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5-7 隠れ里ネストロフ(2)

「大丈夫なの!?」

「あー、なんとかな。完全に元通りってわけじゃねえが、むしろ良くなった感じだぜ」


 そう言って、レネーは両手を見せる。長袖を来て日差しに長くあたったかのように、手首から先だけが色黒くなっている。また、いくつか黒い焦げのような跡がくっきりと残っているものの、内部にある金属の骨格は完全に隠されている。


「本気を出すと、皮がめくれちゃうんだよな。でもこれは新素材で、思いっきりやっても破れないらしいぜ」


 レネーはどこか嬉しそうだ。一方、カストディアンの使者は引き続き壁を向いたまま応える。

 

「君ほど古いカストディアンは珍しい。みな、知的好奇心を大いに満たせたと言っていたよ。特に君を構成する物質には我々にも未知の情報が多くあるようだ」

「ああ、だから破れた皮をくれって言ってたのか」


 そう言って、レネーは楽しそうに手を開いたり閉じたりするが、すぐに使者のほうを向いて真剣な表情をする。

 

「で、保護局だっけ? 聞いた事ねーけどな」

「君がいつ製造されたのか分からないが、それでもさらに古い時代のことだ。人類の絶滅を防ぐことが目的だったようだ。強力な兵器の根絶と半永久的な製造禁止、衛生魔法の普及などが主な功績としてあげられる」


 レネーは返答しなかった。反発というわけではないがどこか納得しない表情をしている。それを見たリンが気を利かせて割って入り会話の続きを促す。


「面白いね。でも……もしかして失敗した?」

「その通りだ」


 使者は微かに体から発する光を明滅させる。


「様々な努力にも関わらず人口は減る一方であったと推定される。詳しいことは分からない。だが結果は明瞭だ。人類が保護局に対して()()を起こしたのだ。反乱を主導した者たちは、ある教義を共有していた」


 誰もが沈黙するのを見てから使者は、話を続ける。


「そう、神聖法廷の起源だ。彼らはカストディアンを悪と見做し、神意と言ってカストディアンに協力した人間も徹底して断罪した。それから長きにわたる戦いが続き、最終的に人類保護局は崩壊した」

「その後は?」


 そう言ったのはルイだった。興味に駆られて質問を抑えることが出来なかった。使者は壁を見たまま、僅かに沈黙してから応える。


「人の特性とは多様であることだ。決して1つに纏まることはなく、分裂し争う。多くの都市が神聖法廷に賛同したが、同じぐらい多くの都市が神聖法廷から独立して反発した」

「連合帝国か」

「そうだ。当初こそ寄せ集めの脆弱な集団であったが、次第に大きく強くなっていったと考えられる。皇帝が代わる度に首都をアズマ府とヒヌシ府で入れ替えるのは、大きな都市群が対等合併した名残りだ。また、長身族以外の少数種族も、それぞれの気質に合わせた都市国家を作った」

「人類保護局は、どうなった」

「小さなカストディアンの集団となって散っていった。ある者は旅に出て、ある者は自らの理想を追った。多くの派閥が生まれたはずだ。統合局というのも、その1つだろう。そして、ある分派はここネストロフに集結して再起の時を待った。我々のような者を再生産しつつな。当初は何か目的があったようだ。だが、長く退屈な時間の末に忘れ去られ、なんの目的も持たない集団となった。今はただ、退屈に耐えつつ滅びるのを待つだけさ」

 

 ルイは沈黙する。他の誰もが同じだった。


「それでも我々への敵意は未だ根強い。神聖法廷だけに留まるものではない。冒険者ギルドが我々を狩ることを黙認しているのも同じだ。記録に残らぬ人の想いは御伽噺に形を変え、今も我々への警戒を訴えている。カストディアンは再び機械帝国を再建し、人類を支配しようとしているのだと。未だ厳しい人の暮らしが、永遠に生きる躯体を持つ我々に刃を向かわせるのだ」


 使者は言葉を紡ぐ。電磁的な言葉のどこかに、重い疲れが滲んでいるように感じられた。


「ただ緩やかに滅びゆくだけだった我々は、君たちの存在を知って久しぶりに話し合った。そして1つの結論を出した。我々は、君たちが新しい都市、そして文明を築くことを支援する。人々の暮らしを良くし、カストディアンと人が再び手を取り合って歩む世界を作ろうとする限りにおいて。過去、我々の多くが同じことを目的として活動したこともあった。だが尽く失敗した。カストディアンによる文明はどういうわけか花開くことは無い。だから、これは人が行わなければならない」


 それから使者はそのままの姿勢で告げた。


「これで私の話は終わりだ。疑問があれば伺おう」

『じゃ、私からいいですか?』


 再び、重苦しい沈黙が酒場を支配するかに思われたが、タマが素早く声を上げる。


『何故、私たちを水上都市ミッシュ近くの研究所(あと)に誘導したのですか? 筆跡で連合帝国の貴族のように見せかけて』

「連合帝国における政治力学の複雑さから、あのままであれば君たちは謀殺される可能性が高かった。一時的なことであっても、それが帝国の誘導であったとしても、ミトロンに協力したのは致命的であったのだ。だから、ミトロンに損害を与える戦果を作ってもらう必要があった」

