4-19 地下へ(1)
「ここって麻薬農場なんだよねえ。畑はどこにあるんだろ」とリン。
小屋はある。正方形のしっかりとした土台に平べったい屋根、外装は土と石とあって質実剛健という印象だ。長年の風月にも耐えられるだろう。だが、農地は入らない。
「加工専用の拠点かも」
「畑から遠いところで加工するって大変じゃない?」
「うーん、そうかあ。加工して粉にしても大変だよな」
ルイは頷き、背後を振り向いて言った。
「どう思う?」
「そこまでは分からん。ここまで辿り着いたのは俺たちが初めてだからな」
ヴィクターも疑問に感じているようだ。
「ここの存在が見えてきたのはつい最近のことだし、無暗に調査するわけにもいかなかったんだ。捕まって洗脳されたら全部情報が抜かれちまうし、何知らぬ顔で戻って来られてさらに情報を抜かれてしまうかもしれない。洗脳されているかを誰もがすぐ見分けられるわけじゃないからな」
そう一息に言って小さく溜息をつくヴィクターの頬を、タマのアバターが指でちょいちょいと突っつきながら『じゃあ、なんでこの人は来たんでしょうね?』と言う。
「ともかく、まだ夕方だ。今は近づけない。今できること……」
「分かった」
ルイは、少し渋い表情しつつ賛同した。出発したのは2日前の早朝。それから随分とマキナの方角占い、すなわち「多分あっちよ」との声に従って歩き回ってきたから随分と疲れていた。とはいっても、日の高い今踏み込めば確実に面倒なことになる。
「あの奥の小屋だけは誰もが入る前に扉の横の妙な隙間へ手を入れているな。見てろ、あれだ」
ヴィクターが指し示す先には、ここで働いていると思われる男がいて、小屋正面の扉の前に立っている。それから男は、扉の横の小さな隙間に手のひらを入れ、それから扉に付いた円形の取っ手を捻って開けて中へ入っていった。
「変な形だが、あの隙間に鍵穴でもあるんだろう」
いや、あれはなんらかの認証だ。そうルイは直感した。手のひらの静脈か、指紋か、手首に埋め込んだ極小基盤なのかまでは分からないが、とにかくなんらかの方法で入場資格を確認しているように見える。
「事前に誰かから鍵を奪っておく必要があるな」
「たぶん、もうちょっと厄介だぞ」
懸念を深めるヴィクターに、レネーが口を挟み込む。ここはレネーの役目だ。
「君は、ネーレだったな。ここの仕組みを知っているのか?」
「手のひらを入れた手首の腱が動いてねーんだ。指が動いてねえから、たぶん鍵じゃねー」
「随分と目がいいんだな、だったら何をしているんだ?」
「そりゃ、入って良い奴かの認証だろ」
「認証?」
「体の特徴を見て、入る資格があるかを確認しているってことだよ」
「そんなカラクリがあるのか? 相当厄介じゃないか、入れるのか?」
「調べてみなきゃ分かんねーよ。ま、なんとかなる気がするけどな」
「……まったく、頼りになるな」
ヴィクターは苦笑いしてから、それ以上は深く聞かずに引き下がる。信用しているのだろう。
いまレネーは、ネーレという偽名を名乗っていて、自由契約で仕事を請け負う経験豊富な遺跡探索者ということになっている。この作戦は出発前にサクヤの発案で決めていたもので、それを聞いた時にルイとリンは「成人には程遠い少女の見た目をしているから経験豊富というのは無理があるんじゃないか」と懸念を示したが「レネーは小人族ということで大丈夫だと思います」とのことだった。
*
日が落ちてからしばらくして一行は動き出した。随分前に全ての小屋の窓から洩れる光は無くなっている。
電灯のある生活であれば、まだまだ眠るには早い時間だ。風力発電機が多いから照明もいくつかあるだろうから、忍び込むのはもっと夜が更けてからになるだろうとの予想は外れた。
『みなさん、朝型なんですねえ。ルイも見習っては?』
「嫌だ」
葦原星系にて人類が拠点を構える紀ノ国は惑星ではなく衛星であるから、1日に夜は2回来る。1回目は自転で地表が太陽の反対側を向いた時(すなわち惑星における普通の夜)、2回目は紀ノ国を重力の井戸に捕えている第2惑星<水雲星>が太陽を隠した時だ。莫大なエネルギーを使用して衛星の公転周期を人為的に変え、1日の時間こそ人類がなんとか対応できる範囲になっているが、夜が2回ある状況は変わっていない。
そんな環境は惑星で育った人類の生理現象にはまだまだ都合が悪い為、都市全体の明かりを1日単位で明滅させて疑似的に惑星時代の朝と夜を演出している。そんな状況においても人より早く動き出す朝型の暮らしは、地球時代と同じくなんとなく望ましいものとされているが、寝る前に地球時代の娯楽作品を見ることを愉しみにしているルイは断固として夜型を貫いている。
「あたしは朝型だから、もう眠いよ」
「それより、これどうすんの?」
ルイが話題を変え、レネーの手元に目を向ける。そこには気絶した壮年の男がいた。陽が沈む少し前に集落から少し離れたところを歩いているのを見つけ、気絶させて捕らえておいたのだ。この男が行方不明になったことで捜索が始まるかどうかは賭けであったが、何事も無く日が暮れた。どうやら、一人ぐらいどこかに行ってしまったからといって誰も気にしないらしい。
「どーもこーもねーよ、さっさと良いもん持ってないか調べようぜ」
完全に盗賊のセリフじゃないか、との感想はいったん呑み込んでルイも男の持ち物を探る。だが、見つかったのは僅かな小銭だけだった。
「電子鍵でも持っていたら楽だったんだけどな、やっぱ生体認証か」
「ネーレの話していることはさっぱり分からんが、結局これからどうするんだ?」
「まあ、まかせとけって」
そういうとレネーは気絶したままの男を肩に担ぎ、扉の前へ手際よく忍び込んでから、男の手のひらを扉の横に空いた隙間へといれた。だが、なんの反応もない。
「開かないじゃないか」
「けっ、やっぱり意識の判定までやってんのかよ。めんどくせーな。――よっと」
レネーが肩に担いだ男の腰を右手で軽く持ち上げると左手で腹部に一発の拳を打ちこんだ。ただの攻撃ではなかったようで、すぐに男のまぶたがピクピクと動く。それから再度、レネーが男の手を隙間への差し込むとカチッと小気味の良い小さな音が鳴った。
すぐにルイが円形の取っ手を回し、ゆっくり開きつつ片手を差し込んでセンサーで屋内を走査する。
『周囲に生体反応無し』
「マキナが調べた通り大丈夫そうだ、行こう」
扉の隙間から見える内部は、曇り空にふたつの月が滲む外部と違って深い暗闇だ。ルイは手首にある照明を極僅かに点灯させてリンと並んで素早く中へ入っていった。次にヴィクターとマキナが、最後にレネーが続く。小屋の中に足を踏み入れたヴィクターは背後のレネーを見て軽く驚いた。
「男は何処へやった?」
「小屋の床下に転がしておいたぞ」
「目が覚めたりしたら――」
「確実に丸1日は目を覚まさない、そういう風にした」
「……まったく頼もしいな」
そう言うヴィクターがレネーを見る目は、呆れているのか感心しているか分からないようなものだった。





