6-8 3年目 ヤグラ、冒険者ギルド支部を訪ねる(2)
「年代や様式ねえ。ま、ヘスティアーってポンコツの興味には合っているから、それはそれでちゃんとやるんだろうな。嘘というより表の目的ってとこだな」
「ヘスティアーが表向きのところに結構本気ってのは、あたしも本当だと思う」
レネーの予想にリンが頷く。
「冒険者ギルドの依頼はね、ちょっと前に茶房で噂になってたよ。なかなか条件が良いって」
続けてリンが語るには、冒険者ギルドは試験的な依頼を既に出していて、記録のある遺跡の再調査という難易度の低い依頼にしては支払い条件がなかなかに良いらしい。連合帝国の他の地域よりアマテラスはもはや裕福になりつつあり、仕事も豊富であるから条件が良くなるのは当然なのだが、それでも冒険者への転職を考えさせる程には魅力的であるようだ。
「おい、これがギルドの依頼書らしいぜ……。へえー、リン。ここを見てみろよ」
「あー、こりゃ夢があるねー」
話の途中で、蜥蜴族の侍従が冒険者ギルドから持って帰ってきたチラシを差し出した。それを読んだレネーとリンは感嘆の声をあげる。「未知の遺跡を発見したら十分な報酬を約束する」との記載を見つけたからだ。そして支払額は相当に魅力的だった。
「遺跡の規模や価値によらず、必ず一定額までお支払いします。って、それでこんなに払うって凄いねー」
「裏の目的、か」
ずっと聞いていたルイが呟いた。そこに誰もが無言で肯定した。疑義を挟む余地がなく、ヤグラの言う通りである。つまり、冒険者ギルドは――ヘスティアーとローレッタは――メタトロンの遺産を求めている。まだ見ぬ何かが眠る未発見の遺跡を探しているのだ。
*
「ねえ、ヘスティアーもポンコツなの?」
あまり侍従の前で機密性の高い話をすべきでない、おそらくそう考えたヤグラは――単に話すのが面倒だった可能性もあるが――早々に報告会を切り上げた。その後、人が少なくなった食堂に残ったリンが世間話といった雰囲気でレネーに話しかける。
「ヘスティアーが古い存在ってのは分かるけど。悪気は全然無いんだけど、レネーも作られてから随分と長いんだよね?」
「古いからじゃねーよ。古い記憶を持っているからポンコツなんだ」
「記憶がいっぱいあると狂うって話だっけ。なんで? データは多いほうがいいんじゃない?」
「詳しい理屈は分かんねーがよ。人間だって、年老いて変に頑固になっちまう奴とかいるじゃねーか」
そう言ってレネーは、何を当たり前のことを、と言いたげな呆れ顔をするが、理屈で納得しないと気が済まないリンの不満気な顔に気づくとそのまま話を続ける。
「理屈は知らねえからな。だから、これは予想だけどよ、そうだな。どれだけ長く活動していても世界の情報が偏りなく入ってくるわけじゃねえ。例えば、畑仕事をやってりゃ作物の話ばっかり入ってくるよな。で、詳しくなって成功すりゃ、もっと農業の話ばっかりが入ってくるようになる。あとはその繰り返しだ。どんどん、入ってくる情報が偏ってくる。そうしているうちによ、世の中とどっかズレちまうんじゃねえか」
「あー、なんか分かるような。専門バカ、って感じなのかな。でも、そういうことなら記憶を無くすって貴重な専門性とか能力を失っちゃうんじゃない?」
リンの懸念に、なにを今更、とレネーは肩をすくめる。
「そうだぜ? 残滓みたいのは残るけどよ、ほとんどを捨てるんだよ。成功とか強み、それに誇りとか、そういうヤツもな。駄目になっている時なら失敗したことを捨てりゃいい。けど、ヘスティアーみたいに、生の歴史を覚えているって事に執着しちゃって、そのうえ人間社会の中で上手く成功しちまったヤツにはできねえかもな。忘れたら存在価値が無いどころか、正体がバレてブッ壊されるかもしれねえしな」
「レネーはよく捨てられるね」
「そりゃ、興味がねえからだよ。成功なんてものを積み上げても何にもならねえだろ」
それから、ガチンと胸の前に両方の拳をぶつける。それで、リンは察することができた。戦いにおいて勝利はもちろん重要だが、全ての力を出し尽くす醍醐味は時にそれ以上であると。そしてレネーはきっと結果ではなく過程に、彼女なりの真実の瞬間を見出しているのだと。
「はー、達観しているねえ。あたしの事は忘れないでいてくれると嬉しいけど」
「お前が生きているうちは忘れねえよ、千年後はわかんねーけどな」