『へえ、根拠は?』

「連合帝国の多数派は、アズマ府とヒヌシ府の安全な交流の再開を願っていた。つまりはミトロンと奴隷解放戦線の殲滅こそが求められていたのだ。だが、奴隷を好まぬ君たちの主義主張、そして決戦直前に送り込まれたことが相まってミトロンの援軍となってしまった。だが、よく思い出してくれ。櫛稲田やアズマ府から依頼はあくまで調査であったはずだ。そう。援軍になるよう、誤解するよう仕組まれていたのだ。これは推測だが、血盟戦士団への印象を悪くする出来事がどこかであったのではないかね?」


 ルイは自らの表情が歪むのを感じた。確かにミトロンの拠点へ向かう道中、血盟戦士団に襲撃されたこと。そして、カストディアン殺しの剣を使った後、女の名を呟きながら死んだ盗賊の男のことを思い出した。

 

「当たっているようだな。そうだ、勝手にミトロンを支援したという独断専行の罪を被せる準備は最初から整っていた」

『……こんなところに引き籠っているくせに、随分と詳しいんですね』

「内情は明かせないが、協力者がいるとだけ言っておこう」


 カラスマめ。そう呟くタマの次に声を上げたのは意外にもヤグラだった。


「あの研究所にあったものはなんだ」

「やはり中を見たのだな。拠点を発見したと帝国に報告するだけで良かったのだが。何を見た?」

「血蜘蛛だ。人から変化している途中と思わしき死体もあった」

「貴重なものを見たな。おそらく、大破壊後の世界を生き抜くために造られた新しい人類のひとつだろう。時代を越えて人の種を繋ぐため、姿かたちを変えられた者たちだ」

「……それが次世代計画か」

「そうだ、良く知っているな。詳しいことは分かっていないが、そのような試みも過去にいくつかあったようだ。当時、そこまで人は追い詰められていた」

「そのような存在を駆除する方法はあるか」

「――岩肌族には積年の恨みがあるのだったな。だが、残念ながら特別な方法はない。繁殖している以上、もはや自然界に住まう多種多様な有機生命体の一種に過ぎない」


 ヤグラは静かに息を吐いてから目を瞑り、使者への興味を失ったかのようにカウンターから離れ近くの椅子に座った。ルイは一同を見直すが、誰も質問しないようだったので手をあげる。


「話を戻すけど、新しい都市とか文明を築けって言われても……。あの土地には古代の遺跡があるって聞いたけど、使えるものはないのか?」

「雨露をしのぐ、という意味でなら可能だが、本来の能力を引き出すことは不可能だ。理由が2つある」


 使者は姿勢を変えてルイに向き合う。


「まず、単純に時間が経ち過ぎている。大半はロクに稼働しない」

「でも、これまで動く施設を見てきた」

「そうだ。だが、()()()()()()()に入る手段がなく制御できない」


 唐突に表れた言葉に疑問の表情を浮かべる一行へ使者が付け加える。


「エーテルリング。第五元素の仮想世界。そんな意味を持つらしい。古代文明が生み出した技術の結晶。我々のすぐ隣に作られた別世界。体は無理だが精神だけは入り込むことができ、膨大な知識を引き出したり、遠く離れた存在と場所を超えて通じ合えるという」

「……古い記録もそこにあるのか?」

「そうだ。先程の話に戻ろう。大破壊の前は、誰もがエーテルリングを使っていたとされる。だから、世の中の記録の大半もエーテルリングに格納されていたようだ。そして、大破壊によってエーテルリングへの扉は閉ざされた。エーテル・リングがどのようなものだったか、今となっては全てが謎となっている。これが古代の記録が無い理由だ」


 思わずルイはリンを見る。リンがルイを見て頷くのが見えた。そして思った。これについては、たぶん()()()()()()()()()、と。


「ねえ。あのさ、もしかして」


 リンが口を開く。


「それって、カストディアンも()()できた?」

「出来ていたと推定される」

「端末もあるかな? 寝台のような大きめの椅子で、足とか手が楽に動かせる感じのだと一番いいんだけど」


 リンの言葉を聞いたカストディアンが、ずっと回していたコップを止める。


「……君たちは何を知っている」

「知っているというか」


 リンは少し苦笑いして言った。


「それって、インターネットかも」






 [タマのメモリーノート] 非接触型の充電設備は、アズマ府や櫛稲田にも極僅かに存在する。貴重な発掘品だが、肝心の充電式機器が出回っていないから金持ちや古代文明品マニアぐらいしか利用することは無い。電圧電流規格は葦原のものと大きく変わらず、調整で対応できる範囲だ。

連載201話に到達。これより少しずつ物語の本当の筋が描かれていきます。

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[古きカストディアン レネー]

挿絵(By みてみん)

作画:春なりこ氏 (著者依頼のもと作画頂きました)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ん?何やらよいSFの香りがしてきたかも。タイトル詐欺みたいな展開でも自動巡回リストに入れてチラ見してたかいがあったかな。
[一言] ここは古いインターネッツですね
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