3-15 無条件殺戮識別圏(2)
一行からルイが離れていく。ルイは猿の死骸の少し手前へと辿り着くと、大小あるうち短いほうの刀を抜いた。
「ヤグラ。あれが血蜘蛛の女王を斬ったという剣かい?」
「それは腰にある長いほうだ。あれは赤く光ったが、この剣はまた少し違うようだ」
ジャミールとヤグラが見つめる先のルイは、脇差である白加賀を抜き片手正眼で構えていた。刀身からは仄かに白い光が溢れている。
「敵が近くにいるのでしょうか」
「何の気配もねえけど……それよりなんなんだよ、あの光る剣はよ」
サクヤの独り言のような呟きに、シロが同じく小声で返すも、サクヤは沈黙を貫いた。
迷いなく歩き続けるルイはそのまま死骸を通り過ぎていくかに見えた。しかし、少し手前で急に方向を右に変え死骸から離れていく。そして、死骸から少し離れたところで再び塔に向かって歩き始めた。ルイは脇差の白加賀を塔に向けたままだ。それから何回かルイが方向転換しながらジグザグに進み、それから戻ってきた。塔からの射撃は全く無かった。
猿の死骸を越え、白加賀を鞘に納めたルイへコウが問いかける。
「通ってよいところと、そうでないところ。それが見えているのだな?」
ルイが首肯する。ルイは塔からの狙撃の仕組みを文字通り見破っていた。いまルイの視界には、森の中に複雑に張り巡らされた血で染めたような赤い光の網が見えていた。
『赤外線センサーとはなんとも古典的な……。まあでも確かに最適解ですかね。こんな環境だと』
ルイも同じ想いであった。非可視スペクトルで放射される赤外線は多くの生物の視覚では認識することができない。それでいて照射することで物体との距離、それに電磁放射――要するに温度――を感知できるから、接近する動物や無人戦闘機械を感知するのに最適な技術である。
ただし、それは遥か過去の地球時代の話で、現代ではもう対策されている。網膜情報表示レンズやゴーグルを使えば容易く見破ることが出来る。軍事車両や機動戦闘服にとって電磁放射を偽装するのは基礎中の基礎だ。それをしなければ、私はここにいますと大声で叫んでいるようなもの。
そういう訳で現代における赤外線レーザーの活躍の場は、医療、お肌を改善する美容ぐらいしかない。
だが、ここ高天原では十分に役立つようだった。不可視の光を認識する装備を誰も持っていない。そのため、必然的に古典的技術である赤外線センサーには活用の余地があるというのがタマの予想であり、実際にその通りであった。
「はあ? 偶然じゃねーのかよ」
怪訝な表情でごねるシロを見て、ルイはゴーグル付きヘルメットを脱ぐ。
「これを被ってみればいいよ」
「はあ? そんなダッセェ兜……いやっ、俺が被る!」
シロは、ヘルメットに手を伸ばそうとするクロに気がつくと、その手を振り払って素早くヘルメットを被った。ヘルメットは自動的に内部半径を調整して最適な装着感を実現する。そして、バイザー越しの世界を見たシロは驚きの声をあげた。
「この兜、勝手に動いて――――うおっ!」
「見えた?」
ルイが問いかけるもシロは硬直したまま動かない。タマの補助によって、これまで見えなかった森の奥の微細な風景、そして至る所に配備された赤外線センサー網が明瞭に見えているのだ。
「……これは」
続いてヘルメットを被ったコウも感嘆の声を上げる。
「――なるほど……これは驚きだね」
続けてサクヤとヤグラがヘルメットを被って実際に赤外線レーザー網を目にし、そして2人とも無言の感嘆を示した。
それから一行は、どうやって歩いていくかについて話し合った。まず、ヘルメットなしでも網膜レンズでセンサーを感知できるルイが先頭に立つこととなった。最後尾はコウになった。シロも立候補したが「お前はまだ背後の察知が甘い」と否定された。
[タマのメモリーノート] ルイの機動戦闘服にも赤外線探知は効かない。だが、万が一を考えて接触実験は避けた。





