6-11 エーテルリングの浅瀬(1)
「はっ! はっ! た、助かった!」
僅かに空いた隔壁から転がり込んだローレッタは、続いて入ってきた3人の仲間と共に床に倒れ込んだ。4人の乱入者たちが息を整える間に、みな少し距離をとって観察する。
ローレッタに加えて女がもう一人、男が二人。ローレッタ以外は最近流通し始めたゴラム産の硬く弾力に富む革の鎧を着ており、しかも要所要所に金属板を張り付けている。武器は片手剣や小型槌で、両手剣や長弓といった野戦用のものはない。防御力を担保しつつも、狭い空間内における動きやすさを想定した装備だ。要する遺跡調査仕様。
よく見れば防具には血液らしきものが付着しているが、武器にはない。何があったか分からないが、同士討ちではなさそうだ。
「おい、遅えぞ。もっと早く開けろよ……うっ!?」
座りながら顔を上げたかと思うと、いきなり因縁をつけてきた男がルイたちの顔を見て固まる。
「領主……殿に全員揃って……なんで」
「そりゃ、こっちのセリフだぜ」
急いで起き上がろうとする男の胸倉を掴んで上半身だけをレネーが引き寄せる。
「立て看板が見えなかったのか? あん? アマテラス行政府の名義で立ち入り禁止って書いてあったろ? 無断で入ってきて良い度胸してんじゃねーかよ」
「い、いや。暗くてつい見えませんで。それにレネー様とは知らずご無礼を……。そ、そうだ!」
恐れ慄く男は急に後ずさると、後ろで転がり込んでうつ伏せになったまま動かない女を抱き上げる。
「さっき、いきなり暗闇から何かが飛んできて、こいつがやられちまった! レネー様、診てやってくれ」
みれば女の腹部、その鎖帷子の一部が黒く焦げていて血が流れている。
「お前らみたいな怪しいヤツを助けろっていうのか? ……けっ、仕方ねえな」
「ありがてえ。今、鎧を脱がせる――」
「めんどくせえ、どけ」
レネーが男をどかせると、指先を光らせて壊れて脆くなった鎧の革を掴み引き裂いていく。唖然とする男たちの視線など気にせず、素早く女の腹を露出させると、すぐに背に担いだ袋から包帯を取り出して巻き付けた。そして、止血が終わったことを確認すると両拳をぶつけて大きな音を鳴らし、治療を求めた男に問いかけた。
「で、何があった? お前らは何故ここにいる?」
「いや、ギルドの仕事で偶然通りがかって、知らねえ遺跡が見えたもんだから――」
「嘘だな。おい、お前はアマテラス支部長のローレッタだな? これ以上の手間はウゼェぞ?」
「はい。ギルド本部から、今日この時間にここを調べろって言われていました。やべえ依頼とは思ってましたが色々と予想以上です。あーあ」
あっさりと嘘を認めたローレッタに冒険者の男が怒りの形相を向ける。
「ローレッタ! ――いや、失礼しました。コイツ、常識があまり無くて」
男は一瞬、ローレッタに掴みかかるような仕草を見せたが、すぐ力を抜いて地面に座り込む……と思われた瞬間、極限まで縮められたバネのように一瞬で跳ね上がり片手剣でレネーに斬り掛かった。
「すまんが……ごふっ」
この速さに反応できる者など存在しない、とでも考えていたのだろうか。男は、薄暗い勝利の笑みを浮かべたまま昏倒した。腹にはレネーの右足先が突き刺さっている。強烈な威力であったことは、鎧に貼り付けられた硬そうな板金が折れ曲がっていることからも明らかだ。
同時に、もう一人の男も悲鳴を上げて倒れる。手には小型槌があり、脳天にはリン愛用の長棒<月影>が打ち付けられている。ルイには何があったか分からなかったが、聞く必要を感じなかった。
「あっあの! その二人は……」
先ほどレネーに止血された女が立ち上がり、倒れる二人の男を見て何かを言おうとするが、鈍い打撃音と共に気を失って倒れ込む。
「いま動くのはヤベエだろ」
女の背後に立っていたのはローレッタだった。右手の酒瓶で女の後頭部を打ち付けたのだ。最近、アマテラスで流通している強化ガラス製であるし、中には酒もまだまだ入っているようだから鈍器としての性能もなかなかだったようだ。
倒れた女の右手には短剣がある。左手には小石ほどの火球があったがすぐに消えた。
「はー。冒険者ならギルドへの忠誠より生き残る方が先だろ」
そう言いつつローレッタは「煮るなり、焼くなり好きにしろ」と言わんばかりに地面へ勢いよく座り込んでレネーに目を向ける。
