている。この全てに、この機構があるというのか。広場に居た機械兵、アマテラスの海岸にやってきた機械兵、その全てにも、この意味の分からぬ機構があるというのか。
ルイは壁画を見る。
諸手を上げた、頚椎の骨を持つ機械兵たち。姿かたちは、どれも異なっていて貧相だ。だが踊る、祈る、転ぶなど動きは様々であり、無秩序でどこか猥雑だ。
その内側には首無し型がいる。そう、首無しだ。どの個体も全く同じ姿。全身は鈍い灰色の鋼鉄で、伸縮性の素材が使われている関節部分のみが黒い。肩は流れるような丸みを帯びており、ある種の工芸的な美しさすらある。どれもが背丈と同じ棒を持っていて、収束電弧放射らしき光を纏わせている。力を誇示するように大きく体を広げており権威的な印象だ。機械兵とは対照的である。
そして中央には、一人の男がいる。下腹部こそ精緻に描かれていないが、筋骨隆々で一切の服を着ていない。男は両手を軽く上げ、縋るように祈るように見上げている。その視線の先には白く輝く星がある。絵の構図からしても、他のどこにも使われていない光沢素材が塗られていることからしても、特別な存在であることは間違いない。
茫然としながら壁画を見つめるルイにサクヤが寄り添う。それからサクヤはしゃがんで手を床に翳し「風よ水と共に――」と小さく呟いた。そして、乾いた骨を拾い上げて懐から取り出した布で大事そうに包んだ。
「祈り……心がある――」
ルイは壁に向かって小さく呟いた。頭の中で何かが急速に繋がっていく。壁画を崇める機械兵、工芸力を感じさせる首無し、コブのある白き第二惑星、そこへ迫る隕石……。
「……隕石?」
『ルイ、どうしました?』
「あ、いや。なんでもない。――先へ、今は先へ行こう」
だが、考えがすぐに形になることはなかった。見た事のない宇宙空間と隕石という光景が浮かび、集中が切れてしまったのだ。
今はそれどころじゃない。何かが浮かんできそうだったけど、またそのうち浮かんで来るだろう。
そう思って再び廊下へと歩き出すルイ。皆も続いていく。最大の警戒態勢を維持しているリンは何も言わない。それにしてもこの廊下はいったいどこまで続くのか。
――幸いなるかな白き星。素晴らしきかな永遠の体。
突如、空間全体に声が響く。女の声のようでいて、低い唸り声のような音が混じっている。
――真祖。私は君に興味がある。君には私への質問がある。我々には話し合う余地がある。
既にルイたち全員は身構えている。ルイとヤグラそしてレネーが前列、リンとサクヤが後列。だが、何も現れなかった。なんの攻撃もこなかった。
――同意するならば。
ただ、目の前の廊下の壁の一角が下から上へと開いて行くだけだった。
「いくよな、ルイ」とレネー。
「行くべきだ」とヤグラ。
「……ああ」
ルイは苦々しくも頷いた。質問があるのは事実であるし、そもそもルイたちに交渉力は皆無だ。もう凶悪な古代兵器を目の当たりにしてしまっている。ぐだぐだ言うならカルンウェナン群体を全世界に解き放つぞ、とでも言われたら何もできない。ただの虚勢であったとしても確かめようがない。
*
ルイたちは開いた壁の奥へと進んでいった。そこは最初こそ、これまでと同じ廊下であった。一切の曲がり角がなく、ただ直線であった。
三分ほど歩いて辿り着いたところは、一見して行き止まりのような場所だったが、正面の壁が中央から左右に静かにゆっくりと音もなく開いていく。その中は、人が三十人は入れそうな小部屋があった。小部屋と廊下の間には極細い隙間がある。つまりこれはエレベータだ。
中に入ると背後の扉は開いた時と同じく、ゆっくりと丁寧に閉じていった。それから僅かな浮遊感を覚え、それから僅かな体重の増加を覚えた。
再び扉が開くと、そこは巨大な空間であった。幅は五百メートルほどか。薄暗く奥行は分からない。ルイたちが立つ場所は、空間内の壁に設置された空中遊歩道のような場所であった。この空間には中ぐらいの高さのところに、壁をぐるっと回る歩道が設置されている。
歩むルイの靴が「カツン、カツン」と音を鳴らす。床は細かな網目状の鉄板であった。遊歩道の幅は五メートルほど、端には落下防止の手すりがある。
ルイは手すりの前に立つ。空間全体が見渡せる。
『数、少なくとも数千体の後半』
視線を少し下げれば、この空間の床、そして左右それぞれの壁際に隊列を組んで中央を向いた大量の首無しが見えた。直立不動で微動だにしない。こちらを見ることも無く、ただ時と命令を待っている。
「生き残りの真祖が他に居たことは意外である」
首無しの軍列、その中央が丸く、仄かに光る。そこには男が立っていた。
