4-13 無力化(1)
この南支部の周囲は水没している。そこに入ってくれば、射撃の的だ。
だが、水に入っていない者には撃たないことを原則としている。大地の上だと盾や鎧で防がれることが多いし、負傷を負わせたとしてもすぐ後方に運ばれて治療されてしまう。だから、撃つのは敵が水に入ってから。指示としても分かりやすいこともあって、ちょうど良いところまで意図的に水没させている。
そんな水際の境界線のちょっと向こうに、変な棒を持った若い男が昼寝してやがる。ナメてるのか、流石にちょっと撃ってやろうか。
そう思った瞬間だった。若い男の棒の先が小さく煌めくと同時に、破裂音が響いて建物が振動する。
「ん、お? あああー!」
背後からの叫び声に驚き振り向ってみれば、ハゲ中年の右腕、その肘から先が消失していた。さらに背後の壁に派手に孤を描いた血糊がある。
――なんだ、こんなモノはさっきまで無かった。
さらに、続けて大きな破壊音が鳴り響き、衝撃で一瞬思考が途切れてしまう。
「うおっ」
「あはは、すげー」
何やら金属が潰れるような音と歓声がした方を見てみれば、一台のボウガン台が根本から曲がっている。弓の向く先は空になっていて、もはや月でも射抜つもりなのかといった具合だ。
「くそっ、攻撃されてる! 全員! 剣を取って伏せろ!」
そう叫んでから急いで近くの階段を駆け上がる。三階へ向かうのだ。あそこならば広い視界が確保できるから指揮しやすいし、二階への攻撃に巻き込まれる恐れもない。最悪、背後の梯子で北に逃げることもできる。
三階へ着く直前、さらに破裂音が1つ発生した。急いで階段を駆け上がり二階の露台を見下ろしてみれば、さらにもう1つのボウガン台が崩れて水中へと落ちていくのが見えた。
脳裏を1つの言葉がよぎる。
(杖から光……? 悪魔! 偽印の使徒か! クソがっ!)
間違いない。あれは神の敵だ。聖なる神権主義を冒涜する汚れた機械の錆だ。世界を呪いで溢れさせた元凶だ。このクソみたいな世の中の、それも肥溜めのような場所で頑張ってきて、もうそろそろ帰任できるという時に――。なんてことだ。あんなものを見過ごして引き下がったとあっては、戻ったとしても何を言われるか分かったものではない。ここで対抗しなければならない。少なくとも抵抗したフリぐらいは見せなければ! 何もしなければ、俺を待つ運命は死かボロ雑巾のように働く日々のどちらかだ。
「おい、てめえら!」
もはや人の形をしたクズどもを兄弟などと持ち上げている余裕はない。俺は階下に向けて叫んだが、その場には混沌が広がっていた。
「あ……ぐ……ぐぅ……」
「あはは、おーい、こいつ腕が取れんてんぞー」
「大丈夫ぅ? あ、でも痛みは無いんだっけー?」
あまりの事態に声も上げられず、無くなった片腕を抱えて蹲るハゲ中年男。それを指さして爆笑する若い男と女。どいつもこいつも薬で堕ちるところまで堕ちているから、今の事態をまともに認識することが出来ていない。
だが、誰もが伏せるか柱の陰に隠れながら剣を持っている。俺の指示だけはちゃんと守っている。まったく忌々しいが優秀な薬だ。恐怖を無くし負傷の痛みを消す。それでいて、こんな状況でも薬をやると約束すれば命令を聞く。
ならば、まだやれる。そういえば、肌がギラギラした背の高い男もいたな。まったくどうかしていた。あれは、話に聞く奴隷解放戦線の指導者ミトロンじゃないか。だったらカストディアン、それも超高額の賞金首だ。
やるぞ、やってやる。この場の命をすべて――俺はもちろん含まれない――捧げても、血盟戦士団を潰しても討ち取る価値がある。成功すれば、俺は英雄だ。神都ゼノビアか、旧都ザナドのデカい家で優雅に暮らせるはずだ。低位の神職になれたって変ではない。
