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4-10 高台にて(1)

 町はずれにある高台の上で、火口都市シグモイドを見下ろしながら、一行はサクヤを中心に輪を作っていた。議題はもちろんミトロンの提案を受け入れるかだ。


「あっさり乗ってしまって良いのか気になりまして……」

「悪い予感がする?」

「そういうわけではないのです。むしろ、請けたほうがいいぐらい。ただ、あまりに早いというか、手の内で転がされている感じがするとか。どうにも気持ち悪さがぬぐえず――」

「あー、それは分かる」


 サクヤが抱く不安に、ルイが共感を示す。ミトロンの話を振り返ってみると、まず「奴隷への需要を減らした」とサクヤと櫛稲田を持ち上げたかと思えば、続けて「連合帝国と付き合うのは罪」と落とし、即座に共闘の話を振って来た。その報酬はサクヤの目的そのもの。成功した暁には血盟戦士団が大きく弱体化するから連合帝国も喜ぶ。

 出来すぎているのだ。あからさまと言ってもよい。


「ねえサクヤ、そもそも本当に血盟戦士団を潰したいのかな?」


 リンが疑問を差し込む。


「あの人たち、奴隷以外は興味ないんじゃなかったっけ」

「うーん、奴隷解放戦線の成り立ちを考えれば、そう変ではないのですよね。自由意志という旗に奴隷が集まった組織ですから。ポーも元奴隷ですが、自由意思に随分とこだわってました」

「でも急じゃない? この前までは敵の敵は味方、みたいな感じだったんでしょ?」

「それはリンさんの仰る通りです。何か、大きな変化があったのかも」


 しばらくの沈黙の後、レネーが声を上げた。


「ミトロンって奴、随分とやる気だったな」

「敵拠点に単身で飛び込んで潰した、なんて派手な噂も多い方ですから。かなりの武闘派です」

「それ、噂じゃねえと思うぞ。あいつ、滅茶苦茶に強い。全員で束になって戦っても勝てるか分からねえぐらいじゃねーかな。戦闘向けじゃないわたしと違って、あいつは完全に決戦型だ」

「えーっ!? ホント?」


 流石にリンが驚く。ルイも頬を引っ叩かれたような思いだった。


 ルイは戦闘の専門家ではないが、様々な文明の利器でこれまで戦ってきた自負がある。幼い頃から武術を磨いてきたリンもいる。ヤグラは歴戦の勇士だし、レネーの戦闘力だって相当なもの。サクヤの魔法だってある。この五人が大きな戦力であることは間違いない。だからこそ危ない場所にも踏み込めてきたのだ。旅行者ギルドの<酒場>だって、ここだって。

 それがまさか、何かの間違いでミトロンが襲い掛かってきたら全滅するかもしれないとは。いまさらながら、ルイは脚が震えるような恐怖を覚えた。


「兄ちゃん、ビビるなって。やってみなきゃ勝ち負けは分かんねーよ」

「いやいや、ギリギリの戦いなんか絶対にしたくないから」

「いきなり殴りかかったりしねえから安心しなよ。でも、切り札があるんだったら躊躇(ちゅうちょ)なく使う覚悟はしとけよ。なっ?」


 レネーの瞳が獰猛に光る。こんな戦闘を楽しむ性格なのに、戦闘向けじゃないとはどういうことなのか。


「ミトロンとはなるべく戦わなければ良い。それより結論はどうなった」

『話を戻しましょっか。ミトロンのあからさまな誘いに乗っていいか、でしたね。はいっルイさん、早かった!』


 まだ何も言ってないけど、と思いつつ気になる事があったルイはツッコミを我慢して話し始める。


「また脱線させるような感じだけど、奴隷解放戦線の狙いって、湖畔都市スイゴウの自由都市としての復活なのかなあ」

「ルイ殿、それは有り得ます。というより悲願でしょう」

『へーえ、ルイが先に言っちゃうとは。そうなんです、ここは人がいっぱいでキツキツのようですから、ミトロンは新しい拠点を求めているはずです。それが元々自分たちのもので、奪えそうなら見逃す理由はないですよね』


