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4-22 銀の弾丸(2)

「あ、危なかった」

『いやー、死ぬかと思いました』


 タマは茶化して言うが、今回こそはただの冗談ではない。もし、何の備えが状態で今の見えない閃光が直撃したならば、電子プログラムで構成されたソフォンが起動不能に陥る可能性もあった。その場合、カデノにあるバックアップデータから再生することになり、今回の旅の記憶はすべて失われる。これを死と呼ぶのかは定義次第だ。


「今のって」


 力場を解いたリンが問う。


電子手榴弾(EMPグレネード)、服や武器が動くか確認してみて」

「話には聞いていたけど――うん、大丈夫。えーと、マキナ……は大丈夫だよねっ!」

「機械だけに効く武器ということかしら?」

「そ、そう! だからマキナも何か持っていたら確認してみたらいいよ!」


 マキナはカストディアンだから電磁パルス(EMP)の影響が心配です、大丈夫ですか。とは聞けないリンが、ぎこちなくマキナと話すの尻目に、ルイは農場を覗き込んだ。物理攻撃力が皆無の武器だから鉄蜘蛛たちは全てそのままであったが、完全に動きが停止していた。コンサートホールのように広い空間に展開する鉄蜘蛛のすべてがそうだった。双子の塔にあったものとは、威力が桁違いであった。きっとここを農場としていた水耕栽培の設備もすべて内部破壊されたであろう。


「すごい威力だ……」

「イチローは知っているのだな。門外不出の切り札なのだが、やれやれ冒険者ギルドにはバレているようだな」

 

 唖然とするルイへヴィクターが言う。古代機械文明の遺産を嫌う神聖法廷が電子手榴弾(EMPグレネード)を使うという事実を知って驚くルイに、ヴィクター「これも見なかったことにしてくれ」と言うに留めた。


 ――Ĉiuj(ツィウュ) membroj(メンブロイ) evakuas(エヴァクゥ), La() kontrolturoカントロルツゥォ estos(エストス) translokigitaツランスォーキジタ baldaŭ(バーダウ). Ripeti(リペツィ)……。

 

 館内放送の内容が変化する。内容は分からずとも、同じような警報が続いていることから事態は改善していない。急ぎ、ルイが寝台のある部屋へ入っていくと、部屋の中央で機器が中空に投影した疑似平面(ディスプレイ)を見ながら二人が何か話しているのが見えた。


「急げるか!?」

「おっ、無事か。このカードがあれば操作できることは分かった。さっきの変な音はなんだ?」

「なんでもない。それより、どれだけ掛かる?」

「書いてある言葉が分からねえからなー。今ようやく――おっ、この絵、隔壁っぽくねえか!? 適当に押せ、たぶん緑の文字だ。――どうだっ!」


 ゴウン。入り口付近で、一際大きな音が鳴る。ルイが急いで駆け寄ると、隔壁には隙間が出来ていた。しかも、非常にゆっくりではあるが開いてゆく。


「ネーレ、開いてきたぞ!」

「よし! ははっ、女、殺さないでおいてやるよ」

「ちっ、気安く触んじゃねーよ。鼻くそみてえに小せえ小人族(ハーフリング)が!」

「早く出よう!」


 ルイがなんだかんだ無邪気に喜び合う――たぶん――二人を呼び寄せる。それから、扉がすべて開くのを待たず全員で施設を出た。


 早くエレベータに行こう。そこまで行けば脱出できる。今回もギリギリだった。なんでいつもこうなんだ。そう思いながらも、ルイは胸を撫で下ろした。その時のことだった。背後から激しい瞬間的な閃光と、金属を叩いたような音が鳴り響く。驚き、振り向いた一同はみな表情を凍らせた。


 受付の奥。そのまた農場の奥の壁。そこには筒を繋ぎ合わせたような塔があった。ここへ入った時、最初に見たものだ。いや、あったはずだった。塔の大半は今もある。だが、最下層、左右に分かれる扉のあった部分がぽっかりと消え失せていたのだ。

