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5-9 施設の裏、歴史の影(2)

 ルイは(まばた)きも惜しんで、淡い廊下からの光源を浴びて暗闇に浮かび上がる、目の前のカストディアンを凝視する。


 背は高くヤグラに迫るほど。体格は均整が取れた美しい彫刻のようだ。そう、鉄の彫刻だ。見るものに厳格さを感じさせる彫りの深い瞳、鼻、額、そして口元。そのすべてが銀色に鈍く輝く金属であった。眉や丁寧に中央で分けられた髪も、実際には毛ではなく複雑な凹凸で表現されている。


 見覚えがあるどころの話ではない。姿かたちは、まさしく奴隷解放戦線の指導者、不殺不敗のミトロンそのものであった。


 だが、同じであるはずはない、との確信もルイは同時に抱いていた。本物は奴隷解放戦線を今も率いているはず、というだけではない。

 あのミトロンは大きな一枚布を優雅に纏っていたが、目の前の()()が纏う布は、ぼろぼろで雑巾のほうがまだ上等なぐらいだ。

 それに顔を含め、体の半分ほどは焼け焦げたように黒ずんでいる。

 また、動作もあまりに緩慢であった。ミトロンの動きはゆったりとしていたが、同時に精悍さも感じさせた。対して、目の前のカストディアンは、いま何かを話そうとしているようだが、口を開くにも数秒を要すらしい。まるで老人だ。


 そこまで脅威ではないのかもしれない。ルイがそう思った時だった。

 

 ――キィィィィィン!


 突如として、古びたカストディアンから強烈な高周波が発せられる。


 「ぐっ」


 ルイが体を強張らせながら、そして一瞬とはいえ緩慢さに油断してしまったことを恥じながら、左手の脇差<白加賀(しろかが)>を握る力を強める。確かにルイは、あのミトロンと比べて全く精悍さの見られない様子に油断した。だが、完全に無防備であったわけではなく、既に白加賀を前に構えていて、リンの月影と比べると大いに劣るも電磁結界を展開させていたのだ。流石にそれぐらいの警戒感は残していた。


 すぐさまルイは機動戦闘服の出力を高めると同時に、相手を視界の中央に収めたまま視界の端を見る。そこには、大量の文字が網膜情報表示装置によって映し出されていた。読むことなどできない。まるで降り止まない豪雨のように激しく流れていて、人間の処理能力を完全に超過している。


 ――洪水型の接続攻撃!

 

 何か大量の情報を浴びている。白加賀の刀身、そして体を覆う機動戦闘服の関節が小さな火花を上げている。ただの音波や電磁波だとこうはならない。処理に手間の掛かる膨大な接続要求に晒されており、しかし抵抗に成功している証だった。

 ルイはリンと、カストディアンが住まう大陸中央に赴くにあたって、この手の攻撃への対策を入念に行っていたから分かる。


 ――殺る!


 ルイはすぐさま決断した。左手の脇差しは前方そのままに、右手で長刀<紅千鳥(べにちどり)>の柄に手を掛けると、脚部の出力を爆発的に高めて抜きざまの居合一閃で切りつけた。


 前方に防御結界を展開しながら行う妨害不能かつ不可避の一太刀。そのはずだった。だが、炎の斬撃は虚しく空を斬る。


「カストディアンではないのか」


 しかも、声は後ろから聞こえた。全身から汗が吹き出るのを感じながら、ルイは勢いそのまま前方に転がって距離をとりつつ振り向く。

 そこには先ほど同様に薄汚れて見窄(みすぼ)らしい布を纏ったままの、しかしどういうわけか内部から溢れる力を取り戻した隠者のようなカストディアンが立っていた。


「人とはな。何者か」

 

 お前こそ誰だ! そう叫びたくなる気持ちを抑え、ルイは二刀を構える。長刀が正眼、脇差しが上段。通常の二刀流の構えとは真逆の、徹底して防御を優先した構えだ。


 ――正体の分からぬ敵に挑むのであれば、不意打ちで即座に討ち取るか、まずは決定的な傷を負わないよう相手の出方を掴め。


 こんな時、きっとリンやヤグラならそう言うだろうと思っての動きだった。足は猫のように爪先だけに全体重を掛けていて、いつでも左右、特に後に体を逃がせるようになっている。


 ルイは(けん)に徹した。焼かれたカストディアンも動かなかったから、そのまま体感で数分が――実際には数秒であったかもしれない――経過した。状況に耐えかねたのだろか、カストディアンが再び口を開く。


 ――大量接続攻撃か!? あと1回なら耐えられる。その隙に斬る!


