7-4 忍者が来た(3)
「御堂! 御堂って言ったのか!?」
「やはり知っていたか」
感情の揺れを隠せないルイに対して、ネストロフの使者には一切の動揺が見られない。感情回路が壊れているのではないかと思うほどだ。
「今どこに……生きていたのか! ……いや、統合局? 統合局長って言ったのか?」
「そうだ」
「どういうことだ! 話を――!」
鋼鉄の使者は蛇腹のような多関節の腕を前に向けてルイの話を遮る。
「静かに願いたい。私の声は部屋の外に聞こえないが、君のは聞こえる。それに話を聞きたいのは我々もだ。少しお付き合い願おう」
そう言うと使者は部屋の角、窓際にある椅子を指さした。どうやら座れということらしい。
「座ったぞ。話の前にタマを戻せ」
ルイが僅かに怒気を表しながら先制した。一度ならず二度までも、何年も一緒に生き延びてきた相棒を勝手に排除したことが許せなかった。
「信じてほしい。タマには、情報遮断を受け入れれてもらっている。賢い君の友人は我々の懸念に理解を示している」
変わらず疑いの目を向けるルイに使者は話を続ける。
「君の友人はエーテルリングの端末でもある。だから遮断した。念のため、念のためだ。確証はない。だがエーテルリング経由で情報が漏洩する懸念を我々は捨て去ることができない。」
「……その懸念の根拠は?」
「ある。我々は非常に限定的ながらエーテルリングから情報を獲得することに成功し始めている。方法は明かせない、もし気が付かれれば簡単に対策されてしまうようなものだからだ」
「それで、御堂か」
機械生命体の単眼がちかちかと明滅する。何の意味か分からなかったがとりあえず肯定だと理解し、ルイは前のめりになって聞こうとした。だが蛇腹の両手で静止される。
「その前に、どうして君が御堂を知っているのか聞かねばならない。御堂と君は何故、我々も知らぬ古代技術を使うのか。納得いく説明が無ければ如何なる情報も提供することはできない」
「どう言っても納得するとは思えない」
「ならば、話はこれで終わりだ。積極的に敵対するつもりはないが、我々との協力関係も打ち切らせてもらう」
「……僕たちが御堂と通じているっていうのか?」
「警告する。問われているのは君だ。今、もう既に協力関係は凍結状態となっている」
「……分かった」
ルイは白旗を上げた。交渉上手のサクヤであれば何か閃いたかもしれないが、いま呼びに行くことは不可能。
これまでネストロフのロボットには助けられてきたし、神聖法廷の裏側にも繋がっている。御堂の名を調べる諜報力は無視できない。信頼関係を損なうことは得策ではない。
「なるべく言わないようしてきた。というより、この星で話したことがあるのはメタトロンだけだ。絶対に秘密にしてくれ」
そう前置きしてからルイはぽつぽつと話し始めた。初めはとても短く概要だけを伝えるつもりだった。必要以上に情報を与えることは得策ではないとも思った。
それに、内面に抱えた秘密とは思い通りに行かないもので、一度でも解き放ってしまえば口が勝手に言葉を紡いでいってしまい止めることができなかった。
結局、ルイはほとんどの事を話した。
恒星間航路、不可思議な転移、着陸。すべて聞き終わった使者はただ沈黙した。次の反応まで、たっぷり5分経った。
「……裏付ける証拠は」
「ここから北の、煙の谷の先に近い死の砂漠に乗ってきた降下船が置きっぱなしにしてある。僕とリンのだ。後は乗ってきた船が衛星軌道を周回している。ここ天体観測を続けていたなら、ここ数年で衛星軌道を周る物体が二つ増えているはず。必要なら宇宙船から大陸中央に電波を飛ばす」
「……協力関係の凍結はひたまず解除する」
「随分と判断が早いね。嘘を吐いているならもっとマシな話が出てきたはず、ってことか?」
ルイは自嘲気味に言う。荒唐無稽とはまさにこのこと。問題の人物と自分は同郷の宇宙人であるなどとは。
しかし、続く使者の反応はさらに意外なものだった。
「お前たちも御堂も、全滅したとされるカルト教徒の一員ではないのだな?」
「へっ?」
全く話に付いて行けなくなったルイはつい変な声をあげてしまった。
「それはどういう……」
「ただの確認だ。違うなら良い。では約定通り、こちらの情報を伝えよう」
使者はルイの反応を待たずに続ける。
「少し前、我々はいくつかの情報を得た。断片的なものだ。それによれば、御堂マリウス京という男が人類統合局長に就任した。そう昔のことではない、どんなに古くともここ数十年のことだ」
「……あの変な空間、そこでも時空の歪みが酷くなければ、ここに御堂が来たのは僕と同じく数年前のはずだ」
「違和感のない数値だ。南方での奇妙な動きの始まりと時期が似ている。他に分かっていることは多くない。局長となった御堂は、南方の他勢力をほぼ壊滅させた。あの辺りは先鋭化したカストディアンの末裔、それに既存の枠から大きく逸脱したかつて人類だった者たちがいる。極めて危険な存在であったが、今やいかなる反応もない。問題はその後、おそらく人類統合局はミトロンと組んでいる」
「奴隷解放同盟!?」
「そうだ。彼らは森を監視している。御堂と結託して南への侵入を警戒しているとすれば矛盾はない。だが、組んだ動機が分からない。ミトロンは奴隷の解放に全てを賭けている。人類統合局の目的は不明だが、人の自由意志を尊重する思想ではないはずだ」
「……御堂の狙いはなんなんだ?」
「それが聞きたかったことだったのだがな。いずれにせよ」
そう一呼吸おいて使者は言う。
「数千年ぶりに人類統合局が動き出した。しかもその動きは速い。我々はさらなる情報収集に向かう。では、交信を終える」
一方的な話の後、ルイが何かを言う前にカストディアンの使者は唐突に消えた。
『お楽しみの逢引は終わりましたかね。ま、私はルイの私的時間を尊重しますよ』
代わりにふわっと空間へ姿を現したのは長年の相棒だ。遮断されても気分を害していないらしい。
「ああ、良い気晴らしになったよ」
何も知らぬ者が聞けば、部屋に女を連れ込んで楽しんだかのように受け取るであろう。ただ、ニヤニヤと笑うタマの瞳の奥底には怜悧な光が宿っている。そのことに気が付かないルイではない。ルイが気が付かないと思わぬタマでもない。
「僕はもう寝るよ」
『はい』
「あ、そうだ。明日、リンに大事なものを預けておくよ」
『そうですか。では、お休みなさい~』
そう端的に言ってタマは消えた。誰も居なくなった空間をルイはただ見つめた。
ネストロフの使者は、エーテルリング経由での情報漏洩を心配している。タマならば対策を既に進めているだろう。それまではリンの人工知能に記録しておく。
これが今できる最善のこと。そう納得してルイは明日へと備えることに集中した。
翌日、起きたルイは自身の疲れがすっかり取れていることを感じた。久々に良く寝られたとも思った。そして急遽編成された隊を伴ってアマテラスの南門に立った。
だが、東を見て、ルイは親指の爪を縦に噛むことになった。激動する運命に比べればルイの動きは遅かった。
[タマのメモリーノート] シロ。男性、10代後半に見える。旅行者ギルト暗部の実行部隊へ正式配置はされていないが注目の若手。今はどういう訳か連合帝国の先遣隊に出向していて不穏な動きをする勢力の監視をしている。クロを薄暗い世界から足抜けさせるために殺しも厭わない覚悟を決めている。





