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5-8 魔法遺伝子(1)

 インターネット。地球時代の後期に生まれた、万人による万人にための大規模な分散型相互情報通信基盤。原始的な形態では文字(テキスト)のみ通信可能であったが、現在は視覚、聴覚を中心に嗅覚(きゅうかく)、触覚、味覚にも広がって久しい。だが、無秩序な混沌(カオス)と裏腹の魅力はそのままだ。


「ねね、ここも生命科学研究所?」


 リンが隣を歩く使者に明るく話しかける。こういう時であっても、リンは屈託さを失わない。ルイたちは、先程の酒場から少し離れたところにある、小さな建物の中に来ていた。場所は、ちょうどネストロフの中央付近だ。


「そうだ。正確には研究所名義の発令室(コントロール・ルーム)と名付けられた部屋がある。君の言う大きめの椅子とはあれではないか?」

「どこ? あー、なんだかそれっぽいね」

 

 リンは目の前の光景を見て言う。ルイたちは、建屋の中にある大きめの会議室のような場所の前にいた。その部屋は壁全体がガラス張りで、光源がないから暗いものの明かりを照らせば中の様子が良く見えた。

 中を見れば、まず手前に椅子が並んでいる。30人から40人は着席できるだろう。その椅子は三層の弧を描くように並んでいて、着席した者の視線の先に特別な大きな椅子が3つ横一列に並んでいる。どれもかなり大型の背もたれが付いており角度はおよそ30度と寝台を兼ねているようでもあった。部屋の中は完全に無人だ。


「厳重、だな」


 ルイは、目の前のガラス板を触りながら呟いた。部屋の全容を見渡せるよう透明にされた壁にはたたひとつの金属製の扉が付いていて、数人しか入れないような小さな部屋に繋がっている。発令室はその小部屋の先にある。ある種の二重扉のような構造で、発令室に入るには何か手続きが必要なことを暗に示している。


「開かないの?」

「我々は開けた記録を持たないから、少なくとも数十万日以上、閉まったままだ」


 リンの問いに使者が答える。だが、リンはどこか面白がっている様子だ。


「数十万日って、ちょっと言い方が曖昧だよね。機械なら下一桁まで言えそうなのに。あ、嫌な意味じゃなくて人間っぽいっていうか、タマちゃんみたいっていうか。単に興味深いなって思って」

「我々も時と共に記憶を失う。君たちと変わらない」

「ふーん、容量の問題なのかな」

「……」


 そう相槌を打つリンに対し、カストディアンの使者は無言を貫く。そんな様子をリンは興味深そうに見ているが、一方でレネーはもっと単純な話がしたいようだった。


「この硝子(ガラス)の壁、ぶっ壊せねーのか? なあ、ぶん殴っちゃダメか?」

「極めて強固に作られていると想定される。簡単には壊せまい。それに、ここは貴重な遺跡だ。もし可能だとしても壊したくない。加えて」


 使者がガラス壁の一部、金属製の扉のすぐ横を長い腕で指し示す。そこには手のひらほどの大きさの黒く四角いパネルが取り付けられていた。良く見れば、パネルの表面に極小さな赤い光が明滅しているのが分かる。


「この施設はまだ生きている。何が起きるか分からん」


 そう言って使者はパネルをただ眺める。彼らに表情などないが、どこか哀愁を帯びた雰囲気を感じたルイが問う。


「どんな条件を満たせば開けられるかって分かる?」


 やや持って回った言い方をしたルイの予想は、なんらか資格を持っているとか、少なくとも事前に承認された人だけが使える部屋、というものだった。水上都市ミッシュ近くの地下研究所においては、管理者権限を持った酒好きの女が扉を開けることが出来た。さらに、小部屋を通らないと中に入れない構造であるのも証左となる。また同様の構造は、葦原星系においても見られる。機密情報や高価な器具を格納している施設では、事前に小部屋にて入場者を認証する場合がある。


「確かなことは何も」


 少し声を低くして使者は言う。


「だが、()()と呼ばれる存在がどうやら特別であったことだけは分かっている」


 ルイは僅かに体を震わせる。それから一呼吸置いて、努めて冷静に問いかける。


「真祖って、なに?」

「初期において、古代文明を支配していたとの考えが有力だが、まったくもって不明だ」

「初期?」

「そうだ。我々は大破壊を境に、古代文明を初期と後期に分けている。真祖なる存在は後期において絶滅したとみられる」


 話を聞いたルイの脳裏に、言葉では表現できない曖昧な思考が駆け巡る。ただ、纏まる気配が一向に無かったので絡み合った思考をいったんそのままにして、改めて小部屋の横にある黒いパネルを見た。ひと呼吸、ふた呼吸。それから、視線をずらして部屋の中をしばらく眺めてから、(ふところ)から思むろに白いカードを取り出してパネルに当てた。


 それは奴隷解放戦線の秘密農場に使われていた生命科学研究所にてマキナが入手したカードだった。光学迷彩で姿を隠した小型の鉄蜘蛛が持っていたものだ。ほとんど思いつきによる、同じ名前の研究所の施設ならもしかしたら何か反応するかな、でもまあ無理だろうな、という程度の行動だった。だから、なんの期待もしていなかった。


