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5-11 怒り、笑い、そして(2)

 一気に言いたいことを言ってから、ルイは荒い呼吸を何度も繰り返す。もともと戦いによる激しい運動に伴う酸欠、さらに恐怖と出血によって高濃度の脳内物質が放出されていることに加えて、無呼吸かつ大声で叫んだものだから当然であった。


 一方で、メタトロンは極静かだった。隙は相変わらず全く無いものの、対峙する者に与える圧が動から静に変わっている。触れれば斬られるが自分からは動かない刃のようであった。


 数分の間、沈黙が流れる。


 そしてルイの息がようやく整い始めたころ、メタトロンが今までになく穏やかに問いかけた。


「他の星といったか」

「そうだよ、だからなんだ」


 ルイは先程に比べれば随分と穏やかではあるが、再び軽く声を荒げる。冷静というにはまだほど遠い。


「ユースモアの白布。こっちじゃ麹雲(こうじぐも)って呼ぶのか? その向こう、ニクサヘルのそのまた向こう。30光年ぐらいだ」

「お前の民は魔法を使えないのか?」

「そんなもの無いって言っただろ!」


 苛立つルイに、メタトロンは両手を軽く広げる。葦原の常識では呆れた時の仕草(ジェスチャー)だ。


「――なるほど。お前はどうしようもない狂人か、或いは本当に真祖の末裔なのかもしれないな」

「またそれか。なんなんだよ、真祖って」

「大破壊前の人類だ。大破壊の前、人は魔法を使えなかったとされている。実は、あの端末には魔力が無い者しか辿り着けないようにしてあったのだ。魔力あるものしか入れないようになっていた入室条件を(True)から(False)に変えたのだ。たったそれだけで誰も入れなくなるのだから、そうしただけだったが。ずっと、どうやって魔力を隠蔽したのか不思議に思っていたぞ。だが、まさか素のまま端末まで辿り着いたとは」


 メタトロンは腕を組んで暫く思案する。そして驚く事を言った。


「とすると、お前は()()()()()()()()()()()()()()ってわけか、ふっ」

「……意味わからん。言っただろ、神聖法廷と戦ったって。それで神聖法廷から悪魔認定されている――?」


 ルイは話している途中で異変に気が付いた。メタトロンが細かく肩を震わせている。見たことが無い動作――いや、人相手であれば特段不自然ではないものだ。

 

「――――。ふっ、ふふふ。くくく。あーっはっはは――」


 これまで高慢で高圧的だった雰囲気とはうってかわって、メタトロンが大声で笑い始める。ただ、明るく楽しく愉快な感じでもまたなかった。皮肉るような、揶揄するような、それでいて自虐的な匂いを仄かに感じ取ったルイはただ静かに笑いがおさまるのを待つ。


 メタトロンはしばらく笑ってから――2分ほどと感じられた――再び静かになり、元の鋭利な刃のような雰囲気を取り戻す。

 

「我に笑う機能が組み込まれていたとは、いま知ったぞ。他に反応しようも無いのだから単なる不具合かもしれんがな」

「……どうして悪魔が救世主になるんだ。それに僕には神聖法廷を救う気なんてないぞ」


 そうだろうとも。ルイの答えを予想していたようにメタトロンは頷いてから話を続ける。


「奴らの教義を読めば分かることだ。普通に解釈すれば、お前は――狂人でないと仮定すればだが――救世主ということになる。なってしまう。なのに、カストディアンと歩む都市を創るだと? 笑うしか無いではないか」

「まだ決めたわけじゃない」


 幼稚な反発心の混じる曖昧な想いが、ルイにとっさの悪態をつかせる。


「そのつもりはないと?」

「……」

「十分そのつもりのようだな」


 勝手に心を見透かして分かったようなことを言うな。そうルイは内心で苛立つ。だが、メタトロンの答えに何故「ない」と言い返せなかったのか自分でも分からず沈黙してしまう。


