6-3 1年目 タマは考える(1)
『じゃ、始めましょうか?』
「おう」
夕方、少し薄暗い領主館の一室でレネーとタマが椅子に座って向かい合っている。ルイがいない代わりに、簡易な携帯型の映像投影装置が椅子のうえで置いてあって、それがレネーにタマの姿を見せていた。なお、ルイは別件で外に出ている。この頃になると、タマは主人とは別に行動することも増えていた。
『目的ですが我々の記録を持ち寄り、今のところ最も正しいと思われる世界に対する認識を作り上げることです』
「ずいぶんお堅てえな」
『はっきりしておかないと、ただの雑談になってしまうかと思いまして』
「それでもいいぜ。雑談からひらめきが生まれることもあるからよ」
『……なるほど。確かに考えをまとめる方法としてはとにかく話す、と言うのはありますね。ではあまり固くせず話していきましょうか』
「最初は何をする?」
『まず地理と都市からにしましょう』
そう言って、タマは空中に大陸地図を広げる。
『東に連合帝国。南にも連合帝国のヒヌシ府。北に広がる森には神羅があり、中央のやや北側には神聖法廷がありますね』
「神聖法廷は農業に向いた地だから、食料の生産量は高いと思うぜ」
『そこなんですよね。帝国の土地は砂漠が多くどうしても食料不足になりがちです。森羅も多くの水田を作っていますか、どうしても神聖法廷には及びません。これが結局人口の差となって国力の差となっていると思われます』
「そこんところ、昔から変わってねーな」
『西には亜人たちが多く暮らしています。岩肌族のゴラム、有翼族バルタンが二大派閥ですが、どちらも荒地が多く生産量は限られています。そして中央の酸性雨と雷鳴に覆われた地にはカストディアンの隠れ里ネストロフ、と』
「確か、昔は鉱山だった気がするな」
『エネルギー工場が彼らの拠点でした。随分と環境汚染が進んでいましたね』
「前は、あそこまで滅茶苦茶じゃなかった気がするんだけどなぁ」
『で、南東の果てには灰の大地があって、そこに人類統合局がいるんでしたっけ? 結局、統合局って何なんでしょうね』
「わたしの時は悪いことをした亡霊みたいな言われ方だったけど、詳しいことは分かんねーな。ただ、前進の人類保護局もなかなか面倒な経緯だったのに、統合なんて強い言葉を使われると嫌な予感しかしねーよな」
『ですねえ。――そして我々は今、東の半島の先に小さな都市を作っている、と』
「メタトロンが言っていた遺産ってどこにあるんだろうな? あんな曖昧な場所の指定じゃわかんねえよ」
『しかもあの辺りって岩山ばかりなんですよね。彼の情報が間違っていたんでしょうか』
「そうとも限らないと思うぜ。なんせ、あのへんの岩は結構古そうだ。でかい崩落とか地震とかで地形が変わったんじゃねーか?」
『……よく見てますね』
「双子の塔の近くにあった湾岸がまるまる陸地になっちまってんだ。それぐらいあるだろ。ま、ちゃんとした根拠はねーがな」
『我々にあそこを掘り返す余裕は今のところありません。残念ながら少し後回しでしょうかね』
「まぁ、食い物を作るのが先だろうな」
『ところで残る南西ですが、我々の調査では巨大な爆発の痕跡があると分かっています。何なのか、ご存知ですか?』
「……南西か。よく分からねえな。なんで分からないかも分かんねえ」
『レネー、あなたの記憶が誰かに操作されているという可能性はありますか?』
「操作というか、意図的に情報を入れてこなかったって感じだな。改竄はなんともいえない痕が残るはずだからよ、それが何にもねーって事は本当に知らねえんだと思うぜ」
『南東と同じく秘密の土地と言うことですかねー。ヤグラは、踏み入れてはならぬ地だと言っていましたし、どうもこのへんは得体が知れませんね』
「って事は、つまり」
『はい、何かあると言う事ですね』
レネーは小さく頷く。
『次は、歴史に行きましょう』
「ネストロフのカストディアン、あとメタトロン。どっちの話を信じるかってのがあるな」
『あるいはどちらも間違っている可能性もあります。それにレネー、あなたの記憶も合わせる必要があります』
「私のが最も信用ならないと思うぜ」
『それはおいおい。まずはネストロフの方々が言っていたことから始めましょうか。曰く、昔々、人とカストディアンは仲良く暮らしていた。だが大破壊なるものが起きて文明が崩壊しちゃった。当時の記録はエーテルネットとかいうインターネットっぽい仕組みの中に眠ったまま。人が暮らすには厳しい環境となったので、カストディアンは人を守るため人類保護局を立ち上げた』
「その辺の事は全然わかんねぇな。ただわたしも遠い昔に今より高度な文明があって、それが滅びたって話を聞いたことがあるぜ」
『遺跡がこれだけあるから間違いないですが、レネーが生まれるより前の事のようですね。で、保護局は人類の絶滅を防ぐためにいろいろなことをした。しかし、結局人類は反乱を起こして保護局は敗北した』
「反乱を主導したのが神聖法廷というのも間違ってねえと思うぜ。そういう話は聞いたことがあるし、神聖法廷の教義にも書いてあるってサクヤが言っていたな」
『だけど、神聖法廷が世界を支配する事はなかった。彼らの支配に反発する地方都市は多く、それらは身を寄せあって連合帝国となった』
「わたしの時はそこまで大きな連合じゃなかったけど、みんな神聖法廷の高慢な感じにムカついていたかんな。それと、その前に人類統合局が出来ているはずだぜ」
