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6-7 2年目 ルイ、冒険者ギルドマスターと会う(1)

 窓がひとつもない小さな部屋の中。ルイはひとりの若い女と座りながら向き合っていた。


「ようこそ、いらっしゃいました。私はヘスティアー。冒険者ギルドのマスターです」

「……ルイです」

「貴方とは率直に話し合いたいと、かねがね思っていました」


 そう言うと女は、頭を隠していた絹らしき布のヴェールを取る。するとウェーブのかかった白い、いや輝く透明な長髪が現れ、部屋の一角に置かれた少し場違いなほど大きい蝋燭(ろうそく)の光を受けて妖しく赤や青や紫に輝いた。

 さらに、その下の首元の皮膚も透明になっていて内部構造、すなわち首の動脈と静脈に似た赤と青のケーブルが見えている。


 今、ルイは冒険者ギルドのマスターと会っていた。場所はアズマ府、領主館から少し歩いた所にある塔のような建物の冒険者ギルド本部。その最上階に程近い部屋だ。


 冒険者ギルドとは、各地の遺跡を調査する冒険者を束ねる全国規模の組織だ。本部がアズマ府にある通り連合帝国と深い関係にあるが、上下関係はなく神聖法廷にすら支部を持っている。

 そんなギルドのトップがカストディアンとは悪い冗談のような事実だ。この世界、まだまだカストディアンに対する嫌悪感というか未知の存在への不信感は根強いから、もし明らかになれば神聖法廷以外からも強い反発が起きるだろう。他にあるカストディアンが指導者の組織は奴隷解放戦線ぐらいのものであり、それもミトロンが長年活動している有名な革命闘士だから成り立っている。


 だが、そんな驚きの光景を目の当たりにしても、ルイはやや緊張した面持ちを全く崩さなかった。


「私がカストディアンだと分かっていたのですね」

「たぶんそうかも、ぐらいでしたけど……。アマテラスで働く労働ロボットのこと、サクヤの肘のこと。カデノ様から一切聞かれませんでしたから」

「確かに、私はネストロフと繋がりがあります。――ああ、ご心配なく」


 少し強張ったルイの表情を見て、ヘスティアーと名乗った女は目を細め、浮かべた微笑を少し深まる。


「カデノにも、他の連合帝国の誰にも言っていません。ネストロフのことも、もちろん貴方と関わりがあることも。例の肘のことは、冒険者ギルドが秘密裏に関わっていることにしています。聞かれなくなかったのでしょう?」

「ありがとうございます……。冒険者ギルドとネストロフは、どんな関係にあるのですか?」


 それほどのものでもないわ、とヘスティアーは軽く答えてから、後ろ髪を右手でかきあげて笑みを浮かべた。

 時々、七色に光る長い髪はくるくると巻いていた余韻が残っていて、愛らしく上品に揺れる。前髪は短髪で眉の上で切り揃えられており、表情をまったく隠していない。まるで、私の顔をすべて見よ、と言っているかのように。


 ルイは、実に色っぽい大人の女性の仕草だと思った。前髪の下にある顔立ちは、まさしく魅惑的な知的美女と呼ぶにふさわしい。だが、一方で瞳には時代を越えて人を見通すかのような怜悧さが秘められている。下等な人間からの恋慕の情は当然ながらに求めるが、指一本とて触れることは許されない。そういう人を超越した、陳腐な表現を借りると本当に女神がいるとするならば、実はこういう雰囲気であろうと思わせるところがあった。


「協力、といっても簡単な情報交換をしているぐらいよ。ネストロフは人が簡単には踏み込めない山岳地帯や孤島を調査して情報を持ち帰ることがあるの。そして、私たちは冒険者が持ち帰った情報を提供するわ」

 

 光ファイバーケーブルのような人工的なのに恐ろしく美しい髪を見ながら、ルイは心の中の(ひる)みに鞭を入れて口を開いた。何を話すかはこっちが決める、この者は決して神などではない、雰囲気に吞まれるな、と。


「貴方の名前も、古代の神とやらから来ているのですか?」

「そうです。神聖法廷が信じる紛い物よりずっと前の、遥かなる古代に信じられていた神。家庭、都市、国家の秩序。そういうものを司っていたそうです。さて驚きました、本当にメタトロンと会ったのですね」


 驚きました、などと口にはするも女の表情や動作には僅かな狼狽(うろた)えもない。ただ、優雅に気品を保っている。

 そこから格上らしき存在の雰囲気を感じてしまったルイは、いやカストディアンだから表情をうまく制御しているせいだ、と思い直し話を続けようとする。だが、今の質問は本当にヘスティアーの興味を引いたようであった。


「その知識は、特に優れたカストディアンだけが持っているものですから。最後に彼と会ってから長い時間が経っています。どんな様子でしたか?」


 ルイは言葉に詰まる。機先を制された格好であったし、どこまで言ってよいのか判断がつかないまま、なんとか無難に言葉を紡ごうとする。


「なんというか、人類の事を、厳しく深く考えていたというか……」

「もしや、メタトロンを滅したのは貴方ですか?」

「……はい」

「そう」


 さらに踏み込んできたヘスティアーの言葉に、ルイは驚き戸惑った。だが、背筋を伸ばしてヘスティアーに向き合った。そして咄嗟の嘘は後々問題になりかねないと考えて、正直に答えた。内心の動揺が伝わったとしても、どういう動揺かは伝わっていないはずだと自分に言い聞かせながら。