「ところで、先程は随分と状況のせいにするような言い方をしていたが、どうして他の道を選ばなかった?」


 ルイの頭の中で走馬灯のようにこれまでの旅路が蘇り高速で流れていく。1つの記憶が呼び起こされれば、3つの関連する記憶が呼び出される。9、27……脳内で幾何級数的に想い、そして感情が膨れ上がっていく。

 

「他? 他の道だと! ふざけるな。サクヤには本当に助けられたんだ。ヤグラも色々教えてくれた。リンだって本当は不安なんだ! レネーも……記憶を失ったままで放って置けるか! 生きていく以外に、目の前の敵と戦う以外にどんな道があったっていうんだ! 人だって何人か殺した、そんなことしたくなかった! なのに! 他に何が……」


 気がつけばルイは再び声を大きく荒らげていた。叫びながらルイは気が付いた。気が付いてしまった。これまで戦ってきた結果から目を背け続けてきたことに。仕方なかったと自分に言い聞かせ続けてきたことに。


 神聖法廷の要塞都市シュラマナに忍び込んだ後、有翼人の少女アイシャを助ける為に1人の騎士を射殺した。


 前線基地ローディスでは、さらに沢山の騎士を殺した。そのうえ、牽制的機動爆撃という欺瞞に満ちた攻撃で騎士の軍団を壊滅させた。


 双子の塔では、人こそ殺していないものの、何体ものカストディアンを破壊した。彼らは狂ったかのように真祖を待ちわびていたが、果たして自我が無かったと言いきれるだろうか。自我があったら、殺人と何が違うのだろうか。


 血盟戦士団との戦いでも、沢山の戦士を殺した。その前、ミトロンが居を構える火口都市シグモイドへの道中においても、一人の男の死にも直面している。あの男は、煙の谷が街道として開通したので落ちぶれたと言っていた。娘を売ったとも言っていた。もし、お前が父娘を地獄に落としたのだ、と言われたら否定することができるだろうか?


 今も、流通構造の変化により多くの成果と共に、付随して不幸も生まれているという。多くの帝国農民が職を奪われ、穏当に暮らしていた賊が残虐な仕事に手を染め、少なくない麻薬中毒者が犯罪に走ったという。


 ――どれだけの人を破滅させた?


 ルイの脳裏に、決して考えてはならないと自然と封印していた思いが、深淵に潜んだ炎が蘇るように浮かんでくる。ルイは咄嗟に考える方向を変えようとするが、無駄であった。ルイは徐々に顔を青くしていく。

 

「何故、()()()()()()


 メタトロンは容赦せず、ルイを責め立てた。


「何もしないという手もあったはずだ」

「そんなこと出来るわけが……! それに僕のしたことは悪い事じゃない! 少しぐらい犠牲が出たからって――」


 話しながらルイは思う。そう、悪い事じゃない。仲間は誰もが一度は、特にサクヤは何度も、ルイが世の中を良くしていると言った。実のところ、自分でもそう思っている。それに葦原の財界人もよく言うではないか。「変革に痛みは付き物」だと。


 そこまで考えた時、ルイの心の中の、もう一人の自分が唐突に問いかける。


 ――犠牲になるのは誰? 自分のように社会の底で懸命にあがいていた人では?


 ルイの動きが完全に止まる。確かに自分は高天原に長期的には良い影響を与えたのかもしれない。だが、その裏では日々の暮らしに精一杯の人々が犠牲になっている。まるで葦原の社会におけるルイのような立場の人々が傷ついている。そう気が付いた時、もうルイは動けなくなっていた。


 最初メタトロンは、ただルイを見ているだけだった。だが、ルイが何も言えなくなったことが分かると、すぐさま厳しく告げる。


「事情がどうであれ、お前が選んだ道だ。嫌なら、どこか山奥にでも逃げればよかったのに、戦う道を選んだのだ。――よくわかった。お前は意志の弱い甘ったれだ。到底、都市の指導者に向いた器ではない」