『統合局は、神聖法廷が保護局を打ち倒した前後に発足したと言うことになりますね』
「保護局の残党が統合局だとすれば、話は通る気がすんな。追い詰められて過激になった残党が、より過激な派閥を作ったということじゃねーか?」
『有り得る話です』
ここまではタマとレネーに異論はなかった。大破壊が起き、カストディアンを中心とした人類保護局が生まれ、神聖法廷が反逆を翻した。崩壊した保護局はバラバラとなり、その一部が統合局になった。
『次はメタトロンの話に行きましょうか。大筋では大体一致していますが、細部には新しい情報もあります。まず最初は、神聖法廷が反逆を翻した時にカストディアンであるメタトロンが協力したというところです。今でも、保護局が電子手榴弾を提供していると言っていました』
「機械帝国を打ち倒したっていう歴史を誇る神聖法廷からすれば隠したい話だろうよ。それに実際、なんて名前だったっけなぁ、あの神聖法廷のスカした騎士も電子手榴弾を使っていたしな」
『……ヴィクターですよ。ちょっと記憶を抽象化する度合いが強すぎるんじゃないですか?』
「あー。そいつ、そいつ。ただ、神聖法廷が人類統合局の脅威に備えているってのが本当なら、話が矛盾している感じはねーな」
『ですね。メタトロンは、人類保護局は随分と統治に失敗したようなことを言っていましたね』
「次世代計画とかだよな。人から蜘蛛の化け物を創っちまったのが怒りを買ったってことだっけか。そいつは保護局の隠したい過去ってヤツなんじゃねえかな。あいつら、自分たちが人類保護局だって明確に言わなかったよな。実際、あまりにも昔のことでもう関係ないと思っているのかもしれねぇが、どうも不誠実な感じがするんだよな」
『ルイの話を聞く限り、私は封印されていたのであんまり正確な記録じゃないのですが、メタトロンも人類統合局を知っていたようですね。そしてネストロフの人類保護局は、敵対する神聖法廷と統合局を両天秤にかけていると言っていました』
「で、わたしたちは奴らの第三の選択肢だっけ?」
『神聖法廷と裏で繋がって、統合局をいつか滅ぼすことを支援している。とは言え、もし統合局が滅びたら彼らは用済みです。教義のもと根絶させられても全くおかしくないでしょう。一方、統合局が勝った場合は、彼らは吸収されてしまうのでしょうかね』
「保護局が負けて分裂した一派が統合局だとすれば、自分たちを見限ったやつに吸収させられるというのは気分が良いもんじゃないんだろうな」
『活動家の内部闘争ってやつなんですかね?』
「理想に燃えている奴ほど、そのあたり始末に悪いってことじゃねーかな」
『やれやれ。カストディアンも人そのものじゃないですか、悪いところも含めて。カストディアンって一体誰が作ったんです? 人間臭すぎますよ』
「そんなの大破壊前の文明だろ?」
『まぁそうなんですけど。もうちょっとソフォンみたいに人の支援に特化してもよかったような』
「その辺は全然わかんねぇな」
そうですか、という代わりにタマは残念そうに溜息をつく。
『そういえばルイが、魔法を使えないことでメタトロンから馬鹿にされた、みたいなこと言っていました。魔法って一体何なんですか?』
「あーん? そんなこと言われてもな。人なら大体みんな使えるもんじゃねーか。稀に生まれつき使えない奴はいたけれどよ。それだって生まれつき目が見えないとか、耳が聞こえないとか、練習しても上手く喋れねぇヤツとかいるのと同じことじゃねえ?」
『ですが、大破壊の前にいた真祖という人たちは魔法が使えなかったようですね。これってどういうことなんでしょう?』
「そんな話は聞いたこともねえな。うーん……でも有り得ないとも言い切れないな」
『そうなんですよ、メタトロンが嘘をつく理由がないんですよね』
「でもよ、もしメタトロンが嘘をついていないんだったら、大破壊前のどっかで人はいきなり魔法を使えるようになったってことになっちゃうぜ? それも変じゃねえか?」
『そんなこと有り得るんですかね。私にしちゃ魔法が使えるなんてことが有り得ないんですけど、もしそうなったんなら、きっと面倒なことになったでしょうね』
「魔法を使えるヤツと使えないヤツで、大喧嘩になったんじゃねーか? 人ってそんなもんだろ」
『有り得る話ですね。ただ、どうもこの辺りは根拠が足りません。それはそうと、魔法が使えない真祖を待ちわびている存在がいるってのは何なのでしょうね』
「ブッ壊した双子の塔のポンコツどもの事だな。あいつら、大破壊前の人類の召使いだったんかな。だとすると、わたしより古いってことになるな」
『古い個体ほど人に近いんですよね。そうは見えませんでしたけど』
「自分で体を入れ替えてたら、だんだんと劣化してったんじゃねーかな」
『主人を長く待ってあんな風になったというのは少し悲しいですが……。まあ、ともかく問題なのは、真祖を待ちわびているもう1つの集団が神聖法廷だと言うことです』
「ん? メタトロンがそう言ったのか?」
『はい、ルイから聞いたところによればですけれども』
「ふーん。そりゃよく分かんねえな。あいつらの教典なんかに興味はねえからなあ。ちょっとサクヤを呼んで聞いてみようぜ」
『サクヤは、しばらく予定がいっぱいようですね。ヤグラを呼んで聞いてみましょうか』