「あー、レネー様さ。さっきは初対面みたいな言い方してましたけどさ――」
「なんだ、良い言い訳が思いついたのか? ゲロ吐き女」
「……あーあ、何度お願いしても会えなかった訳だ。なんでも答えるから殺さないでくれない?」
「さあ、どうかな?」
ニヤリとレネーは笑うと、ローレッタは渋い顔で天を仰いだ。
*
ローレッタは何故ここに来たのかを、聞かれもせずに語り始めた。
この地には重要な遺跡があるとの情報がある。だが、数百年前に冒険者ギルドがこの地を徹底的に調べた時には何も見つからなかったので、存在そのものが疑問視されることになった。今では壮大なガセネタ、あるいは伝説のような扱い。
だが、この捨てられた地に最近の紛争で名を挙げたルイが移り住んだという。しかも、大量の作業用ロボットを何処からか手に入れて。
「アマテラスがどこかの強力な勢力から支援を受けているらしいってことは一時期、本部では随分と噂になっていた」
ローレッタが冒険者ギルドの内情も明らかにしていく。対外的にはアマテラスを支援しているのは大陸中央のネストロフではなく、冒険者ギルドということになっている。ギルド長のヘスティアーがそうしたし、これからもそうすると約束した。だが、ネストロフの影を完全に隠すのは無理があったのだろう。無理もない。なにしろ、冒険者ギルドの誰もが動く作業用ロボットというものを初めて見たのだから。
組織には必ず、横のつながりに長けた人物がいるものだ。あのロボットはどの部署が提供したのかと聞いてまわれば、すぐに謎の勢力の存在に気付くだろう。
「やっぱりアマテラスには何かがあるって話が幹部連中の間で出始めた。既に大規模に捜した場所だから、すぐに何かしようって話にはならなかったみたいだけど、アマテラスの発展速度があまりにも早いことが分かってからは強力な遺物でも使っているじゃないかって色めきたっちまったらしくてよ。それで色々探すよう命令されたんだ。予算もすげえ額でさ。で、色々探していたら四日前によう、今日この日にここを調べろって命令が来たんだよ。しかもクソうざい本部ご推薦の冒険者までくっついて来て。な? 死ぬほど面倒くせーけど、逆らえなかったって分かるだろ?」
「テメェの事情なんか知らねえよ。続きを話せ。まとめるな、具体的に、時系列で言え。そして正直に言え。お前は踏み込みすぎた。私たちに、やっぱりお前を殺すのはやめておこう、とちゃんと信じさせろ」
ローレッタは顔に浮かべた薄い笑みをひっこめる。レネーに軽く蹴りを入れられ、話すことを細かく指定されてようやく取り入ることを観念したようだった。あるいは、正直でいることだけが生き残る道だと理解したか。
「命令は遺跡の有無の調査だったから、取り敢えず周辺を毎日監視させてたんだよ。なのに、現場についたら閉鎖された岩切場だって聞いていたのに採掘がいきなり有り得ないほど進んでいて遺跡が露出してんだ。しかも祭りに領主が出てねえって。もう誰が何をしたかなんて、大体想像つくってもんだろ」
続けてローレッタは遺跡へ侵入してからの経緯をかいつまんで話した。
遺跡に辿り着いたが何も見つからなかった。だが、ローレッタが詳しく調べようと金属の円盤の上に立ったら、急に下へと降り始めた。カストディアンの死体には誰もが驚いた。分解して換金しやすい部品を取り出すか少し揉めた後、まずは先へ進むことにした。そして少し広いところに出た時、周りの様子を確認していた数人が突然どこかから攻撃されて死んだ。そのため隔壁に向かって命乞いをした。
「本当だろうな?」とレネー。
「天地神明に誓いまして」
「ぜんぜん信用できねえ。ま、確かめるだけだ。おい、エーテルリング。今の話が正しいか、関連する記録を出せ」
すると中空へ浮かび上がった画面に、ローレッタが先程床に昏倒した冒険者と言い争っている姿が映し出される。
――くそー、ルイのヤツはどこいったんだ。
――静かにしろ、ローレッタ。つーか、酒を持って遺跡探索なんてマジであり得ねえ。だからテメエは下っ端なんだ。たまたま支部長になったからって調子に乗ってんじゃねえぞ。
――うるせー。めんどくせえ本部の依頼のせいで良いことなんかねーよ。
――なんで本部はあなたなんかを支部長にしたんですかね。
――知るか!