「千年も覚えていてくれるんならいいかぁ……」
しばらく寂しそうな表情をしたリンは、はっと何かに気がついたように言う。
「ね、そういや狂うってどういうことなの? 色んな意味があるよね」
「そうだなあ、盛大に勘違いする、って感じかも。なんでも広く知っているヤツが神だってな」
「えー、広く知っているって、それって分厚い辞典のようなものじゃない?」
「自分がその辞書だったら、疑いなく神だと思っちまうんだよ。正確に言うと、超絶こだわりの強いやつになる。」
どういうことかと首をひねるリンにレネーが話を続ける。
「あることを長くなんでも識ってきた。誰も自分を感心させられる者はこの世に存在しない。これまでも、これから先も。そう思うようになる」
「あー、分野限定の神ってことか……。永遠に生きられるんだもんね」
「全知全能じゃねえけど、この領域では神に等しい。自分でそう思っちまったらな、もうそこから出られなくなっちまう。他の分野の話になったら神じゃなくなるから異様に執着しちまうし、新しい考えを受け入れたりもしねえ。もう、それは狂ってるだろ」
「……もしかして、ミトロンとかメタトロンも同じだったりする?」
「こだわりの強さってことじゃ同じだろ。ミトロンは永遠なる奴隷解放の闘士って感じだな。たぶん、奴隷を開放しても新しい奴隷を見つけてくるぜ。メタトロンは戦闘狂だな。色々偉そうなこと言ってたみたいだけど、戦闘そのものが目的になっちまってたと思うぜ」
「はー、確かにみんな、こだわりが強そうだったね」
そう溜息とついてから、リンは独り言を呟くように「レネーが他と違う感じなのがなんとなく分かったよ」と言ってから、食堂の天井を見上げる。
『ヘスティアーは古代史の神。自称、ですけれども。ということは、絶対に諦めたりしない、ということすね』
「ああ」
ずっと静かに聞いていたタマが発した問いに、レネーは考えるまでもない、といった調子で答えた。
『ルイ、すぐやりましょう』
「分かった」
真剣ながら何かイタズラをする前の子供のようなタマの問いに、ルイは即答した。
今日は奇しくも3年目の奉公市、つまり祭りの日。相変わらずアマテラスとして資金を提供していることもあって、最近は外での仕事が増えて住民と会う機会が減っているルイが久々に顔を出す場。そういうわけで多くの侍従が準備に奔走してきた。ルイも献身的な侍従たちへの感謝が大きかったし、仕事に追われずアマテラスの祭りを楽しめることを楽しみにもしていた。
『いいんですね?』
「でも今日、この日が一番良いって言うんだろ?」
『そうです』
「で、あっちも、今日が一番好都合なんだろ?」
『上出来です、成長しましたね』
ルイが今日の祭りを大事な日だと思っていたのには他にも理由がある。秘密裏に三体のカストディアンがネストロフから昨日やってきていて、祭りの場にて新たな住人として紹介する予定であったのだ。一般的にカストディアンというのは不気味だと思われているから、それを緩和するためのちょっと笑える出し物も用意していた。アマテラスは法治主義であり、法の下ではどんな種族も平等。その理念がまたひとつ具現化したことを示す絶好の機会であったのだ。
一方で、祭りの日は誰もが仕事を休み、アマテラスの中心街に集まることを楽しみにしている日でもある。だからこそ、絶好の機会となる。
ルイたちはもう、メタトロンの遺産がどこにあるかを突き止めている。あとは、どうやって秘密裏に覆い隠す岩石を取り除いて侵入するか、である。だからこそ、情報を外に漏らさぬためにも蜥蜴族の侍従が入った打ち合わせを手早く打ち切ったのだ。
「ヤグラとサクヤを呼んでくるね」
事情をすべて察したリンも立ち上がった。もしも、ローレッタも遺産が眠る場所を突き止めているならば――つまり未知の遺跡を探るという依頼はルイたちを安心させる罠であれば――冒険者ギルドとしても今日が絶好の機会となる。
ヤグラとサクヤはすぐにやってきた。それから五人は安物の綿のフードに身を包むと、薄暗い夕暮れの中、アマテラスの郊外へと足早に去っていった。
[ある侍従の引継ぎメモ] ヤグラ様はサクヤ様と違って、茶に香りを付けることを好まれない。ただ、茶本来の香りを好まれる。茶葉は厳密に管理して1日2回、発酵具合を確かめること。