 だが、ルイの予想に反してパネルはすぐに「ピッ」と小さな電子音を鳴らした。


「それは何だ」


 ルイが使者の問いにどう答えたものか思案していると、ゆっくりと周囲が明るくなっていく。

 どこを見渡しても、どこにも電灯らしきものは見当たらない。そのことを不思議に思って壁をよく見れば、天井や壁全体が発光を始めて周囲を仄かに照らし始めているのが分かった。眩しくなるようなものではなく目に優しく落ち着いた、しかし心理的な安全感をもたらす雰囲気(ムード)を作るというよりは作業の生産性を重視したような業務的で無機質な調光だ。


「どこでそれを」


 カチリ。使者が呟くのを遮るように、扉から小さな金属音が鳴る。そして、小部屋へと続く金属の壁が左右に分かれて自動的に、何の音もなく開いていった。


 その光景を見て、ルイは吸い寄せられるように小部屋へと入っていった。施設を起動させる白いカード。それに真祖。


 ――真祖……? そんなはずは……。だが、この血、遺伝子配列……。我は主人に危害を……? お、おお。

 

 双子の塔のカストディアンは、ルイを見てそう言った。


 ――真祖! 我が主人! 長くお待ちしていました! ただちに保護させて頂く!


 どうやら自分は真祖であるらしい。正確には、昔この星に存在した真祖なる存在と極めて似た存在であるらしい。少なくとも塔の機械たちはそう認識していた。

 

 加えて、かなり特別に思えるカードも右の手のひらにある。それで、今まさしく扉が開いた。すべての鍵が手の内にあるのではないか。そう思いながら、まるで運命に導かれるような心地でルイは部屋の中に入っていく。

 

 リンも続けて素早く無言で小部屋に入った。そこで扉は再び静かに、しかし後続は許さないと言いたげな速さで閉まった。そのことを確かめたルイが、ゆっくりとではあるが直線的に迷いなく発令室へと続く扉に向かう。対してリンは月影(つきかげ)を手に周囲を見渡しながら付いていった。その瞳には油断のない鋭い光が灯っている。


「タマちゃん。確度が低くてもいいから、脅威になりそうな設備が見つかったらすぐに教えて」

『既に1次走査を実施していますが……今のところは特に何も。およそ1分後に2次調査の結果が出せます』


 タマは先回りして行っていた調査結果を伝える。リンは、普通ソフォンにはここまでの自由度が認められるものだろうかと思ったが、それがルイを生き延びさせた理由の1つだとも思い何も言わなかった。

 ルイも流石に足を止めて、リンと共に追加の情報を待つ。しかし小部屋を司る見えない主は、タマの追加調査を待つ考えはないようだった。タマが調査結果を話し始めるかと思われた直前に、何の前触れもなく、そして落ち着いたというより感情の無い女の声が響いてきた。


Ni(ニィ) komencos(コメンコス) kontroli(クォントローリィ) vian(ヴィアン) eniron(エニロン) kvalifikon(クヴァィフィコ)

「ルイ、気を付けて!」


 リンが急いで駆け寄り、背中をルイの背中にあてる。


「上にも注意して。あと口を覆って」


 そう言いながらリンは機動戦闘服の内側から布地を引き出し、口元まで引っ張ったタートルネックのように鼻から下を覆った。無言で、有害なガスを使った攻撃にも気をつけろ、と言っている。

 ルイも素直に軽く見渡して、それから上を見ながら、口元を布で覆った。外ではヤグラと使者が、取っ手のない透明な扉を押したり叩いたりしている。だが、何の音も響いてこない。ただの硝子(ガラス)や金属に見える壁は全ての音を遮断しているらしい。物体の振動を通じて伝わる音の防止は極めて難しいから――狭い集合住宅における騒音問題は人類が永遠に抱える問題だと言われている――極めて高度な技術が使われていることに間違いない。


 ルイはあらゆる危機を見逃すまいとするリンの瞳を見る。そして、この状況で「警戒しろ」と瞳だけで周囲の全てに訴えかけるリンは完全に正しいと思った。だが、そうと分かってはいてもルイはどこか楽観的な気持ちを押さえる事が出来なかった。心の底に、まったく根拠のない確信のようなものがあった。そして、その通りになった。


Mi() certigis(サーティジス), ke la(ケラ) vizitanto(ヴィジタント) ne() havu(ハヴュ) la() magian(マギアン) genon(ゲノン). Permesu(パーメス) eniron(エニロン)


 続けて鳴り響いた女の声のすぐ後、発令室へと続く透明な壁が左右にゆっくりと開いていく。よく見れば壁の脇には、さきほど小部屋の外でルイがカードをかざした黒いパネルと同じものがあって、小さい点のような緑色の光を発していた。それは先程までは赤かった。緑が受容、赤が拒絶。そういう意味だとしたら、これも葦原の文化とまったく同じだ。


 それはともかく、奥の発令室(コントロール・ルーム)へと続く扉は開くのだろうか。そうルイが思っていると、小部屋に入ってから姿を消していたタマが、額にシワを寄せた表情で再び現れる。そして、戸惑いを瞳に浮かべながら呟いた。


La() magian(マギアン) genon(ゲノン)……。魔法の血統、いや遺伝……?』

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[一言] タマちゃんprprして味を確かめてみたい
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