再生画像を見たレネーは、画面内の冒険者の男とまったく同じ呆れかえった顔をローレッタに向ける。
「お前、呑みながら入ってきたのか?」
「やってられなかったんだよ! 見ろ! こっからだ!」
呆れた顔で見下げるレネーに、ローレッタは映像を指差す。
――このデカい扉は開かない。外だろう。ローレッタ、行くぞ。
そう言ったのは、画面外からローレッタの背後に現れた別の冒険者の男だ。長身細身ながら軽量金属らしき鎧を身に着け、束に複雑な衣装がほどこされた長剣を腰に差している。非の打ち所のない美形で、隙のない強者の雰囲気を纏っている。
――わたしの勘だと、このデカい扉の先なんだけど。
――ポンコツの勘を信じる理由があるのか? こちら全員、お前より数段上の階級なんだ。行くぞ。
そう言って美形の男は引き戸の外へ歩いていくと、画面の外から一対の男女が現れ後を追っていく。どちらも見覚えのない者たちだ。
「お前ら、何人で来たんだ?」
「七人」
ぶっきらぼうに答えたローレッタは、画面から目を逸らして瓶から直接酒をあおった。カメラは隔壁にだけ設置されているようで、引き戸の外へ歩いていく三人の後ろ姿を映し出している。隔壁を越え入ってきたのは手前の四人だ。なら、今見えている三人はどうなったのか。答えはすぐに明らかになった。
引き戸の外に出る前から、全員が武器に手をかけ周囲を警戒している。おそらく彼らは高位の冒険者で、油断は一切ない。だが、すべては無駄だった。
見えたのは僅かな、一瞬だけの輝き。無数の光の矢が三人へと降り注いだ。そして、光と共に人もまた消え去った。
「おい、外に何がいる!」
叫ぶレネーにエーテルリングの代理人は淡々と答える。
「旧兵器です」
絶句するレネーを気にせず、エーテルリングの代理人が続ける。
「大破壊を起こした無人兵器の一種、カルンウェナン群体。知的生命体およびカストディアンの制圧する機能に優れます」
「制圧!? けっ、これが?」
吐き捨てるように言ったレネーの言葉の意味は、ルイも分かっていた。引き戸の端には誰のものか分からぬ焼け焦げた腕があって、周囲には真紅の染みが広がっている。ローレッタは目の前の光景から目を逸らし続けているから、一連の光景をすべて見ていたのだろう。
画面中でローレッタと冒険者三人は、すぐに狂乱の表情で隔壁に殺到し「奥にいるんだろ?」「扉を開けろ!」「今すぐやらないと殺すぞ!」などと、大変丁重な命乞いを始めた。そんな様子を映し出す画面を凝視しながら、苦々しい表情をしたレネーが言う。
「なんであんなものが残っている?」
「不明です。ただ、稼働する旧兵器があるため本施設から外部に出る手段は凍結されました」
「……アレをなんとかしないと出られないって?」
「いいえ。旧兵器に存在を知られず、追跡されず、外部に連れ出す危険が無い限りにおいては問題ありません」
エーテルリングからの答えを聞いたレネーは、不機嫌な表情を浮かべ何かを言おうとするが、後ろからヤグラがまず声をかける。
「戦いを挑んだとして我々は勝てるか?」
「全員が有機生命体として最高水準の戦士であると過程した場合、高確率で四名が死亡します。死亡者なしでの脱出を勝利条件とするならば、最も楽観的なシナリオにおいて勝率は僅かです」
「戦わず無事に地上に戻る方法はあるか」
「居住区への道を不可逆的に封鎖すれば可能と想定サれます。ただし、登録ユーザーの承認が必要です。実行は早い方がよいでしょう」
ヤグラの視線を受け、ルイはすぐに答えた。居住区とは何か、など聞いている場合ではなかった。
「承認する」
「要求を受け付けました。居住区への道を封鎖します。完了まで2時間……」
画面の中、引き戸のすぐ外側を粘性の高い漆黒の液体が覆っていく。液化した耐熱樹脂に見えるが具体的なことは分からない。ともあれ、焼け焦げた腕はすぐに液体の中へと沈んだ。
「これで、あの道を通るだけなら安全なんだな?」
「安全が確保されるのは、一度通るだけです。通行時に捕捉され攻撃された場合、封鎖は破壊されます」
「ここから出たら、もう戻れないってことか」
「可能性のひとつです」
ルイは仲間たちを見直す。誰もが一様に達観した顔をしていた。ローレッタもだ。ルイも同じ気持ちだった。旧兵器とやらに対処できない限り、もう二度とここに戻ることはできない。皆の直感がそう言っているのだ。
ならば、すべきことは決まった。エーテルリングを調べ、できるだけ有用な成果を得て、未練なく永遠に立ち去るだけだ。





