4-16 出会いの予兆(2)
「手紙……ですか?」
ルイの手に握られた小さな紙片は、綺麗に細く丸められている。短い紐で結ばれてはいるが紙は十分に丈夫なようで、丁度良い弾力が極細の筒のようになっている。
高天原には紙を薄くする技術がないからどの紙も厚いのだが、この紙だけは異様に薄くそして丈夫だ。なのに手触りはすべらかで柔軟に曲がる。おそらくは森羅産の高級品、あるいはそれ以上の品だ。
『うーん、これは……。サクヤに見てもらった方がよいですね』
ルイが紙を開いたところ、そこには流麗な、しかし大きく崩されていて装飾たっぷりの短い文章があった。使われたインクは仄かな光沢があり、線は細いのに掠れ途切れるところがない。明らかに教養の厚い書き手による見事な書体であった。ただ、そのせいでタマとて解読が難しいようであった。
手紙を手渡されたサクヤは、何度か読み返すように見てから小さく呟く。
「赤褐色の夜が悠久の橋に佇むと、唄声は金色の綾となって水面に打ち震え、闇をわけて陶酔は遠ざかる」
それから一拍置いて「これは古代都市を想った詩の一節です。帝国貴族から、或いはそれを装った手紙で間違いないと思います」と付け加えた。
「古代都市って」「待て」
ルイの問いを遮ったのはヤグラだ。顔を上げたルイに、ヤグラは周囲を見渡すような仕草をする。ここは半分敵地のような場所。どこで聞き耳を立てられているのか分かったものではないから、このような重要なことは議論すべきでない、という意味であった。
『私が仲介しますね』
タマはそう言ってから、円陣を組むことを勧めた。ルイとリンが真向いに座り、間をサクヤとヤグラが埋めて機動戦闘服に手を添える。レネーは面倒くさそうにルイの背中へ寝っ転がった。これで骨伝導にて全員に音声が届く。
「古代都市とは、水上都市ミッシュのことです」とサクヤ。
『それは確かなことで?』
「帝国では有名な詩ですから」
「差出人の思惑はなんだろう。なんで僕たちをミッシュに行かせたいんだ?」とルイ。
「きっとミトロンに都合の悪いことだよね、秘密に渡してきたんだから」とリン。
僅かな間、沈黙が場を支配する。
「ミッシュって、どういう所?」ルイがサクヤを見る。
「ミッシュは古代遺跡に作られた都市で、周囲の遺跡発掘の拠点になっています。だから、住んでいる人も冒険者ばかりで、冒険者ギルドが都市を運営しています」
「あれ、連合帝国の都市なのに?」とリン。
「はい、特別に委託されているのです」
「そんなところに、どんな奴隷解放戦線の秘密があるんだろう」
リンの呟きに答える者はいない。誰しもが同じ疑問を持っていたのだ。僅かな沈黙の後、これまでずっと黙っていたレネーが声をあげる。
「なあ、サクヤ。その紐ってどういう代物だ?」
「紐? 手紙を巻いていたこれですか?」
サクヤがルイの膝の上に落ちていた、くすんだ色の短く細い紐を手に取る。
「これは麻紐といって帝国では……あっ!」
「薬の原料だろ?」
水上都市ミッシュを示す迂遠な詩。麻で作られた紐。麻は麻薬の原料。誰もが同じことを思った。「深読みが過ぎる」と笑い飛ばすことなど誰もできなかった。
差出人は依然として不明ながら、ミッシュに麻薬の手がかりがあると言っているのだ。そして、それを暴けと言っている。
一同が火口都市シグモイドを出発したのは、予定通り翌朝であった。何事もなかったかのようにアズマ府方面へと向かい、途中の湖畔都市スイゴウを無言のうちに越え、そしてバギーに乗ると迷彩機能を起動させてから西へと向かった。





