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4-5 指令(1)

 もう何回目になることか、ルイは高天原の地でバギーを走らせている。周囲は砂漠というよりも石がずっと多いため、荒野とも呼ぶべき場所だ。

 カデノを出発したのは明け方前だが、右手に見える日はもう傾いている。アズマ府は既に背後に過ぎ去っていた。つまり、ルイ達はアズマ府のずっと南にいて、さらに遠ざかっている。


「タマ。どう思う?」

『まあ、櫛稲田の懸念、というか考えていることは分かります。けど……って感じですかね』

「だよなあ……」


 タマの返答を聞きながら、運転席にいるルイは呟く。


 計算機能を荒野における車両の姿勢制御とルート最適化に割り当てているタマだが、極めて解像度の高いアバターを投影している。そのため、石や岩を巧みに避けて高速で走るバギーの真上に、猫耳帽子の少女が足を組み寝転んでいるという奇妙すぎる光景が生み出されていた。

 実体としか見えないような仮想現実は法令で許可されていないはずだけど大丈夫なのかな、とルイが思うぐらいであった。


 タマがこんな芸当をすることが可能なのは、リンの影響が大きい。彼女の装備は、身体の動きを最適化することに特化している。だから、アバター表示や無駄話をするソフォンなど組み込まれておらず、受動的で軽量の人工知能だけを有する。そのため、激しい動きをする必要が無い時には計算資源が余るので、これをタマは拝借しているのだ。

 

 一行はいまアズマ府の南、すなわち奴隷解放戦線の本拠地に向かっている。カラスマの依頼を断ったのに何故向かっているかといえば、櫛稲田がサクヤに同じ調査を命じたからであった。領主の娘であるサクヤとて、本国からの命令とあらば逆らえない。そして色々考えた末、一度は断ったカラスマの依頼を受けることにしたのだった。

 ルイやリンも話し合ったうえで、同行することにした。流石に放っておくわけにはいかない。サクヤとヤグラにはとても世話になってきたし、二人に何かあればルイとリンの立場だってどうなるか分かったものでは無い。

 

「なあ、兄ちゃん、どういう懸念が分かるんだ?」


 暇だったからだろうか。どこまで興味あるのかよく分からない口調でレネーが問いかける。


「うーん、櫛稲田も連合帝国の事情を詳しく知りたいんだろうなと思ってさ」

「そんなの、同盟だろうと敵だろうと、他所(よそ)の国が気になるなんて当たり前じゃねーか? どこが変なんだ?」


 ルイの返答に、レネーは後部座席で脚を組みながら「何を言っているんだ?」といった顔をした。表情は繊細そのもので、首の裏が透けていることを以前に見ていなければ今でもカストディアンだと信じられないほどだ。


「いや、だってさ。農民や農奴が減って、兵士になったり鉄職人が増えるらしいからさ。そうなると連合帝国の軍も強くなるってことを気にしたのかなって」

「なるほどなー。こんな文明が後退しているとそうかもな。兄ちゃんはどれだけデカい話だと思っているんだ?」

「ええと……」

『文明の後退とは、また意味深なことを言ってくれますね。そのことはともかく、人口の80%が農民で、1%が軍人だと仮定してみましょうか。そんな時、農民の10%が不要になったら、8%の人口が次の仕事を探すことになります。極論ですが全部を軍人にしたら合計9%だから9倍。半分でも4倍、さらに半分でも2倍』


 タマが、昨今の食糧事情の変化が与える影響を説明していく。極めて荒い見積もりだが軍事力への影響が極めて大きい事は明らかだ。


「食糧が増えるなら総人口も増えるから、兵士の数はもっと増えるよな」

『妥当な予想だと思いますよ、レネー』

「工業力も高まるから、装備も良くなるってか。そりゃ櫛稲田も心配するか。しかし80%が農民って、なんか随分しょぼいことになってんなあ。昔はもっと少なかったはずだけどよ」

「……!」


 ルイがタマをチラッと見ると、タマもルイを盗み見ており軽く片目をつむる。合図だ。

 

「な、なあ、レネー。農業ってさ、畑を耕したり、種を撒いたりするよな? 農業機械とかどうなってた?」

「うん? そんなことしたっけなあ。普通、水を使うんじゃないか?」

『み、水?』

「なあ、それって水耕栽培のことだよな!?」

「えー、そんなこと言われてもなあー、わかんねー。駄目だ、思い出せそうだったけど、どっかいっちまったわ」

『……この話はこれぐらいにしましょうか』


 いつもこうだ。レネーが思い出している時に確認するような質問をすると、すぐに混乱してしまうのだ。


『ルイ、攻めすぎ』

「……すまん」

 

 レネーが過去を語りそうな気配を感じたら丁寧に引き出そうと話していたのに、つい成果を急いでしまったルイをタマが叱る。

 

「……えーっと。そろそろ血盟戦士団の勢力下に入るから作戦を考えない?」

『お説教はまだ終わってないんですけど』

「おーい、ルイも大変だねー」


 強引に話題を変えた主人を半目で睨むソフォンからルイを救ったのは同郷の幼なじみだ。リンはバイクに乗ってバギーと並走している。新たに輸送船から持ち込んできた彼女の乗り物だ。ゴーグルを着用しているから、いつもの勝ち気な瞳を見ることはできないが、運転を楽しんでいるようで口元に笑みを浮かべている。


「とりあえず、こっから先の森は歩きでいこうかね」

『リンって、どっかルイに甘いですよねえ』

「まあ許してやってよ。ルイより器用じゃないあたしが言うのも、どうかと思うけどねっ」


 そう言って明るく笑うリンに、ルイは救われたんだか、一緒になって怒られたんだか分からない気分になった。バギーを降りたレネーとヤグラの様子はいつも通りだ。ただ、サクヤの表情が相変わらず曇ったままなのを見て、二人とソフォンは少し表情を真面目なものに戻した。


 それから、バギーとバイクを岩陰に隠して光学迷彩を施しつつ、危機があれば自動的に逃げるよう設定してから、一行は森の中へと歩み進めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] タマみたいなソフォンは珍しいんですかね? あいついつもソフォンと話してるよなとか言われるかもしれないのかな
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