「あのメタトロンを、ですか。正直に申し上げて見た目によらず、恐ろしい方なのですね」

「メタトロンを良くご存知なのですね」

「今や忘れ去られてしまったけれど、とても有名な個体だったのよ。ほとんど残っていない戦闘型ですし、貴方ならもう知っているでしょうが、保護局を滅ぼした中心人物ですからね。その強さは伝説的です」

「……メタトロンは十分に力を出せない状態でした。それでも、皆で力を合わせてやっとのこと、でした。本当に、本当にギリギリだったんです」


 話しながら、戦ったことを隠せないなら、ある程度は正直に話すしかない、とルイは腹をくくった。それから、かなり簡単に戦いの経緯について触れた。ヘスティアーは静かに聞いてから口を開いた。


「本当に再封印ではないのですね。あのメタトロンが消滅とは……。ところで、貴方は彼から何かを託されたのではないですか?」

「質問で返して恐縮ですが、どうしてそう思われるのでしょうか」

「戦ったのならご存知でしょう? 彼は遺産を託す強者を探していました。そして、貴方のアマテラスは彼の故郷です。あの地に眠る何かを、貴方が継承したと考えるのは自然なことです」

「あまり具体的な話は無かったのですが……遺産が何か、ご存知なのですか?」

「その様子ではまだ見つけていないようですね。まあ、是非見つけてみてください」

「何があるか、ご存じなのですね」

「とても珍しいものです。ただ、見つけても貴方では使い道が分からないはずです」

「――では、よく分からないものを見つけたらご相談にあがるかもしれません」


 ヘスティアーは微笑を浮かべて頷く。対するルイは神妙な面持ちだ。


 ルイは「遺産とはエーテルリングの入り口か?」と聞こうか迷った末に、話さないことを選んだ。メタトロンは最期に「エーテルリングに入れ」と行ったのだから、予想はおそらく正しく、いまさら確認する価値は低い。

 そして、ヘスティアーが味方であるのなら色々助言を貰えるかもしれないが、メタトロンは人類統合局もエーテルリングの深層に入ることを夢見ていると言ったのだことには気をつけなければならない。仮に、ヘスティアーと統合局に繋がりがあったのなら大変なことになりかねず、そのリスクは取れなかった。


「それはそうと、アマテラスはカストディアンとの共存する道を歩むそうですね。具体的にはどうされるのですか?」

「実は近々、ネストロフに連絡して、カストディアンを少しずつ受け入れると打診する予定です」


 ここでルイは、本来カデノ女史に言うつもりだったことを打ち明けた。ルイはサクヤの肘を直したのが誰かと聞かれた時、言えないけれども勢力の一部をアマテラスに住まわせる、アマテラスはカストディアンの知見を併せ持つ都市になる、そう言うつもりであった。

 物議を醸すだろうが、ネストロフやメタトロンと約束したこと。そろそろ実現に向けて動かねばならないのだ。アマテラスでは、普通にカストディアンを見かける。もちろん、色々な種族も。そういう都市に段々となっていかねばならない。


「もし冒険者ギルドにもカストディアンの勢力があるなら受け入れも検討します」

「あら、嬉しい事ですね」


 ヘスティアーがくくっと静かに笑う。それから、光沢のある白いロングスカートの中で足を組んだ。少しリラックスしたようであった。


「とはいえ、冒険者ギルドのマスターである私がカストディアンであることは公になっていません。知る者はごく僅か。配下にカストディアンの組織があるわけでもありません」

「配下でなくとも、ネストロフ以外のカストディアンの組織とも付き合いがあるのではないでしょうか」


 これはルイが仕掛けた誘導だ。ネストロフ以外にカストディアンの組織があるなどと聞いたこともない。ただ、どこかには居るというのがアマテラス五人衆――ルイ、リン、サクヤ、ヤグラ、そしてレネーの一致した見解であった。

 思えば、煙の谷を攻略した時、カラスマは谷の入り口にある塔をカストディアンが占拠している可能性を疑っていた。そのため、規模の大小はさておき、なんらか他のカストディアンの集団が存在する可能性は高いように思われた。

 それに、ギルドマスターがカストディアンだと分かった今となっては、冒険者ギルドがミトロン率いる奴隷解放戦線や謎に包まれた人類統合局とも繋がりがある可能性も高く、なんらか情報を得られないかと思ったのだ。


「ご質問されつつも、具体的な事はご存知ではない様子ですね。ですが、お答えしておきましょう。まず、他にもカストディアンの組織は存在します。しかし、アマテラスでの共存できそうな存在は知りませんし、付き合いもありません。ですから、私から貴方に庇護を求めることはないでしょう」


 ――今のところは、とでも言いたげだな。


 ルイはそう思ったが口に出すことはなかった。ルイのカマかけを分かったうえで、ヘスティアーはここまで情報を提供したようだったから、今のところそれ以上は追及すべきでないと考えた。

 だから、()()()()()()()()()を聞くことにした。

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[一言] ルイ(スリーサイズはいくつだろう・・・)
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