1-6 第三惑星(2)
ルイが目覚めて中央デッキに戻ると、タマは相変わらず不敵な笑みを浮かべて中空で猫座りをしていた。
『よく眠れたようですねえ。うん、睡眠不足は良くありません。判断力を低下させますし、それを低下を自分で気付けないところが一番やっかいですから』
「いまどうなってる?」
ルイは睡眠装置で数日眠って起きたとき、例の第三惑星に近づいている時刻であることを知った。ということは、主星、続いて第二惑星への接近と調査、さらには第四惑星を使ったスイングバイのすべてが問題なく終わっているということだった。なにかあれば強制起床する手はずだったから、何も問題が無かったということだ。そのことも含めてタマは順次説明を始めていく。
『第三惑星へ接近する計画は順調です。その過程で色々と観測していますのでお伝えしますね。まず、主星はいまのところ、というかこれまでずっと安定しています。第三惑星との距離もいい感じなので、住むには悪くない惑星っぽいですよ。第二惑星はちょっと珍しい特徴がありました。映しますね』
ルイの目の前に、第二惑星の精巧な立体映像が映し出される。丸い白銀の珠の如く優美に輝く姿に一瞬見とれたルイだったが、すぐ赤道付近に突起のようなものがあることに気が付く。
「なんか、こぶ? みたいのが付いているな」
『惑星探査プログラムは、衝突した小惑星の残骸だと推定しています。周囲に破片が少ないことから、数千年以上前の出来事とのことですよ』
「その前に生命が存在していた可能性は?」
『ほとんどない、とのことです。ちょっと大きめのホクロみたいで可愛いですねぇ』
ルイはソフォンの感性は良く分らんと思いつつ、続きを促すと、黄褐色のガス惑星が映し出される。スイングバイで使った第四惑星だ。
『スイングバイは問題なく完了しました。惑星のガス成分調査も行いましたが、特筆すべき特徴はありません。ちなみに、これまで人工的な拠点や衛星を含め、文明の痕跡は一切見つかっていません』
「で、これが第三惑星か」
ルイの目の前に超望遠光学センサーで捉えた第三惑星の姿が映し出される。解像度が荒いので細かいことは分からないが、白と青のマーブル模様であるようにルイには見えた。つまり、海と大気がある。
『解析結果によると海洋型。表面のほとんどが水に覆われている可能性もあります。雲の量からすると、大気は十分にありそうですね』
「人工衛星とか文明活動の兆しは全くなし?」
『ありません。地表からの各種放射データに人工的なパターンは認められません。極めて……その静かです』
「なにか気になってる?」
『惑星探査プログラムは何も異常を伝えていないんですけど、んー、ただ、なんというか。文明などなくても地表からの放射ってそれなりにあって、しかも自然に揺れ動くもんなんです。どうも安定しすぎてるんですよね。その、まあ、それがどうした、って言われても困ってしまうのですが』
タマは、船の高速演算装置を使っているにも拘らず、口ごもりながら統計的な事実だけを言った。
人間味を重視する第三種支援ソフォンは、会話のテンポに計算が追いつかない時には口ごもったりして会話時間を引き伸ばそうとする特徴がある。ルイはこのことを知っていた。
ということは、地表の静かさは統計的にはかなり珍しいものの、意味ある結論を導くのが極めて困難で、回答に膨大な計算を要しているとルイは受け止めた。
第三惑星には何かが待っているのではないか。それは、何か得体の知れないものなのではないか。ルイはいま自分が遭難していることも忘れて、不思議な予感に誘われるまま第三惑星を調査したくてたまらない気持ちになっていた。
*
さらに数日後、ルイとタマが望遠光学モニターに映った第三惑星の地表映像を見たとき、ルイはあまりの驚きのため、タマは瞬間的な計算量の増大のため、二人ともしばらく声を失うことになった。かろうじて早く我に返ったルイがつぶやく。
「……あれってさ」
『……稼働中の惑星探査プログラムも、間もなく同じ意見に達するでしょうね』
「都市区画、って言っていいのかな」
『言葉の定義次第ですが、そう呼んでも問題ないでしょうね』
「……なんか、いろいろあったみたいだな」
光学モニターが明らかにしたことは、まず第三惑星が地表のほとんどを水に覆われた海洋型惑星であるとの電波観測結果を裏付けたこと。
次いで、僅かながら大陸が存在するということ。
最後に、白い雲の裂け目から、大陸の中に格子状の地形を発見したことだった。
一辺が10km程度の完全な正方形の地形。その中に縦と横それぞれに等間隔で溝のようなものが彫られていて、正方形に区切られた各地区の中心には何か球体のようなものがある。