 続けて、断続的な小さな揺れが足の裏から響いてくる。


『物体の消失……塔の振動……赤外線照射量に変化なし、重力子放射量に変化なし、対象空間に異常なし。これだけの質量なのに何故……まさか』


 突然の思考計算量の増大により普段の流暢さを失ったタマが言い終えるより前に、塔の第二層の周りを白や紫に淡く光る雲かオーロラのようなモヤが包んでいく。


「この光!」


 リンが絶句する。ルイも同じ思いだった。ここ高天原星系に来る途中で迷い込んだ謎の空間で見た光とあまりに似ていた。だが、そのことを口にする直前、塔の第二層全体が閃光を放ち始め、金属板を金槌で打ったかのような甲高い音と共に消失した。爆発したわけでも、崩壊したわけでもない。元々何も無かったかのように消え去った。それから、消えずに残った第二層の外壁が崩落して農場へと落ちていく。


 次は第三階層が光り消えるのか。それが最上段の第五層まで続くのか。そんなルイの安直な推測は直ちに覆された。

 

 続けて、予想通りモヤが第三階層の周辺に集まり出したが、橋や壁の一部にも広がっていた。そして、再び閃光が発せられた時、塔の第三層は消失した。同時に、橋と壁の一部も削り取られた。


 農場が崩壊していくなか、モヤは受付の机、ここからでも見える水耕栽培施設のいくつかへと広がってゆく。


『強く警告します。今すぐ対処が必要です。感知できない未知のエネルギーによる物質の転移現象が無秩序に広がっています』

「転移!? そんなことって」


 リンも驚いてタマに問い詰めるように言う。


「タマちゃん、物質の転移なんて有り得ないって聞いたけど……それに何処(どこ)へ?」

『リン。確かに、物質転移は物理学の理論で否定された現象ですが、実際に目の前に起きています。それが全てです。何処へ行くのかなんて分かりませんし、今はそれどころじゃありません!』

「わ、分かった。でも、これ……」


 転移だとして、一体どうすればよいというのか。逡巡するルイとリンの目前で、塔の第四層にモヤと光が集まっていく。そして、先程よりもずっと早く第四層は消滅した。さらに、塔からルイたちがいる場所へと続く橋の中央もモヤに包まれて突然消え失せた。加えて、薄いモヤがルイたちの数メートル先の空間に集まり始める。

 

 支えを失って轟音を立てて崩落していく橋を背に、タマが焦りを込めた厳しい形相を浮かべる。

 

『今すぐ! 直ちに! 我々に致命的な影響を及ぼす前に止めてください。次は私たちの誰かが消えても変でありません。原因を破壊しなさい、ルイ! ()()()()()()()()()()!』

「! 分かった」

 

 ルイはタマの要望を正確に理解した。タマは()()()()()について具体的に言及することができない。強力な兵器の使用について意見できるのは、正式な軍事権限を有する第一種ソフォンだけだ。特定第二種のタマにそんな権限はない。だから、乾いた抽象的な言い方しかできない。


「ヴィクター、マキナ。エレベーターを動かしてくれ。ネーレは彼女を連れて行って」

「イチロー、何が起きている!?」

「おい兄ちゃん、死にたくないならとっとと来い」


 ルイは視界の横で、レネーが騒ぐ女を無理やり肩に担いで、ヴィクターの腕を握って走り去るのを見た。マキナは何も言わなかったが、素直について行ったようだった。


 それからルイは服の内側に手を伸ばし、この地に降りたときから常にポケットに携帯してきた銀色の実体弾を手に取った。冷たくすべすべとした感触に一瞬だけ心を奪われる。背負っていた背嚢は、先程の砲撃で吹き飛んでいたから、折り畳んで持ってきたライフルはもう無い。だから、ルイは懐から小さな拳銃を取り出し、1つだけしか入らない弾丸を装填した。


 小型の護身用のような銃を構えるルイを、防御結界を展開したリンが見つめる。


「それって、軍事用のヤバい奴だよね。タマちゃん、撃っていいの?」

『単なる個人の正当防衛程度の理由で使えば、軍事法廷で極刑間違い無し、とだけ言っておきます。むしろ、なんでこんなものをルイが持てるのか不思議なほどです』

「それって……まあ、もう今更か。ルイ」


 リンは問答を取りやめ、ルイの横に立ってただ前を見る。ルイは、既に拳銃を構えて塔に向けていた。

 

