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3-17 塔(2)

 サクヤの視線は屋上にあるレーザー砲の先端に注がれている。ここからでは台座が見えないため、砲身をどれだけ下方向へ向けられるか分からない。だが、そろそろレーザー砲の死角に入ってもおかしくないとルイには感じられた。サクヤも同じことを気にしているのだろう。


 そうであれば塔から狙撃されないということになる。ならば、これからは何かあったら塔の下に駆け寄るほうが安全だ。そんな距離感になっている。


 だが、安心などできない。

 ルイ達が、彼らの庭に入ってから四時間以上経過している。狙撃で倒したカストディアンはもう五体になるが、森の広さを考えれば他にも巡回兵がいると考える方が自然だ。いまのところ塔に動きはないが、撃ち抜かれた同僚を発見した別の巡回兵が警戒を強めている可能性もある。危機は前ではなく背後に迫っているかもしれない。


 侵入が成功してきたが故に、塔に踏み込む以外の選択肢が無くなっている。そのことを誰もが良く理解しているのだろう。みな表情が一様に厳しい。ヤグラとクロだけは無表情のままではあるが、動作に警戒心と慎重さが表れている。これまで時折、反抗的な態度を見せていたシロも、無駄口をひとつも叩かず黙々と背後から飛ぶコウの指示に従ってきた。


『ルイ、伏せ』


 タマの声を聞いたルイが、反射的に思考を止めて地に伏せる。ほぼ同時に草を擦るような音が後ろから聞こえたので皆も伏せたようだった。既に何回も同じことをしてきたのだから、慣れるのも当然のことだった。


『巡回兵……また一体ですね』

「相変わらず、あまり警戒してないように見えるな」


 先程の飼い犬に躾をするようなタマの言い方に文句を言うのはひとまず諦め、ルイは網膜レンズがロックインした標的へと意識を集中させる。

 

『姿形はこれまでと同じ。装備も概ね同じ。動作をみても同じく緩慢。仲間が倒されたことを感知してはいないのか、皆様のんびり屋さんのようですね』


 ルイはこれまで同様にライフルを構えて、照準をカストディアンの頭部に定める。


「撃つ」

『ちょーっと待ってください。倒した姿が塔から丸見えになるのは危険ですから、あと少し……木の近くに来てから』


 タマの声と同時に、標的の前方にある草むらが青く昏く人工的に輝く。タマの拡張現実による視覚支援だ。それからルイは数分待って、カストディアンの巡回兵が青く光る領域に十分に足を踏み入れたのを確認してから頭部を撃ち抜いた。


 これまで狙撃したきた五体同様、カストディアンはすぐに動かなくなり、草むらに隠され見えなくなった。木陰でもあるから塔から残骸を目視することはできない。

 さらに周囲は少し開けているから増援があればすぐ気づける。今なら囲まれる心配もない。


 再びルイはカストディアンを調べたいという欲求に捉われるが、これまで同様に理性で打ち消した。ただ今度はふと横を見たので、サクヤが倒れたカストディアンへ困惑と畏れが混じった視線を向けていることにルイは気が付いた。これまで見せなかった表情だ。


「何か気になる?」

「ここでならカストディアンを調べられるのではないか、と少し考えていました。でも」

 

 サクヤはカストディアンから視線を外さず、小さく呟くように答える。同じことを考えていたのかと思っているとサクヤが話を続ける。


「調べてはいけない予感がします」

「勘?」


 ルイは、ヤグラがサクヤの勘を信用していることを念頭に努めて冷静に聞く。

 

「はい……。ただ、調べないのもいけないという予感もするのです。調べては駄目、調べないのも駄目。私の勘も頼りになりません」

「それでも勘が信頼できるとしたら?」


 サクヤが僅かに沈黙する。視線は、倒れたカストディアンを向いたままだ。


「ローディスをヤグラと攻めようとしていた時も同じでした。攻めても、攻めなくても同じぐらい悪い予感がしていて。理屈で考えれば攻める以外の選択肢はなく、そして敗れて血蜘蛛から追われることになりました。結果、ルイ殿に出会うことができましたが……。きっと攻めなくても良くないことが起きたのだと思います。こういう時は覚悟して進むか」


 サクヤは僅かに頷いたあと、ルイの目を見つめて言う。


「あるいは別の道があれば良いのですが」

「別の道か……」


 ルイは少し考えるが、他の選択肢など全く思いつかなかった。


「すみません、変なことを言って。行きましょう」


 サクヤは、静かに背後に去っていく。ルイも草むらを横目で後に続いた。もう塔に十分近いから、屋上から目視で発見される危険性をこれまで以上に考慮しなければならない。そして、カストディアンとの間に拡張現実によって黄色く輝いている領域はない。ルイがタマに指示して探索させた結果で、それはここからカストディアンが倒れる草むらまで身を隠して移動できる道がないことを意味している。

 調べるか、調べないか。単純な構造の問いだ。そして、調べることは明らかに一行の危険性を高める。ならば選択の余地などない。


『隠れるのをやめて、森に迷い込んたんです、助けてくだい! とでも言ってみます? 血でも出して怪我したフリをふれば、案外同情して仲間に入れてくれるかもしれませんよ』

 

 タマも笑いながら笑えない冗談を言うだけで、判断に異議を唱えることはないようだった。静かに溜め息を吐いて、辺りを眺める。塔の周りには誰もおらず、塔そのものも静かなままだ。


「ルイ君。ヤグラとコウが塔への入り方を相談しようと言っている」


 ジャミールから呼びかけに、ルイは出口の無い思考を止める。そして、出来るだけ早く前に進もうと改めて決めた。振り返れば、一行は大きな木と岩の影に集まり始めているようだった。

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