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6-14 旧兵器(1)

 爆発はすぐ目の前、10メートルほど先で起きた。すぐさま真横のリンが電磁結界を展開するが、熱波は冒険者の男の一人を背負って先頭を歩いていたルイの額を僅かに撫でた。後ろへ飛び退きながら、前髪と皮膚が少し焼けた匂いにルイは不快な表情をする。


「一度通るだけなら安全なんじゃないのか!?」

『エーテルリングは前言を修正すると――』


 ルイに答えるタマの言葉に被せるように、別の冒険者の男をひとり左肩に抱えたヤグラが叫ぶ。


「伏せろ! 前方に集中!」


 すぐに全員ができるだけ姿勢を低くしながら前を見て、おおよそのヤグラの指示の意味を理解した。樹脂で閉じたはずの廊下の壁に大きな穴が開いていたのだ。つまり、そこからまた爆風が来るかもしれないから身を低くしろ、危険だから無暗に進むな、という意味だ。


 このまま駆け抜けることが出来るだろうか、それとも待ってましたとばかりに先ほどの熱風で一網打尽にされてしまうだろうか。どっちなのか全く分からない。ただ、全員の命を掛け金にサイコロを投げるには早すぎるのは確かだ。


「あたし見てくる!」

「リンさん、気を付け――」


 焼け焦げた壁に駆け寄ろうとするリン。おそらく壁際から外を見ようとしたのだろう。だが、事態はそんな余裕すら与えず、気遣おうとしたサクヤを絶句させる。


 その時、誰もが我が眼を疑った。


 唐突に、ふわっと柔らかい動きで壁の外から入ってきたのは、浮遊する無機質な白い筒。咄嗟(とっさ)の目測では、幅は1メートル、直径は手のひら程度。

 続けて見えたのは、筒の外郭から気体が周囲に鋭く噴き出したかと思うと瞬時に方向転換し、こちらへ先端を向けたこと。


 あの気体噴射は姿勢制御。筒の中央には黒い穴がある。そう認識したルイの全身を悪寒が襲う。


「防御!」「避けろ!」


 リンとヤグラの声が同時に響く。続けて筒から放たれたのは、細く鋭い光の矢の連射だった。狙いはまず、最も近いリン。次に、後ろから駆け寄ろうとするヤグラ。それらを目で追いながらルイは左手で脇差<白加賀>を前方に展開すると、ほぼ同時に激しい衝撃が襲った。

 

 白加賀の結界から炸裂する光の奔流の中でルイが見たのは、同じく結界で身を守るリンと、瞬間の判断で回避したヤグラだった。続けて、チリッと頬が感電したかと思うと、浮遊する筒が細い電流に貫かれ瞬間的に帯電し、僅かに姿勢制御を崩した。

 サクヤが荒稲妻を放ったようだ。効いたのかは不明。確証は全くない。だが、常識外れな存在との戦いを経験してきた一行は、それだけで行動を起こすに十分だった。


 すぐさま最も近かったリンが踏み込み、槍へと変化させた電磁戦闘棒<月影>で白筒の端を斬りつける。穂先はエネルギーを凝縮させた光焔の刃だ。しかし、白筒は割れることなく激しく空気噴射を行いながら空中で激しく回転した。

 驚異的を超えて非現実的と思えるほどの自動姿勢制御であったが、そんなことでヤグラは攻撃を躊躇したりしない。冒険者一人を肩に抱えながら、縦方向に乱雑に回転しつつ光の矢を乱発する筒の真横に素早く近づくと、正確に回転軸の中心を狙って上から巨大な板剣を、刃ではなく面で叩きつけた。

 精緻な姿勢制御技術も鉄板という単純な質量攻撃の前に一時的に屈服する他なく、白筒が地面に叩き落とされる。

 その隙を狙って、ルイが炎を宿らせた長刀<紅千鳥>を叩きつけると、刃の中頃までが食い込んだ。


 ――斬れない!?


 リンの槍で斬れなかったのも驚きだが、空中に浮かんでいたから威力が分散したのだろう。だが、今ルイが渾身の力で紅千鳥を叩きつけた白筒は硬い地面の上だ。空中に浮かんだニンジンを包丁で切るのは難しくとも、まな板の上ならば容易であるのは衝撃の全てが断面へ着実に伝わるから。しかも、紅千鳥は決して(なまく)ら刀ではない。どれだけ使っても鞘に入れている間に最高の斬れ味を取り戻すのだから。


 なのに両断しきれなかった。浮遊する軽量兵器であるのに、一体どれだけの強度を持っているというのか。思わず唖然としてしまったルイだが、幸運にも追撃を受けることはなかった。