一切の服を着ておらず、露わになった肌は鋼鉄のよう。鋼鉄であるのに、体つきは筋骨隆々であった。男は一歩、二歩と歩いた。歩行に合わせ極僅かに胸と肩の金属の筋肉が動く。実に自然で、そして不自然あった。
男はルイたちを向いている。
「しかも、エーテルリングの王の権限を持つとは」
「僕は真祖じゃない」
ルイは努めて冷静にいった。
「少なくとも古代文明のことは何も知らない」
「いや。君は確かに真祖である。隣の赤い髪の女も」
男は両手をゆっくりと広げる。
「姿かたち。表情筋の構造。声帯、五感の仕組み。遺伝子の一致率99%以上。しかも、魔法遺伝子に汚染されていない。あらゆる観測結果、その全てが真祖であると示している。この銀河の規模ではここまで似た他の生命が生まれるはずもない。ただ、君に真祖であるとの認識が無いだけだ」
男は両手を再びゆっくりと降ろす。成人の女とも、男ともつかない声の残響が空間全体に響いていく。暗く、男の顔は良く見えないが唇が動いているようには見えない。
「君たちは何者か。何しにここへきたのか」
男の顎が僅かに持ち上がって、瞳があるか分からないが、ともかくルイを正視した。少なくともそう思ったルイは、口を閉じ目を見開いたまま、大きく息を吸って吐いた。
「ここが何なのか、お前たちが何なのか。それを知りに来た」
ルイは一歩踏み出す。
「近くにあった村の人々。そして僕たちの都市アマテラスはお前たちに襲われたという認識を持っている。お前たちは……人を機械の兵士へと変えているのか?」
「概ねそうだ」
「何故!」
「説明する前に、認識してもらいたい事がいくつかある」
「なんだ」
「機械の兵士という言葉は適切性を欠く。彼らは人である。機械ではない」
男は両手を横に広げる。当たり前だろう、とでも言うように。
「君も、彼らの首の中のものを見たはずだ」
「あれだけで――」
「その黒い髪の、随分と遺伝子を弄った女の肘は機械であろう。我々の生体機械制御技術だ。君の言う機械への兵士と、その女との違いは置き換えた肉体の多寡に過ぎない」
ルイは二の句が継げなかった。言うに事を欠いてサクヤがあの機械兵と同じとは。だが、はっきりと言い返す事もまた出来なかった。何が違うのか分からなかったが、とにかく違うことは確信していた。しかし、何も言葉にできなかった。
「――私は」
サクヤが一歩前へ出て手すりを掴む。黒髪から覗く尖った耳は凛としており、瞳には決意が込められている。
「決して人を、同族を食べません」
エーテルリングは言った。耳長族、あるいは次世代計画における新人類の第二世代エルフは、食人文化を持つに至った第一世代を駆逐し、新たな大陸北方の支配者となるべく設計されたと。最高傑作であるとも。
その事をどう感じているのか、サクヤは何も語らない。だが、人喰いに対する決然とした拒絶をいま示した。それは確かに、耳長族の根底であった。
「言葉の定義の問題である」
だが、いかなる動揺もなく男は反論する。
「おい。だったら、ポンコツどもは何で嚙みついたんだよ。胃袋がねえから喰ってねえとでも言うつもりか?」
「そうだ」
男はレネーに平然と言い放つ。
「君はカストディアンだな。そう、彼らは君と同様に消化のための内臓がない。我々は、人に限らず外部の有機体をエネルギーにする機能一切をもたない。すべて置き換えている。喰うとは、他の有機生命体を自らの活動エネルギーへと転換するため細かく砕いて体内へ収納する一連の行為だ。我々は人を食べていない。ただ、嚙んだのは事実である」
あんまりな言い方に「なんのために?」と聞こうとしても声が出なくなってしまったルイたちへ、男は話を続ける。
「我々の仲間となってもらうには、対象から頚椎を取り出す必要がある。肉体を解体するた為に嚙んだ。確かに、もっと効率的な方法は他に在る。だが、彼らも人であり生物。エネルギーを外から取り入れたいとする本能が残っているのだ。本能を消すと、人らしさが消えてしまう。だから、解体のために疑似的な食事体験として嚙ませている。対象へ一時的な苦痛を与えることは残念に思うが、すぐに誰もが脆弱な肉体から脱却できることを喜ぶ」
男は一拍おいて言う。
「些事は置いておき質問は、我々は何者かであったな。理解するには、何故、君たちが古代文明と呼ぶ存在が滅びたかを知らねばならない」
[タマのメモリーノート] 生体機械制御技術とは、有機的生体と無機的機械の通信を制御する学問の総称。生まれは結構古くて、地球時代まで遡るんですね。まあ、生み出した成果はその壮大な狙いからするとあんまり無くて、結局のところ半人半機みたいなファンタジー人類など現れなかった。ただ創作物にいくつか興味深いネタを提供しただけ。有機物と無機物の間には越えられない壁がある。そのはずだったのですが。





