3-19 東塔上層(2)
「携帯型の電子戦武器……」
ルイはあっけに取られる。強力な電磁波を発する小型武器は、人類の長きに渡る戦争の歴史の中でもかなり後半に登場するものだ。高度な技術力がなければ実用化できない代物のはずだった。
『説明書きがあるわけじゃないので確証はないんですけど、この形状だとそれ以外に考えられないんですよね』
本当に電磁波型か? と視線だけで問うルイへタマが返答する。ルイは詳しくなかったし、タマがこの場で不正確なことを言う理由は全く無かったので信じるしかない。
そして、信じると決めてしまえば、この武器がここに存在する意義については言うまでもないことだった。電磁波型の手榴弾は、非殺傷兵器だ。近くにある電子機器を無差別に破壊したり一時的に機能停止に追い込める一方、生体にはほとんど効果がない。そのため、自律兵器や車両近くに割と気軽に投げ込める。人体への損害はそこまで考慮しなくてよい。
「お、これが何か分かるのかな? ルイ君。見せてくれてないか?」
「……持ち手は絶対に握らないで」
ジャミールの平常運転っぷり少し呆れながら、ルイは電子手榴弾を手渡した。
「これはカストディアンだけを殺す武器。人には効果がない」
ジャミールは細長い楕円型の手榴弾の手触りを確かめたり、重さを測ったり、回してみたりと恐れる様子を見せない。ただ、ルイの返答を聞くと動きを止めた。
「なるほど。そりゃ便利じゃないか。使えるのかい?」
「古そうだから、使ってみないと分からない。――あと、僕には効かないけど……ライフルや服には効く」
「こりゃまた神聖法廷が大騒ぎしそうな情報だね」
ルイは、場違いな人工物であるカストディアン殺しをジャミールから受け取り、そのまま取り敢えずポケットにしまう。そして、下り階段に向かっていった。ジャミールは不敵に笑うだけで、何も言わなかった。
階段の中頃にある踊り場で、ルイとジャミールは再び階下を覗いている。ただ今回は、どちらも表情に強い困惑を浮かべていた。
「見たまえルイ君。あっちにもカストディアンが居るぞ。割とたくさんだな」
「居るといえば居るけどさ……」
ジャミールが闇の中で瞳を金色にも見えるよう僅かに光らせて、暗闇の向こうを凝視しながら尋ねる。
「なあ、ルイ君。彼らは動くのかな」
「……そんなの分かんないよ」
5階に広がっていたのは、6階や7階よりずっと奇妙な光景だった。
辺り一面、鉄棒を格子状に編んだ縦長の箱が乱雑に置かれている。高さは3メートル弱、底面の幅は1メートル四方。とにかく数が多く、この踊り場から見えるだけでも10はある。それらひとつひとつが全て天井と鎖で結びつけられており、転倒しているものは1つもない。
格子を構成する鉄棒は、ルイの手首ほど。かなりの頑丈さと無骨さだ。
もうこれだけでも鉄格子の箱の用途は想像つくのだが、決定的な証拠もあった。床底近くに2つの輪があり、それらは先が割れて開けるようになっている。中頃の高さにも同じような大きな輪がある。箱の側面の一部は扉のように開く構造になっている。
ルイとジャミールは何も言わなかった。これが一人用の牢屋であることは一目瞭然で言うまでもなかった。鉄棒の太さから見るに、ヤグラすら安全に収容できるだろう。5階は、即席の牢獄であった。
ルイとジャミールは、さらに階段を降り奥を覗く。そこには二人の想像した光景がそこにあった。
大量の鉄格子の箱が乱雑に並んでいる。50以上はある。そして、これは先程からも見えていたことだが、7つに1つぐらいの箱にはカストディアンが収納されている。底に蹲り全く動かない。
ふと、月が夜空に姿を現したからだろうか。木戸の壊れた窓から仄かな、恩寵のような光が部屋に差し込む。鋼鉄の囚人達は完全に静止しているだけでなく、多くは手足を欠損しているのが映し出される。
奇妙な光景を前に、ルイとジャミールは当惑するほかなかった。双子の塔はカストディアンが占拠している。その塔の中で、多数のカストディアンが投獄されている。
