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4-9 ミトロン(2)

 最初こそ、スイゴウは風光明媚な湖畔都市であり、単調な砂漠と森ばかりをみてきた一行の目を楽しませた。都市の周囲が武骨で粗末な外壁によって覆われているのが少し残念に思えたが、周囲の半分ほどに接している湖には透き通った水の中には魚が幾ばくか泳いでいるのが見えた。

 そんな湖の水は、水の成分が少し特殊なのか、夕日を浴びて受けて僅かに薄く緑に輝きながら、赤茶けた大地の間を抜けて西に流れていく。話に聞く水上都市ミッシュへと続いているのだろう。ここスイゴウより大きく浅い湖の上に建てられているという。


 スイゴウの規模であるが、もちろん東の首都アズマ府とは比較にならないものの、衛星都市カデノと同じぐらいだった。連合帝国の文化圏ということもあり、建物の形はアズマ府やカデノと似ていた。すなわち、外壁に近い都市の周囲には小さな箱のような倉庫――あるいは小屋――が、その内側には楕円形の二階建てが、そして中央にはやや平たい円柱のような建物が建っている。


 円柱と言えば、アズマ府の領主館も双子の塔も円柱型であった。さらに思い返せば、煙の谷の南側にあったカラスマが<牢獄の塔>と呼んだ建物も円柱だった。あそこは、今になって思えばカストディアンが住み着いていた可能性があったのだろう。どうやら高天原では大事な建物は円柱であることが多いらしい。


 そんなスイゴウに足を踏み入れた一行だが、ついに生きている人間を一人たりとも発見できなかった。

 開け放たれた門から入ったときに見えたように、建物は多くあるものの、どこも無人であった。初め、浮浪者ぐらい居るのではないかと淡い期待を持っていたが、出迎えたのは村はずれの簡易的な墓地、および家の中で朽ち果てた少しの死者だけだった。

 事前に聞いていた通り、本当にほぼすべての住民が逃げおおせたらしい。死者たちは老人――旅を嫌ったのか故郷に固執したのか――や体を欠損したものが多かった。


 食料や使える物資の類はまったく残っていなかった。少しでも稼ぐため、血盟戦士団が根こそぎ奪い去っていったと考えれば妥当なことだ。

 

 町はずれの墓地は本当に簡素だった。墓標などほとんどなく、土葬であるのに掘られた墓穴は浅かった。であるから、いくつかは獣に掘り返されていたし、なにより埋葬された者たちの怨念のような香りが、かなり遠くからも感じられた。


 墓地の有様を遠巻きに見た後、死者のいない家の寝床に転がって天井を見たルイは――おそらく皆も――スイゴウの住民が辿った顛末に想いを馳せた。


 一言でいえば、悲惨であったはずだ。血盟戦士団に攻め入られ、命の値段がそれこそ干し肉の一欠片ほどに安い最下級の戦士になるか、我が子が食べるはずだった食糧を差し出すか、殺されるかを選び続けるような日々。しかも、遠いヒヌシ府はおろかアズマ府からも助けは来ない。

 想像になるが、街の奴隷たちも随分と住民に逆らったかもしれない。「血盟戦士団では誰もが戦士で、平等に出世できる機会があるらしいぞ」なんて噂を信じた奴隷が大勢いたとしても変ではない。そうであれば、住民は背後から奴隷に刺されることにも怯え続けたであろう。





「血盟戦士団が、スイゴウの奴隷を戦士にすることは構わない。その主人や、奴隷商人を殺すのは歓迎すらしよう。だが――」


 腕を両側に広げたままの、抱擁を受け止めるかのような、それでいて自らの偉大さと強さを誇示するような姿勢のまま、ミトロンは言葉を紡ぐ。


「もう彼らの目は、奴隷とそうでない者を区別できない。持たざるものによる反逆という志は忘れられ、ただの野盗の集団へと堕落して久しい。最下級の戦士が出世することはほとんどなく、食料の生産と略奪のためにただ使い捨てられている。君たちも出会ったのではないか? そういう者たちと」

「……」


 サクヤは押し黙る。おそらく内心で警戒感をさらに数段ほど高めたのだろう。

 一行が血盟戦士団の末端たちに襲撃されたのは数日前のこと。場所は、ここ火口都市シグモイドからは随分と北。しかも、道中はずっと不意打ちを警戒していたにも関わらず、斥候の類は見つけられていなかった。


(ミトロンはどこまで知っているのだろうか。電弧(アーク)放射の光刃に対処するため、こちらも色々と手を使った事もバレているのか?)