 そう、先ほどの酒場にもかなりの人がいた。ここ火口都市シグモイドは、周囲がちょっとした崖に囲まれている天然の要害ではあるものの、拡張性には乏しそうだ。

 一方、湖畔都市スイゴウは正反対だ。周囲が開けているから拡張は容易だ。空き家だって多い。もしかしたら、ミトロンはこれまで解放した奴隷を見捨てていたが、これからは組織に取り込もうとしているのかもしれない。ならば、スイゴウが喉から手が出るほど欲しいはずだ。


「それがどう血盟を潰したいとの話に繋がるのか……」

「簡単な話だ。スイゴウは守りに不向きだ。いくらミトロンが強くても、何度も攻められれば厳しいだろう」

「……そりゃそうか」


 ヤグラの言う通り、単純な話であった。周囲が平坦で城壁もないから拡張性に優れるのだ。どうしても防衛力が犠牲になる。安定した拠点にするには、スイゴウを勢力範囲に捉える血盟戦士団を葬むることが必須となる。

 

「でもさ、スイゴウが奴隷解放戦線の自由都市になるのは、連合帝国としては嫌だと思うんだけど」


 リンが疑問をはさむ。それも、まったくその通りだった。湖畔都市スイゴウは、ヒヌシ府とアズマ府の中間にある。反政府勢力に占拠されて愉快なはずがない。


『そこなんですよねえ。仮に血盟戦士団を壊滅できたとしても、次は連合帝国がスイゴウを攻めるんじゃないですか?』

「……微妙なところだ」


 ヤグラが珍しく言葉を濁す。


「大軍を派遣すれば帝国はスイゴウを再び獲得できるだろう。だが、()()()()も悪くない」

『派兵には金がかかる。なら、いつでも取り返せるぞって牽制するのも良いということですね?』

「そうだ。加えて、スイゴウが通れずとも双子の塔がある」

『なるほどー。アズマ府はミトロンがスイゴウを手にする事を容認するかもってことですね。ヒヌシ府が孤立しそうですが、そのあたりもなんとかなるんですかね。なるほど、なるほど。だとすると、やはり謎は1つ。どうやってこの奇妙な連携を実現させたのか、ということですねー』


 ついに本当の論点が明らかになる。


 帝国とミトロンが一時的に手を組み、血盟を潰す作戦が進んでいる可能性が高い。敵対している両者だが、当面の目標だけに限れば奇妙なことに利害関係が一致している。

 奴隷解放戦線は、組織の正義においても、増える人員の住居を得ると言う意味においても、血盟戦士団を排除して湖畔都市スイゴウを確保したい。

 連合帝国は、勃興する2つの武装勢力を両方とも潰したい。それが叶わぬのであれば片方だけでも潰したい。


 ――帝国は奴隷解放戦線と血盟戦士団の両方に対処することを迫られていて、結構忙しい。ただ血盟戦士団のことは、帝国兵が対処できそうなんだ。


 カラスマの話が思い出される。元より連合帝国は血盟戦士団への対処を優先していた。きっとあの時から、今の絵図は描かれていたのだろう。


「誰かが、連合帝国と奴隷解放戦線を繋いでいる。そう思っていいのかな」

「んなの、あったりめーじゃねーか」


 呟くようなルイの疑問を、レネーが一刀両断する。


「……レネーは誰だか分かるの?」

「知らねーよ。そう考えたほうが自然だってだけだ。それにどうだっていいだろ?」

「そうはいっても――」

「目的を忘れんな。目的が適うのか、適わないのか。それ以外はどうだっていいだろ? 兄ちゃん、リン。二人で決めろ」

「えっ?」

「サクヤとヤグラが迷っているんだ。迷ってるってことはどっちもアリってことだ。ある程度の情報は入ったから安全に帰るのか。危険を承知でもうちょっと踏み込むのか。だったら、巻き込まれている二人が決めちまえよ」


 ルイは僅かに目を伏せる。そしてすぐ目を開いて言った。

 

「……請けよう。この話」

「うん、あたしもそれでいいよ」

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