「ルイ君、どうすようか」
「再起動しないとも言い切れないんだよな……」
「なら、石でも当ててみるか」
「石?」
問い返すルイにジャミールが指を指す。そこは5階の床で、目を凝らして見れば小さな石が確かにそこにあった。長い年月の末、屋上から入ってきたのだろうか。
「まあ、見ていてくれたまえ」
ジャミールの翼が僅かに光る。その翼が軽く動くと、石がゆっくりと転がり始めた。近くの埃も同時に舞い上がっている。
「風……?」
『これも魔法ですかね……』
そのまま見ていると、ふわりと小石が優雅に浮き上がり、そのまま空中を直進して近くのカストディアンの腕部に当たってガラス瓶を爪で軽く叩いたような小さな音を立てる。
『的中』
ルイの耳にのみ、タマの呑気な声が響くが辺りは静かなままだ。
「……反応ないね」
「他もやろう」
それからジャミールはいくつか小石やら何かの破片を風で巻き上げ、器用にカストディアンたちに当てていった。だが、何も起きなかった。
「ルイ君、気付いたかね? どれも頭部が切り離されている。さらに胸も破壊されている」
より近づいて動かぬ囚人たちを調べ始めたジャミールが言う。ルイもほぼ同時に気がついていた。見える全ての、檻に入れられたカストディアンには頭部が無かった。また胸部は、激しく歪んでいるものもあれば巨大な杭が打ち込まれているものもあった。
「気味が悪い」
「果たして牢獄なのか、遺体安置所なのか。ルイ君は隅々までここを調べたいかい?」
「……いいや」
「同感だよ、先へ行こうか」
ルイは頷いてからジャミールと共に階段へ戻る。その途中で「いやはや彼らも大変みたいだね」とジャミールは呟いた。ルイは「争ったのかな」と言った。返事は溜息だけだった。
分からないことだらけであった。カストディアンは葦原文明の水準を超えた産物だ。そんな彼らが鉄格子に保管されている。あるいは、同胞の頭部を破壊して檻に収監したまま放置している。
(なんでカストディアンって人型なんだろう。どう考えても非合理なのに)
人型のロボットにはロマンがある。それは分かる。だがそうする経済合理性がない。地上兵器ならば多足歩行にして背中に武器を付けたほうが、運搬ならタイヤを付けたほうがよっぽど実用的だ。だから葦原では貴重な資源を割いてまで人型を作らない。ルイは以前、そういう話を聞いたことがある。
もやもやした疑問を抱えながら、再びルイは4階へと向かっていく。そしてまたも階段の踊り場から階下を見て――全ての疑問がどこかへ飛んでいった。全身が強張り、手に汗が滲んでくる。
「おそらく……」
「ああ」
ジャミールが囁き、ルイが生唾を飲み込んで頷く。ふたりは同時に「こいつは動く」との確信を持った。
4階はこれまでと大きく違って、広い空間であった。棚や木箱はひとつも無い。不気味な檻もない。あるには、屋上で見た棺桶に似た奇妙な箱だけ。その中には一体のカストディアンが仰向けに収まっている。寝ているというより埋葬されているのかのようだ。しかし、頭部がある。胸部にも何の傷もない。
そして、そのカストディアンの頭部は、これまで見てきたカストディアンとは少し違っていた。材質がこれまで同様に金属であることには違いないが、縦長の長方形のようで左右に紅く怪しく光る玉のようなものがふたつ埋め込まれている。
「似ているね」
「ああ……」
そのカストディアンのデザインは、道の駅で見た死虫人と実によく似ていた。だから、そのことに意識と演算量を集中していた二人とソフォンは、背後で何かが僅かに動いたことに気が付くことはなかった。
[タマのメモリーノート] 近くで魔法が発動した時には、なるべく様々なセンサーの感度を最高レベルまで高めるようにしている。だが、いかなる外部エネルギーの変化も捉えられない。一見、魔法は完全にエネルギー保存の法則から外れているように見える。しかし、やはりエネルギーの総量は必ず一定であるのだろう。魔力と呼ばれる未知のエネルギーが消費されているのだから。





