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4-3 依頼(2)

「カラスマ殿、差出人は?」

「連合帝国の役所からだ。具体的には俺と関係の深いところだ」

「ルイ殿、迂闊(うかつ)に読んではいけません。ただの行政文書にこんな良い紙は使いません」


 一気に警戒感を高めて警告を発するサクヤを見て、カラスマは苦笑いしつつ話を続ける。

 

「慎重だな。まあ、用心深いってのは嫌いじゃねえけどよ。だが、安心して読んでくれ。色々書いてはいるものの、部外者が知ってまずいことは書いていない。それに、必ず受諾しろとも言わない。そこは俺が保証する。受ければデカい貸しを俺たちに作れるのは間違いないが、断っても何の制裁もない。読めば、ここ最近の事情がよく分かる。お前、いま帝国で何が起きているか、あんまり分かってないだろう?」


 サクヤは渋々ながら手紙を受け取り、ルイの隣に座ってから開封した。そして、全体を短時間で流し読みしてから口を開く。


「連合帝国の統治に挑戦する、奴隷解放戦線を名乗る組織の調査。その助力についての依頼とあります」

「……奴隷解放戦線?」

 

 ルイの呟きを見たカラスマがニヤニヤと笑う。ほら、お前はなんにも知らないだろう。そう若干馬鹿にされた気分のルイは眉間に皺を寄せるが、下手に意地を張っても意味がないので素直に聞くことにして、カラスマに続きを促す。

 

「奴隷解放戦線ってなんだ?」

「ほらな、説明してやる。今日はそのために来たんだ。お前も無関係というわけじゃないんだから、知っておけって」


 あれだけ料理を楽しんでおいて、それは説得力がないだろうとは思うもののルイはとりあえず黙って続きを促した。それからカラスマは十分に時間を使って、連合帝国が抱えている課題について説明を始めた。

 

 煙の谷の街道化は、連合帝国に食糧事情の改善という結果をもたらしつつある。これからの影響は貴族や金持ちの商人だけに留まるものではない。既に少しづつだが良い食材が貴族のみならず裕福な市民階級にまで出回り始めているし、なにより櫛稲田を含む森羅が食糧の増産を発表したのが大きい。


 その動きに呼応して、連合帝国は森羅の食料増産に対する支援を表明した。連合帝国は、ゴラムの地から産出される鉄および武具生産技術を輸入し、大々的に農具を生産して櫛稲田へ納入する計画だ。ゴラムでは武具の生産こそ盛んだが、戦士の仕事とは見なされない農具の生産には消極的だ。そのため、連合帝国が農具生産を強化することは、誰にとっても都合が良かった。ゴラムは鉄と技術を売れる。連合帝国は食料品輸入の対価を提供でき、国富の流出を防ぐことができる。鉄をほとんど産出できない森羅は、木製の農具を鉄器に変えることで農業の生産性を増大できる。まさに()()()()の状況が成り立ちつつある。


 そういうわけで、来年にどこまで食料がやってくるかはまだ未知数ではあるものの、連合帝国の食料事情は改善の目途がたちつつある。これは、連合帝国の発展にとって実に素晴らしいことである。食料事情が豊かになれば、生産性の低い農業から工業や軍備に人員を回すことで、神聖法廷への抵抗力を増すことに直結する。


 だが、この変化はひとつの短期的な反作用も発生させている。連合帝国内での低品質な自国産食糧に対する需要の低下だ。痩せた土地で無理に作った不味い作物を誰も買わなくなりつつあるのだ。それは帝国農民の収入低下、そして農奴の無責任な放逐と言う形で顕在化しはじめている。不味い食糧に用がないなら、その生産者もまた用無しになる。


 ――金が人格。


 連合帝国で良く囁かれる言葉だ。金を持つものが偉く、貧乏人には価値など無いという意味を持つ。そんな価値観が大手を振ってまかり通る帝国において、農業の他に生きる術を持たず路頭に迷う者たちへ差し伸べられる手などあるはずがない。


 過渡期の話だ。こんな素晴らしい未来が見えているのだし、しばらくすれば農具職人の雇用が増えて吸収できる。そんな僅かな期間をなんとかする金もないというのは自己責任である。勝手に野垂れ死にしろ。


 連合帝国の政府関係者や裕福な市民は、こぞってそういう風潮である。都市に住む人々は、農村の困窮を想像できない。だから失業保険などという発想は出てこない。数年ほど経てば、有能な農民は工業生産者に転身する。それまでは「なんというか」と流石にカラスマも少し言葉を濁して言うには、()()()()()()()()があるのは仕方がない。そんな認識が、連合帝国を率いる者たちの主流となっている。連合帝国を主語として語ると、どうしても短期的に農民や奴隷が困窮することなど小さな問題でしかないということになる。


 今起きている大局的な変化は、国家戦略の視点に立てばこれ以上なく望ましい。だから、過程に発生する犠牲については誰もが軽視する。多少、餓死する農民や農奴が出るかもしれないし、治安も悪化するかもしれないが、まあなんとかなるだろう。警備の予算を少し積み増せばよい。


 この考えは、連合帝国の軍事力を持ってすれば概ね正しいはずだった。だが、そこに狙いをつけたものがいた。奴隷解放戦線である。


 奴隷解放戦線とは、奴隷制度の撤廃を掲げる武闘派集団である。奴隷制を必ず、()()()()()()()()()()()()撤廃しようとしている。そのため、日々奴隷を搾取して甘い汁を吸う連中――「つまり俺ら貴族とか奴隷商人のことなんだがな」とカラスマは言った――を成敗する。これを絶対の正義と掲げている。


「実のところ、奴隷解放そのものに表立って反対するやつって、もはやそんなに多くないんだ。奴隷の使いどころは需要の減っている農業なんだからな。問題はやりかたでな」


 カラスマは、眉間に皺を寄せるルイを見ながら、そう言って話を続ける。


 奴隷解放戦線のやりかたは、控えめに言っても過激だ。なにせ、奴隷を解放するが救うことはない。具体的には、奴隷を使った通商部隊を見つけると襲って雇い主を皆殺しにして全ての財産を奪う。そして、奴隷に対しては「君たちは自由だ。好きにしたまえ」と解放してお終い。解放され荒野に放り出された奴隷たちが、どうなっても彼らが気にすることはない。


()()された奴隷。あと、作物が売れなくなった帝国農民。そいつらは、どうなると思う? まあ、言わずとも分るよな」

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