3-19 東塔上層(1)
『動体、生体反応なし。熱源なし。僅かな金属反応。小物なんかだと思いますが油断せずに』
ルイがタマの探査結果を聞きながら慎重に部屋の中を覗く。手元はまだ微かに屋上からの星の光があるため朧げに見るが、部屋の中となるとまるで見えない。だが、瞳に装着している眼内レンズの暗視補助機能が自動的に起動したので、幾分マシになった。
ルイとジャミールは、屋上から続く階段を降り7階に侵入しようとしていた。屋外と部屋を隔てる扉がないため侵入しやすいが、そのかわり土埃が足元に積もっている。何物かがいれば痕跡が明瞭に残るはずだ。
「見たまえ。俺たちの足跡しかない。あのカストディアン達はずっと屋上にいて、人や獣を撃っていたのだろうかね?」
部屋の内部を覗く少し前にジャミールはそう言った。カストディアンの足跡が無いこと自体はルイも気付いていたが、改めて言葉にされると人との根本的な違いを突きつけられたような思いになった。何年も、ひょっとしたら何十年も屋上で待機し侵入者の殺戮だけを行うなど人には決して出来るものではない。やはりカストディアンは機械なのだと強く意識する。
『背を低くして、あの棚の脇まで進んでください』
ルイが部屋を注意深く中を覗くと、タマが目指す地点を淡く灰色に光る円で示す。ルイは右の小脇にライフルを、左手に白加賀を持って身を屈めながら進む。白加賀はもはや光っておらず、機動戦闘服の発光も完全に抑え込んでいるのでルイは闇にほぼ同化している。
指定された部屋の隅でルイはなるべく体を動かさないようにしながら周囲を見渡していく。暗い部屋の中には、所狭しと棚が並んでいる。棚は四方の鉄棒に木の板を引っ掛けただけの簡易なものだ。だが、双子の塔がカストディアンに突如占領されたのは数世代前ということだから相当古いはずなのに崩壊している様子はない。
棚の多くは空だが、それでもいくつか物が置いてある。
遥か昔に赤錆で崩れ去った鍬、鋤といった農具。無骨でなんの装飾もない素焼きの器。木製のおたま。後は麻のような植物で編まれた大量の袋の残骸など。
どうやら、農業を営んでいた元の住民たちの生活雑貨のようだ。ぱっと見て目新しいものは見当たらない。樽や木箱もあるが、どれも朽ちている。
「何もないようだね、下に行くかい?」
『ジャミールの言う通りでしょうね』
ルイは背後のジャミールに頷く。
「かなり暗いけど、ちゃんと見えてる?」
「正直言うとなかなか難儀している。下は少しマシだと祈ることにするよ」
『階段はこっちです』
タマの誘導に従って、ルイは中腰で足音を立てないようにして先へ進んでいく。足元は丈夫な石畳で段差もなく歩くのは容易だ。ジャミールも後を追ってきているのを確認した後、ルイは階段を見る。
階段は丸い外壁に沿って曲線を描きながら下っていく構造だ。幅はジャミールと横に並んで降りられる程度はあり、大きめの螺旋階段と言っても良さそうだった。
ルイは数段だけ降りてから6階を上から慎重に覗き込む。そこは納戸らしき7階と一見して大きく変わらなかった。配置こそ違うが、棚や箱が所狭しとならんでいる。
『動体、生体反応なし。熱源なし。金属反応は……多数。カストディアンほど大きなものはありませんが、物陰に気をつけて』
ルイは警戒しながら、階段を降りていく。そして階下に降り立つと、さらに5階へと降る螺旋階段の続きが目に入った。少しだけ床を歩いていけば、そこへ辿り着くことができる。ルイはその先を覗きたい欲求に駆られつつ、ひとまず6階を探索していく。何者かが隠れていて、背後から襲われると非常に危険だからだ。
ここ6階は、7階よりも仄かに明るい。石造りらしき壁面に空いた窓へ備え付けられた木戸が半壊していて、そこから外気と星の光が入ってきている。
「村の武器庫だろうかね」
「そうかもな……」
ルイはジャミールの言う通りだと思った。棚に並んでいるのは様々な形の剣、槍、斧、弓といったものだ。置き方は乱雑であり、整理して配置されているものは極僅かで、ほとんどは放り投げたように置かれていたり、床に転がったままだ。どれもが長い年月を経て錆で覆われており、役に立ちそうなものはない。
しばらく二人は棚の間を覗くようにして探索を続ける。そしてカストディアンが潜伏していないことだけを確認してから、ルイ達は上下階へと続く階段の間に戻ってきた。
「ここ、やっぱり似ている……」
「うん? 見覚えがあるのかい?」
ルイの呟きに、ジャミールが小声でありながら興味津々な様子を隠さずに話しかけてくる。
「丸い部屋に、壁に沿って曲がる階段――。煙の谷にあった古い塔とよく似ている」
「古い時代の建物はよくある形だ。連合帝国の貴族たちが住む館とも似ているが、あれは古代文明の様式を真似ているのさ。歴史が浅いことを隠すようにね」
「……」
「この双子の塔は、本当に古い時代のものなのだろう。だから、普通の建物より比較にならないほど頑丈なはずだ。そのあたりが、不老のカストディアンに好かれているのかもな」
「なるほど……」
再び中腰になり、白加賀を構えてルイは進む。そして、下り階段に足を踏み入れようとした時のことだった。
『あー、ちょっと……』
どうした? ルイは視線を送ると、タマが地べたに寝転がって、すぐ脇の戸棚の下にある床を覗き込んでいる。
『あのー、この下、見てもらえます?』
猫耳帽子を被った少女のアバターが戸棚の下を覗いている。タマのセンサーはルイの機動戦闘服に備え付けられているから、こう見えてタマにも見えていない。
「どうした、ルイ君」
ルイが戸棚の下に手を伸ばし何かを拾ったのを見て、ジャミールが顔を寄せてくる。
「ふーむ。面白い形だね。鉄の果物みたいだ」
「これって……もしかして」
ジャミールに答えず絶句したままルイはタマを向く。タマも額に皺を寄せている。
『手榴弾です。それも、おそらくは対自律兵器用の電磁波型です』