「やる、どこを狙えばいい」

『この塔は、未知のエネルギー生成器のようです。ならば、狙うは振動の発生源である塔の地下。中庭から階段を降りて駆け抜けたあたりです。この弾丸ならそこまで狙えます。自動照準完了(ロックオン)、いつでもどうぞ』


 タマが狙いを告げると同時に、視界に赤い丸十字紋が現れ、塔の付け根あたりを指し示す。


「当てる」


 迷わずルイが引き金を引く。直後、小さな拳銃から一発の弾丸が放たれる。


 それは初め回転する小さな光だった。だが、すぐさま周囲の空間の光を螺旋状に巻き取っていった。


 目の前の塔が、まるでカフェ・ラテに書かれた絵(アート)が、攪拌(かくはん)するスプーンに沿って歪んでいくように捻じ曲がってゆく。そして、浴槽の穴へ風呂の残り湯が渦となって急速に吸い込まれていくように、塔の付け根に空いた世界の穴へ全ての光景が渦のように吸い込まれていった。

 全ての光景が塔の一点に吸い取られた瞬間、塔のみならず農場全体が爆発的な炎に包み込まれる。溢れだす炎の奔流にルイとリンも包まれていく。リンの電子結界が無ければ消し炭になっただろう。だが、その炎と音もまた次第に虚無の螺旋に捉われ巻き取られていく。そして、全ての炎が螺旋の奥に消え去ったとき、静寂が訪れた。


 もう農場には何も無かった。ぽっかりとした黒い空間が存在するだけだった。ルイとリンは何の言葉も発せなかった。緊急時にしか使えない異星系文明との戦争用の実弾。存在こそ知っていたが、実際の威力を目の当たりにして声を失った。


 それから、目の前で隔壁が自動的に静かに閉まってゆき、ゴウン、と重々しい音を再び鳴らす。続けて、上から重たい鎧戸(シャッター)が下り、扉は完全に沈黙した。

 それは、もう誰も入るな、という施設の宣言のように思われた。



 *



「起きろ」


 レネーが、壮年の男を揺り動かす。施設に入る時の生体認証に使用して、小屋の床下に転がしておいた男だ。


「……うん……。はっ、な、なんだっ。おっ、お前は……ひ、ひいっ。助けてくれ、殺さないでくれ」

「あー、心配すんな。もうお前に用はねー。後は好きにしな」

「好きにって……あっ!」


 壮年の男が、女を見つけて大きな声をあげる。


「あんた! どういうことだ! 教えてくれ」


 女は顔を背ける。


「おいっ! 好きにしろってどういうことだよ!」

「その小さいガキが言った通りだ。ここはもう終わりだ」

「終わりって、どういう意味だ! 他の奴らは!?」

「そのまんまだよ。もう、ここじゃ何も作れない。だから仕事は終わり。他の奴らはどっかいっちまったよ。さっきの振動が地上にも伝わったんだろうな」

「そ、そんな……」

「残った食糧は好きにしな。それで生き延びて次の仕事を探せ。戻ってくる奴がいたら分けてやれ」


 女は壮年の男に静かに告げると、レネーに向き合う。


「で、わたしゃどうなるんだ? やっぱり気が変わって殺すか?」

「思いっきりぶん殴ったら吐きそうだから、やめとくよ。お前も好きにしな」

「いいのか? そんな大沼の仮面を被っていたって、声や背丈は覚えてるぞ」

「邪魔するようだったらゲロまみれになること覚悟でさっさと殺しに行くよ。こっちはお前の顔をよく覚えているからな」

「そうかよ……。じゃ、私もとっとと食糧を分けたら、次の仕事を探すか」


 そう言って女はとぼとぼと去ってゆく。哀れな表情をした男も後を追った。


 ルイたちも無言で、秘密農場を後にする。数分歩いたところで、背後からこちらへの罵声が聞こえてきた。


「畜生! おまえら、何しに来たんだ! 俺はやっと奴隷じゃなくなったんだぞ! 血盟戦士団から逃げて! 必死で働いて! それでここの仕事を貰ったんだ!」


 やめとけって、と女が小さい声で言う。次に続く男の声は、小さく弱く、タマの支援がなければ間違いなく聞き取れなかった。


「何しに来たんだよ、本当に何しに来たんだ。好き勝手やって全部壊して! 畜生……俺は誰が救ってくれるんだ! やるなら後先考えてやれ!」


 男の小さな罵声は続く。ルイは振り返ることができなかった。



 *


 