それは、宇宙から見えるほどの大規模建築技術を持った存在が、この惑星に存在していたことを雄弁に語っていた。ただ、赤外線などによる観測によればまったく熱量を発しておらず現在は稼働していないと見られる。ルイは丸めた餅を等間隔においたようだなと思いながら、紀ノ国や他の星系にも似たような巨大生産拠点がいくつかあることを思い出していた。
そして、この格子状の地形には極めて重要な特徴があった。それは南東に巨大なクレーターが存在しており、その巨大な円が区画の少なくない部分を飲み込んでいることだった。
何故、こんなクレーターがあるのかは分からない。大量破壊兵器なのか、不運な隕石衝突なのか。ただ、ここが本当に都市か生産拠点のようなものであり、クレーターが発生した時にも稼働中であったのなら、強烈な爆風と衝撃波、それに抉られた岩石の流弾により破滅的な打撃を被っただろうことは容易に想像できた。
『どうやら、このクレーターは少なくとも千年以上前にできたようです。発生原因を特定するには地表を詳細に調べる必要があるようですね』
「結構新しいな! 千年以上といっても10万年とかじゃないんだろ? っていうか、これ明らかに文明の痕跡だよな。じゃあ、降りて調べれば文明の痕跡がもっと分かる可能性は高いってことだよな」
『そこも含めて、惑星探査プログラムはここの現地調査を期待しているようですねえ。多数ある行動の選択肢のうち、地表調査の優先度を相当高めに設定してきています』
「それはなんとなく、僕が宇宙で迷子になっていることを考慮に入れてない気がするけど……ともかく葦原人類以外の知的生命体の痕跡の発見ってことにはなるのかな」
『ルイ、これは控えめに言って偉業ですよ。葦原人類初の居住可能な海を持った惑星の発見、それだけでなく初めての未知なる知的生命体の痕跡の発見です』
「……葦原に報告できたら、そうなるだろうね」
『ま、送ればいつか届くかもしれません。いつかは分かりませんけど。ちなみにルイにこの星系へ向かうよう進言したのはこのタマですから、真の功労者はタマですかね。うん、もはや伝説級のソフォンと言えるでしょう。ソフォンの殿堂入りは間違いでしょう』
「ソフォンの殿堂って、そんなのがあるのかよ」
タマはいつ葦原に通信が届くのか言わなかった。届くのが少なくとも数百年後のことだからだ。通信の専門知識をそれなり持つ航行士であるルイも、そのことは分かっていたからタマに具体的な期間を質問することはなかった。聞いても絶望が増すだけだからだ。
数式で構成されるソフォンのいったい何を展示するというのか、もしかしてアバターが提示されるのだとしたら自分の潜在的な好みとやらが大々的に晒されてしまうのではないか。
そうルイが思考を逃避気味に飛躍させ始めた時、タマは表情と声のトーンを急に落とし疑問を呈す。
『それにしても、妙ですね』
「ん?」
『こんな解像度しか出ない原因が分かりません。あのですね、この船の大気圏を持った惑星への探査能力はハッキリ言って貧弱です。そんなことは先行宙域調査船の役割ではありませんから。それでもですよ。本来ならもっと少し詳しい映像が取れてもおかしくないのです。なのに、そうはなりません。センサーや惑星探査プログラムに特段の異常はありません。大気がひどく濁っているわけでもないようです。そこがどうもよくわかりません』
そういわれてみれば確かに、とルイも頭をひねる。この船は量産型の宙域調査船だ。その本分は、船団に先立ってデブリや重力場の異常を探知することにあり、それ以外の機能は最低限に抑えられている。
であるから、大気圏内を探るための解析モジュールのような運用目的に合わない機能は搭載されていない。いま使っている惑星探査プログラムも、どの船にも一応あるような最低限のものでしかない。本格的な設備やソフトウェアは、極めて高価なうえ迂闊に使えば調べられる側に余計な不快感を与えるものだから、軍事や未踏星系調査の領域に属する専門船の装備に限定されている。
そうはいっても宙域調査船は遠方の宇宙デブリを発見して解析することを重要な任務の1つとしているため、搭載されている光学センサー自体はそこそこ高性能のはずだった。
『うーん、パラメータを変えて……ん、なんだっけ、あ、そうか。だめですねえ』
タマは試行錯誤を続けている。数度、瞬間的にフリーズしながらではあったので、ルイは少し珍しいなと思った。
それからしばらく、ルイとタマは原因について話し合ったが結局のところ棚上げして、他の調査結果を見ていくことにした。それは2日ほど続き、船が惑星周回軌道に乗ってから地表を何度か撮影することで情報量を増やすことには成功したが、精巧な地表データは結局得られなかった。
[タマのメモリーノート]新しくハイパーレーンを建設するに先立って目的地の星系まで先行する星間航路探査船には、高性能な惑星調査機能が搭載されている。ハイパーレーンの終点が安全な宙域であるのかを調べるのは重要な任務だ。