 ルイは思い出す。メタトロンの言う他の選択肢とは、他ならぬタマがずっと、何回も提示してきたこと。ルイの中に1つの記憶が鮮やかに浮かび上がる。


 ――「()()をやれ。そういうことか」

 ――『いーえ、ぜんぜん言ってません。ケツをまくって逃げることをオススメしたいのですけど』

 ――「いや、やる。ここでやっていいのか?」


 それは、ルイが牽制的軌道爆撃を決断したときのタマとの会話だった。ルイは確かに自ら決断してきたのだった。


「指導者には向かない性格だ。だが、お前が決めてきたという事実は残る。それも無かったことにするか? すべて他人や状況のせいにするのか? 今一度考えよ。何故、他の選択肢などないと思ったのか。何から逃げられないと思ったのか」


 ルイの脳裏に再び数々の出来事が浮かび上がる。だが、今度は敵ではなく貧しい人々が中心であった。

 

 アズマ府で初めて見た奴隷は、半裸の女だった。荷積みに手間取り、太ももを小型クロスボウで射抜かれた。

 煙の谷に集結した奴隷兵。痩せているのに突き出ている腹が、栄養失調や内蔵疾患を想起させた。

 ヤグラの故郷の酒場にいた岩肌族の女。疲れ、薬に溺れていた。

 ほとんどすべての地で、様々な救われない人々を見て来た。

 

 ルイは改めて、自分は犠牲を生んだが、良いこともしてきたとも思い返した。この星の社会はまだ未発達で、葦原では発生しないような悲劇が多く生まれている。狙ったわけではないが、結果として社会が変わって目に見えない所で救われた者も多いはずなのだ。


 サクヤ、それに帝国斥候のカラスマも、煙の谷によって帝国の食料事情は大きく改善に向かっていると言っていた。用済みにされた農奴が居る一方で、食費が下がって救われた家庭も多いはずなのだ。それに輸出で需要が増えた精肉、香辛料、武具の業界は大いに潤っているだろう。

 双子の塔の街道化は岩肌族の国ゴラム、有翼族の国バルタンの悲願であったと翼を持つジャミール王子は言っていた。本格的な運用はこれからだが、多くの人を救って、また助けていくのだろう。それこそ国の命運を左右するほどに。


 ルイの目に小さな光が宿る。メタトロンもそれを見たようだった。


「今お前の目には何が見える?」

「苦しんだり、傷ついたりしている人……」

「ならば、彼らを捨てられないとお前は思ったのだろう。そして、今がある。彼らに縛られていると思うか? そう思ったとしても、必ずしも悪いことではない。お前が感じているのは(えにし)、社会のために尽くそうとする人の本能だ」


 ルイはただ正面からメタトロンを見ている。

 

「だが、今から捨てることもできる。誰しも、本当は何にも縛られていない。特にお前は全てを捨てても生きていけるのだろう? 仲間を捨てて生きる選択肢もある。すべての権利と責任はお前のうちにある。お前はどちらを選ぶ?」

「分かったよ」


 ルイは頷く。


「今のまま進む。都市を作ってみる」

「その自覚こそ、指導者に必要なものだ。わが都市も役立つだろう。ならば次は、我を倒して強さを示せ。覚悟だけではどうにもならん」

「――ここまで話したのに、まだやるのかよ。手加減してくれ」

「出来ない相談だ。……集まってきているだろう?」


 ルイは周囲を見渡す。部屋の中を照らす光源は、二振りの刀と機動戦闘服から放たれる光だけだから相変わらず薄暗い。だが今、いくつかの窓からも光が差し込んでいる。最初は気が付かなかったが、この部屋の窓は1つではなく6つあったのだ。これは、この部屋の周囲の照明が灯されたことを意味している。

 

「ネストロフの連中は、本気で戦ったのか、すぐに見極めるぞ。我と結託したと疑いを掛けられれば、お前は出られまい。さあ、構えよ」







 [タマのメモリーノート] 魔法は位置エネルギーに加え、熱も消費しないことが分かっている。それは、使用者のカロリーを使わないという意味でもある。つまり、魔法をたくさん使ってもお腹が空くわけではないし、痩せるということもない。

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