「おおおっ!」


 真上からレネーが現れ、荒々しく暴力的に紅千鳥の峰を蹴り踏みつけると、ようやく白筒が両断される。


「めちゃくちゃ硬いぞ!」


 蹴った右脚の膝に手を触れながらレネーが呟く。そのまま1秒、2秒。若干斜めに斬られた白筒は完全に沈黙している。姿勢制御用の空気噴射も行われない。

 なんだこれは、厄介過ぎる。そう思いながら地面から中空に視線を戻したルイの視界に飛び込んできたのは、眼が飛び出るほど瞳を大きく開け、爆風によって吹き飛んだ壁の端から外を覗くリンの姿だった。


 驚愕に支配されたリンは全く動かない。身が振るえるほど悪い予感を覚えたルイは反射的にリンへと駆け寄り身を屈め、リンの膝のあたりから同じく外を覗き込んだ。


 まず目に飛び込んできたのは、仄かな黄金の光。そして、浮かび上がる巨大なビル群とその影。ケーブルで紐づいた巨大な細長い鉄柱が大地に何本も浮かび上がっている。

 ビルの側面には多数の同じ暗い窓。ルイは、これが高層型の集合住宅であると直感した。合間に見えるのは、何本もの舗装道路。見覚えのある車線を示す白いインキが縦横に引かれているのが分かる。


 ビルと道路はどこまでも続いている。

 

 ――この明るさは太陽……地下だから人工の? そうか、ここは都市。


 確信とほぼ同義であるぐらいの直感を得たルイは唖然とする。何故こんなものがあるのか。多分、地上に住めない理由があったのだ。だが、何故?

 そんな思考に埋没しかけたルイだが、近くから耳に入ってきた微かな呟きで正気に戻る。


「やばい……」


 声は真上から、すなわちリン。だが、ルイは視線を上げることはなかった。何が「やばい」のか、すぐに理解したからだ。


 前方には、高層タワー型の集合住宅らしきビルが二棟ある。そして、その間の空間には黒い影があった。しかも、次第に大きく広がっていく。


 ――なんだ、黒い(もや)? 鳥? でも、いや、そんな。


 前方の光景を目の当たりにしたルイは、脳が正確な現状認識を拒否して自然現象だと思おうとしていると直感した。だが、それは正常性バイアス。死への誘い。ルイは自ら(ひたい)に拳で一撃を入れてから、痛みを堪えつつもう一度外を刮目(かつもく)する。


 違う。あれは(もや)じゃない。あんなに粒が見えるなんて絶対に気体じゃない。最も近い見覚えは羽虫の群れ、つまりは小さな個体の集合体。

 

 ようやく、リンに1秒ほど遅れてルイは理解する。

 そう、あれは群体。でも遠くにあるから虫じゃない。だったら、正体は何か。いや、本当はもう分かっている。長々と考えるな。個体は既にさっき見た。エーテルリングは旧兵器のことをなんて呼んでいたか。そうだ、カルンウェナン群体。そう、群体だ。


「脱出!」


 ルイが叫ぶ。ほとんど考えなしに発言したが、上を向くとリンも鋭く頷いた。

 もはや自明なことだ。先ほど、全員の力を使い尽くして1つの白筒をなんとか叩き潰した。でも目の前には、羽虫の群れほど存在してる。数百で済むだろうか、おそらく数千、数万と言われても驚かない。あれらが我々を目標として定めたならばどうなるだろうか。


 ルイが背後を見る。みな、判断の理由を問うことなく通路の奥へと走り始めている。だが、奥の昇降機へと辿り着くには、空いた穴の横を通り抜ける必要がある。

 その状況を理解したリンは、むしろ一歩前へ出て、焼け焦げた壁穴の中央に立ち電磁結界を展開した。突如として中空に現れた黄金に輝く透明な板のようなそれは、長期的な戦闘の継続性を投げ捨てた最大出力の防御壁だ。意図することは明らか。外部からの射撃を防ぎ、とにかく逃走中の仲間を保護する。その後のことは知らない。


 だが、そうすることの判断が正しかったのかは次の瞬間に曖昧となった。


 リンが果敢に前へと出て最大出力の電磁結界で逃走経路の安全を確保した結果は、遠方の羽虫の群れからの光の矢による集中砲火という名の挨拶であった。


 光弾が揃わずにバラバラと降り注いだ最初の1秒、リンはなんとか耐えた。大気圏における光学兵器の使いにくいさ、つまり空気との接触によって遠ければ遠いほど威力が減衰することも働いた。そうであっても着弾の威力はかなりのものであったが、リンの防御結界は危なげなく耐えた。


 だからこそ、第2射はより過激となった。


 次の1秒、リンは膨大なエネルギーの精密射撃による飽和攻撃を受けて吹き飛び、廊下の壁に激突する。


「は、早く――」


 背後の壁に全身を打ち付け、力なく、しかし必死に訴えるリンの腕を駆け寄ったルイが全力で引く。それでリンの関節が抜けようが手首の腱が切れようが構わないと思った。

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― 新着の感想 ―
[一言] こいつは古代兵器の中ではどんなレベルなんだろ まあ局所的には強いかもしれんけど戦略的にはそこまで影響ないんかも? ここの施設が生きてたのも群体がいたから無視されたとか 虫だけに無視されたって…
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