7-2 豆腐官邸(2)
ローレッタは飯をたらふく喰い、話すことだけ話してさっさと帰っていった。連れてきた男女は終始無言であった。なんらかの目論見があったようだが、それはもう分からない。
ローレッタは、ふたつの事を伝えた。
ひとつ目は、冒険者ギルドマスターであるヘスティアーからの礼だ。冒険者ギルドの真の目的は歴史の秘密を解き明かすことにある。これまでの我々への協力を大いに感謝している。ギルドはアマテラスと引き続き良い関係にありたい。ローレッタはまずこのようにヘスティアーの言葉を伝えた。
なお、何もなくても半年に1度ローレッタとサクヤは会食をする約束となっている。この習慣は、地下古代都市へ潜った後に冒険者ギルドから希望してきた。あの悪夢のような兵器があった地下古代都市へローレッタと潜ったことは、表向き無かったことになったままだ。
だが、ローレッタはヘスティアーにだけは全部報告したと言った。予定通り嘘を言おうとしたが、どういう訳が全部バレていたということだった。だから今も稼働するエーテルリングの事も伝わった。
「ヘスティアーだけどよ、感謝してたぜ。数百年分の研究に値したとか。どういうわけかアイツは大破壊についてマジで偏執的でよう。なにがなんでも、どんな細かい事でも知りたいみてえだ」
国を超えた大組織、自らが仕える冒険者ギルドの長を偏執狂呼ばわりとは、とギルド員の男女が目を丸くするがローレッタは無視する。
数か月前、アマテラスはエーテルリングの存在を少し明らかにした。接触も制限付きで許可した。相当に機能は限定したし、エーテルリングの代理人が何を話してよいか・何を話してはいけないかを細かく設定してから行った。公開先はまず帝国の貴族たち、加えてヘスティアーだ。エーテルリングがどのようなものかについては「機械の箱の中にいる物知りカストディアン」ということにした。
帝国貴族は少し質問をして興味を失った。彼らは古いことにあまり興味がないし、いま連合帝国が何をすべきかについてエーテルリングは何も答えなかったからだ。珍しいが役に立つわけではない、これが彼らの評価だった。
一方で、ヘスティアーは飢えた獣が獲物を見つけたかのような興味を示した。接続期間は半日の約束だったのにヘスティアーは遠隔端末に向かって一時も休まず5日連続で質問し続けた。質問は歴史の起源から始まり、何がどう起きたのかを微細に確認しまくった。結果はタマに言わせると『これまで聞いたことと大きく変わりません』であるが、ヘスティアーは大変満足したようだった。理由は、冒険者ギルドの古代に関する知識は実のところ仮説ばかり――考古学とはそういうもの――で、確定情報が無かったからだ。古代史の学者しか気にしないような事をこと細かに確かめることで、冒険者ギルドの歴史認識のどこか誤りでどこか正しいのかの裏付けが取れ、エーテルリングとの対話がなければ永遠に決着しないと思われた学者たちの論争の多くが片付いたらしい。
ヘスティアーが大破壊に拘る理由は、ローレッタには言っていないようだが、同じ時代のカストディアンのほとんどが自殺しているからだ。誰がどういう理由でどうやって自殺させたのかを知りたがっている。そのために、冒険者ギルドは「冒険者の支援」を表向き事業の柱にしつつ、古代文明の研究に予算の大半を割いている。この事実を知る貴族や商人ギルドには、古代技術の活用により人々の生活を向上させるためと説明している。歴史を知るのが目的ではなく、そこから叡智を引き出すことが目的だと言っている。本当は逆なのだが。
ふたつ目にローレッタが出した話題は、アマテラスの新しい教育制度についてだ。
「前にも見せてもらったけど、すげえ進化しているな」
「知識を伝えることにしか使えないけどね」
サクヤの代わりにルイが答える。実質の推進者で色々と想い入れもあったのだ。
地下都市の戦いから1年が経った後、ついにアマテラスで無償の義務教育が開始された。義務なので子供はすべて学校に行かねばならない。ただ、子供は貴重な労働力でもあるから反対の声も大きく、ルイは6年間を希望したが4年間に落ち着いた。
導入に反対する貧しい庶民への配慮から、教育の内容はとても実践的なものとなった。科目は読書、作文、算術、社会、理科、体育、それに地理。算術は釣銭計算と帳簿付けが中心となった。社会には商慣行と刑法が多分に含まれている。理科には山菜の採取、料理が入っている。体育は軍隊の基礎訓練の要素も含んでいる。
義務教育の中核にはエーテルリングがある。教室に置かれた立体映像装置で子どもに好かれる先生のイメージ像を投影し、知識を分かりやすく伝える。情操教育だけは人(長身族だけでなく様々な種族を示す)の教員が担当する。この役割分担で、義務教育実施の最大の課題であった教員の不足は解消された。ローレッタはそんな新しい教育の現場を視察したのだ。
「いや、それでもすげえよ。これからアマテラスの子供はみんな本を読めて数が数えられるんだろ?」
「そうなればいいと思うけど」
「なあ、私達にも使わせてくれねえのか? 新人冒険者を教育できねえかってヘスティアーが言っているんだ」
なるほど、これが狙いか。そうルイは直感したが顔には出さなかった。
「うーん、容量が足りなくて」
「容量?」
「あー、つまり、子供だけでも結構な数でさ。手が回らないって言うか」
ルイは適当にごまかす。本当は容量なんて無い。冒険者ギルドを出し抜きたいわけでもない。だが、関係性が少し微妙にも思われるギルドに対する交渉の切り札にしたかったのだ。いずれは解放することになるだろうが。
ともあれ、終始無言だった他の者達はともかく、ローレッタは満足して帰っていった。「なんとかならない?」と粘られたところで「まだ試験段階だから。でもいずれは広める努力もしたい、その時には理解あるギルドに声を掛けるよ」と答えたところ、先約は取り付けたとばかりにローレッタは納得したのだった。
とりあえず冒険者ギルドに変な邪魔をする気を起こさせない布石は打てた。そのことに満足し、ルイは少しサクヤと雑談してから領主館の執務室に入った。それから椅子に座り、奉公人が持ってきた茶の香りで体をほぐした。ヤグラ監修の茶葉はアマテラスのもはや主力輸出品と言っても過言でもない。ルイはちょっとぼーっとしてから伸びをし、趣味にしている地球時代の娯楽作品の何かを見ようと考えた。その時。
コンコン、と扉を叩く音がする。そのあと入ってきた官僚の一人が手渡してきたのは、アズマ府からの手紙。2ヶ月に1回ほど、定期的に送られてくるものであるからルイは「ありがとう」と言って受け取り、溜まった決裁書類の束の横においた。それからエルフが登場する作品を物色し、当時の大作映画を見つけて見始めた。
手紙の事はそれで忘れてしまった。
[タマのメモリーノート] 体育のカリキュラムはヤグラが監修した。子ども向けの新兵訓練にも見える独特な内容は、市民から好評を得た。アマテラスの発展を知った食い詰め農民や犯罪者が流入し続けているせいで、凶悪な犯罪は後を絶たない。そのため、未来の治安向上に繋がると歓迎されたのだ。