 そんなルイたちの心に芽生えた疑問など気にせず、ミトロンは言葉を紡ぎ続ける。いつの間にか、彼の肌と同じく鉄のように冷たく冷静だった言葉には、僅かに高揚のようなものが混ざっていた。

 

「自由意志。人の自由意志こそ最上とする我らは、もはや血盟戦士団を看過できぬ。これまで彼らは奴隷に対し、戦士として自己を救済する道を示してきたが、もはや奴隷使いそのものでしかない。いまこそ滅さねばならん。どうだろう、サクヤ姫。賛同してくれるだろうか」

「……個人的な心情においては賛同いたします。私も彼らの非道さ、そして末端の者たちの苦しみを憂いておりました」


 サクヤは、とにかく無難な答えを返した。行動するともしないとも約束していないし、血盟戦士団に襲撃されたことも曖昧にしている。


 だがミトロンは、サクヤの時間稼ぎに付き合うつもりは無いらしい。


「サクヤ姫。結果だ。結果こそが重要だ。我らは()()()()()()()()()()()、君が引き起こした変化を高く評価している。では、結果を導くにはなにが必要だろう。それは迅速かつ断固たる正義の行動だ。いますぐとは言わないが、今日中に教えてくれ」


 それは、ほとんど今すぐじゃないか、とルイは思う。火口都市に来たときは既に夕暮れに近かったから、今はもう日が沈んでいるはずだ。。


「――では無礼な質問をさせて頂くことを、どうかお許しください。……賛同した時、賛同しなかった時、それぞれ私たちはどうなるのでしょうか」

「良い質問だ。まず賛同して頂けなかった時だが、残念に思うだけだ。そのまま速やかに帰って頂く。賛同いただけた時には、明日から我らとともに血盟戦士団を討伐いただきたい」

「か、彼らの人数は多く、多数の拠点に分散していると聞きます。それこそ完遂するには何十日、いや何百日と――」

「心配は無用だ。ここさえ落とせば後は楽に進むという、戦略的に重要な拠点がある。手助けは、そのひとつだけでよい。加えて――」


 ミトロンが僅かに声色を落とす。

 

「我々は秘密の同志ということになる。であるから、ある程度は我々の考えを共有しよう。どこまで連合帝国に公開してよいか、いけないかについても話そう。それから協力できるところを話し合おう」

「その後、何を協力できるか今の段階ではお約束できませんが――」

「構わない」


 僅かに逡巡してから、サクヤは応える。


「承知しました。少し考えをまとめるお時間をください」

「よかろう。私はこれから用があるから、決まったらポーに伝えるがよい」


 ミトロンは最後にそう言って背を向けた。形式を好まぬということだったから、サクヤは「お会いできて嬉しかった」という旨の挨拶を簡素に言って、一行はすぐに部屋を出た。ポーは部屋の中に残った。

 それから「同志ポーの代理」と名乗る若そうな女――ポーと同じくフードを被っていて詳しくは分からない――に連れられて、6つの寝台が敷き詰められた部屋に通された。実体ある五人だけでも少し手狭であったが、どうせ寝る時にだけしか使わないから問題はない。


 一行は、食料や簡易的な寝具などの荷物を置いてからすぐに散歩に出た。案内された部屋のなかで相談するのは不用心すぎるから、外で話す必要がある。


『全部ばれてーら』


 タマは、ミトロンの部屋から出る時、そう囁いた。ルイも同感だった。


 サクヤが、森羅と連合帝国から奴隷解放同盟の動向を掴むよう依頼されていること。

 カラスマが言っていたように、連合帝国は血盟戦士団を集中して攻めることになっていること。だから、奴隷解放同盟の動きは、連合帝国と血盟戦士団を挟み撃ちにするような動きとなっていること。


 そういえば、部屋には6つの寝台があった。火口都市シグモイドに辿り着くよりずっと前、湖畔都市スイゴウの門を潜る前からずっと、タマは姿を消していた。カデノやアズマ府でも姿を晒していない。それなのに、タマの分も含めて人数ぴったりに寝台を用意したのだろうか。それとも、ただ偶然6人部屋へ通されただけなのだろうか。


 どこまで話が繋がっているのか、ルイは少し気味の悪さを感じた。






[タマのメモリーノート]

 湖畔都市スイゴウの水が薄い緑に見えるのは、湖の周囲を覆っている植物が緑で、またプランクトンや藻が豊富だから。

 川でつながる水上都市ミッシュから船で物資を輸送できるのなら、復興は早く進むだろう。

当面、毎週金曜日に更新します。


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