 一同が水上都市ミッシュに戻ってきたのは、夕方だった。もう帰り道は分かっていたから歩いた距離そのものは、行きより随分と短かった。それでも、誰もが疲れ果てていて昼まで寝続けた。例外はカストディアンのレネーとマキナなだけだ。

 

「イチロー。ここで別れよう」


 昼過ぎ。そう告げるヴィクターは、澄んだ瞳をしていた。


「あんたの目的は果たしたのか?」

「ああ。ミトロンの薬はもう、少なくともここからは生まれないだろう。それに……いや、なんでもない。君を誘って良かった。そうだ、最後に聞かせてくれ」


 ヴィクターが真剣な表情をしてルイに向き合う。

 

「地下にあった水槽。どう思った?」

「前に血蜘蛛と戦ったことがある。まるで、意思疎通ができなかった。あれは……もう人じゃない、違う種だ。殺し合うしかなかった。あんなものを生み出すなんて理解できない。人への冒涜だ」

「……ふっ。神ではなく人か。まあいい。マキナ、君にも会えてよかった。神の導きがあれば、また会えるだろう」

 

 そう言うとヴィクターは背を向け、立ち去った。振り返ることも、手を振ることも無かった。


「私もいったんお別れかしらね」


 続けてマキナも言う。


「本当に楽しかったわ。ねえ、イチローさん。あなたどこに住んでいるの?」

「旅をしていて……」


 ルイは言い淀む。


「時々アズマ府には行くけど、いつもどこに居るのかというのは決まってなくて――」

「嘘ね。でもいいわ。どうして嘘を言うのかも興味深いから。あなたから近づいてきたのにね。でも、これでまた巡り合ったら運命かしら、素敵ね。――あなたはとても平凡で、普通で、それでいて何かが違うわ。次は、本当の名前を教えてね」


 そう言ってマキナも去っていった。姿が見えなくなってから、建物の影からサクヤとヤグラが姿を現した。そして一緒に水上都市ミッシュを出て、バギーでアズマ府へと向かった。


 道中、起きたことは全て二人に伝えた。ルイは疲れていて説明が面倒、だからタマの特殊な精霊魔法を使う。そんな適当なことを言って立体映像記録を見せて秘密農場でのことを共有した。サクヤとヤグラは、何度か瞠目(どうもく)しながら状況を理解した。


「ルイ殿は……いえ。なんでもありません」


 そして、最後にサクヤはそう呟いた。


 ルイは周囲を眺める。夕日を受けて赤く染まった丘陵がいくつかあって、その窪みにはそれぞれ大小様々な湖がある。大地には乾燥に強い樹木が、水際には雑草や水草が多く生えていて、背後を見れば高天原では珍しく大きな河がゆっくりと流れている。

 ここ水上都市ミッシュと湖畔都市スイゴウを結ぶ河川の周囲は、かなり自然が豊かな部類だ。バイクで駆けるリンも周囲を見渡して景色を愉しんでいるようだった。

 

 遠くに視線を向けると、漆黒に染まった山岳の間から暗く黄色い黄土色の荒地が垣間見えた。もはや見慣れたアズマ府を囲む地だ。あそこの植物と言えば、葉の少ない低木が所々にしか生えていない。


 ――何しに来たんだよ! 本当に何しに来たんだ!


 男の叫びが耳の奥に木霊する。何も出来ることはなかった。悪気は無かった。そう、いくつか言い訳を考えてみるが、どれもまるで説得力が無い。あの男に自業自得だと言える理由は何もない。薄暗い事を多くしてきたとしても、生き抜く為に必死だっただけだ。


 ルイは苦い思いを振り払うようにしてから、運転をタマに任せて寝ることにした。


「はあ。こうなってしまえば、あの話は本当に――でも、もはや――私も――」


 意識が途切れる寸前、サクヤとヤグラの会話がルイの耳に届いた。だが、そのまま寝てしまったので永遠に記憶から消去された。






 [タマのメモリーノート] 古代語の語順は葦原標準と同じだ。地球時代後期における英語と呼ばれていた主流言語の語順(SVO)とは異なる。

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