 決意したルイは、膝と足首を僅かに沈ませる。そして、相手の攻撃と同時に先ほどより早く鋭く懐に踏み込んで、脅威になりそうな腕ごと上半身を斬り飛ばすことに全神経を集中させた。


 だが、死を彷彿させるカストディアンの一手は意表を突くものであった。


「我が名はメタトロン。正しく発音せよ」

「……」

「聴こえていることは分かっている。我が名を正しく呼べ」

「……みんなミトロンと呼んでいたから……」


 ルイは反射的にそう言ってから、相手を見極める時間を稼ぐためとはいえ自分でも愚かというか、言い訳じみているというか、良く分からない発言だなと思った。目の前のカストディアンはミトロンではないし、なにより今の状況では発音の正確さなど心底どうでもよいことに思われた。

 だが、メタトロンと名乗るカストディアンは本気で言っているらしく、僅かに思案しつつ周囲を見渡してから再び口を開く。


「なるほど、随分と時が経ったか。ならば正しく呼び名が伝わらぬこともあるだろう。ただし次はない」


 何を言っているんだ、こいつは。ルイはそう内心で反発したが口には出せない。今は相手の出方を見なければならない。会話を望んでいるのであれば乗っからない手はない。


「メタトロン……」

「で、何者か」


 ルイは答えに(きゅう)する。この星からすれば異星人である自分には、ただでさえ答えにくい質問だ。どう答えれば良いか皆目見当もつかなかった。


「統合局の者か」

「違う」


 相手の声色は明らかに詰問に色を帯びていたが、ルイは臆せず即答する。むしろ聞いてくれた方が相手の関心事を知れるし、答えるのも楽だと思った。


「保護局の残党か。あんなどっちつかずの連中に人が与して何とする」

「違う」

「ならば神聖法廷か。ここを滅ぼしたか?」


 メタトロンは、僅かに喜色を電子的な声に乗せた。少なくともルイにはそう感じられた。


「……。どっちも違う」


 冷水を浴びせるような答えをすること躊躇したが、上手い返し方が思い浮かず、結局ルイは素直に答えた。そして、より積極的に情報を得ようと質問を仕掛ける。


「ここが滅びることを望んでいたのか?」

「本来あんな腑抜け共、どうでも良いがな。我を知るのに、そんなことも分からぬのか?」

「僕が知っているのは奴隷解放戦線のミトロンだ。お前、メタトロンじゃない」

「ならば何故、その名を口にした」

「凄く似ていたから……」


 ほお。とメタトロンが溜息を吐いた気がした。もっともそんな声は聞こえなかったし、そもそも呼吸しているかも分からないから、そんな仕草に見えたというだけだ。


「なるほどな。だが、今はお前が何者かを明らかにせよ。人類保護局の成れ果てでも、狂った統合局でも、神聖法廷でもないなら、何の用があってここにいる。人の身が好む場ではないはずだ」

「……」

「話せ」


 ルイはどう答えるべきか悩んだが、メタトロンの口調の裏に純粋な好奇心の高まりを感じ、素直に話そうと思った。即興で下手くそな作り話(カバーストーリー)をするよりずっとマシだとも思った。


 ただ、遠く離れた星で暮らしていて、良く分からない事故でここまで来て、と話していたら一体何時間掛かるか分かったものじゃない。だから、今の動機だけに絞ることにした。


「連合帝国っていうのを、なんというか成り行きで手伝っていたら、褒美に土地を貰った。でも、開拓が難しくて。そうしたら、カストディアンが此処へ来たら手助けをする、労働力を提供する、というから来た」

「見返りは何だ」

「人の暮らしを良くしつつ、カストディアンと共存できる都市を作って欲しいとか。あと、その考えを広めていけとかもあると思う」

「それだけか?」

「他には別に……」


 いやこれだけでも相当大きな条件なのだが、と思う一方で、言われてみれば自分達が何かを犠牲にすることが無いことに気がつく。失敗時の罰則もない。有利すぎる条件に思え、ルイは少し不安を覚えた。


「報奨の土地はどこだ」


 そんなルイの感傷など意に介さず、メタトロンは問いを続ける。


「連合帝国から東の――」

「海を越えた半島の先か?」


 ルイの話を遮り、メタトロンは答えを言い当てると合点がいったとばかりに頷く。


「なんで……そうだと……」

「何も知らぬか」


 その土地は一体何なのか。何故、ネストロフのカストディアンの利益に繋がるのか。何故、そのことを知っているのか。生まれた多数の疑問に頭を混乱させるルイにメタトロンは告げた。


「あれは、我が都市。彼の地で我は神聖法廷に呼応し、共に保護局を滅ぼしたのだ」






 [タマのメモリーノート] 大量の厄介な接続要求を洪水のように浴びせる攻撃は、原始的であるだけに防御は困難だ。情報機器の処理能力の飛躍的な向上によって、攻撃を受けてから通信帯域を絞って防ぐことが可能になったが、それは巨大システムだけが行える対策で、ソフォンのような分散した小規模システムにとっては未だ脅威である。行える対抗策は、周囲に電磁波などで膜を貼り、外部からの接続要求を物理的に減らすことぐらいだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 田代砲を使うとはやはり古(いにしえ)のインターネッツ使いであったか
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