「全員、その場で剣の柄を捻ろ!」
「あーん、これかあ? う、うぉっ!」
「なあにー、これえ?」
いくつかの剣が仄かに光り、麻薬漬けのクズ戦士たちが驚きの声をあげる。ただ、半分ぐらいの剣は光っていない。これでは駄目だ、全部だ。全員にやらせるのだ。
「光らなかった剣は捨てて、すぐに交換しろ!」
ハズレの剣を持っていた者も、次々と交換して光らせていく。どうやら光る剣を珍しい玩具だとでも思っているようで、いつもより動きが早い。
これで、南支部の壊滅は確定した。間近でこの剣の光を浴びた者は七日とて生きられない。一人一人使わせていき損害を最小化する予定だったが、もうそんなことは言っていられない。全員、天の大神に捧げる。ミトロンと悪魔、どちらか一方だけでも十分にお釣りがくる。
「おい、こいつらにずっと攻撃させ続けさせろ! ここで奴隷解放戦線の首魁を潰す! やりきれば俺たちも上級戦士だ! 正念場だ、気合を入れろ!」
同じ三階から戦いを監督していた三人の男女に指示を出すと、緊張した面持ちで鋭く返事をした。最下級の戦士よりずっと良い鎧を着たこいつらは、血盟戦士団に必須の督戦隊。敵前逃亡するヤツを後ろから射抜く後ろ暗い奴らだ。
こいつらだけは薬をやってない。俺の意図も理解しているだろう。すなわち、ここはもう全滅するのだから、引き換えとして大戦果が必要だということに。
「剣が光った奴は立て! そして、目の前の奴らに振れ! ここからでいい! 視界の中で斬るようにやれ!」
督戦隊が次々を指示を出す。クズたちも動き始めた。良し、悪くない状況だ。だが、勝利を確信するにはまだ足りない。
*
『ルイ!』
「分かってる。リン、全員退避させて!」
ルイは目の前の建物にある二階の露台を凝視している。其処彼処から淡い灰色の光が溢れていて、しかも明るさがどんどん増していく。
「いったいどれだけの剣を起動させてんだ……」
『推定40とか50人。まだ増えますね……軽く70は超えたかな、と』
「全員、ここで使い捨てるのか」
『もし、ミトロンとルイを認識していたら、やるんじゃないですかね。ここで倒せば血盟の大勝利ですから』
網膜情報表示に、柱へ寄りかかるひとりの若い女が映り込む。下半身を見てみると、不潔そうな布を腰に巻いて革らしき紐で結んだだけ。足は皮を編んだ粗末なサンダル。だが、上半身は少し異様で、胸に巻いたボロ布の上にギラギラと鈍く光る薄い鉄板のようなものを身に付けている。
「あれ、あんなアルミホイルみたいな鎧じゃ……そうか、電弧放射による被爆対策か」
『なるほど、そうかも。ただ対策といっても、たぶん生命の保障は全然無理で、ちょっとした延命ぐらいの効果しかないでしょうね。流石に薄すぎますし、そもそも脳が無防備なんで数日中に廃人化します』
ルイは静かに頷く。僅かな希望の灯すら消えたことで、ある意味スッキリする一方で、これから行うことを思えば胃袋の中に大きな鉄塊を入れたような気分となった。
彼らはみな、ここ数日中に死ぬことが確定したのだ。大きな拠点の戦士だから、なにか対策してくれているというのは無駄な期待だった。そして、ついさっき、彼らの治す魔法などないとポーがわざわざ言ってきた。
余命僅かであるからと言って、その命を軽んじて良いわけでは決して無い。それでも何もかもが限られたこの地では、時に非情なる優先順位付けをせねばらない。答えは決まっている。自分たちとミトロンたちの命を優先する。ミトロンたちが正義で慈愛に溢れた存在とは思わない。だが、目の前の光景は酷すぎる。
『そろそろアレが来ますよ。全力で動きますからね、覚悟はいいですか?』
「――大丈夫だ」





