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3-12 交渉(2)

「貴様、我らを脅そうというのか?」


 ジャミールはガナハの勢いに少し姿勢を引いて、背もたれに寄りかかった。ただ、話の主導権を譲る気はないようで、僅かに口の端に不敵な笑みを浮かべる。


「とんでもないさ。我々だってヒヌシ府のように火傷するのは……おっと失礼、ダルフィのギルド本部を襲ったヒヌシ府の貴族たちが次々と不幸な目にあっていったのは()()()()()であったな。それはともかく、まず俺がバルタンを扇動することはないと明言しておこう。そもそも、厄介者と呼ばれているだけあってな、簡単にみんなが俺の言葉に耳を貸すかは怪しいところだ。だがな、俺が言いたいのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことだ。どうだ? アズマ府や、それに最近はサメルサダ女王のお膝元であるドヤマング砦にも変な薬がだいぶ出回っているようじゃないか。それを踏まえて考えてみたまえ」


 ここでジャミールは杯を再び手に持ち、一気に茶を飲みつくす。そして今度はゆっくりと杯を机に置くと笑みを消してガナハを見据えた。


「はっきり言おう。麻薬、バルタン王族類縁の誘拐と奴隷化、そして神聖法廷の僅かな停滞。ひとつだけなら状況は動かないだろうよ。実際にこれまで動いてこなかった。だが、いまは全て揃っているじゃないか。こんなことは今まであったか? 我がバルタンは横に置いたとしても、サメルサダ女王の判断と行動は迅速だぞ。君たち盗賊――いや旅行者ギルドが、誤解だ、末端がやったことだから関係ない、なんて言って切り抜けられると思うのは自由だ。だが、我々は目の前にある問題を解決したいのだ。長期的な国の行く末という大きな問題を解決できると分かっている時に、君らの細かい言い分が気にされるかなんて、言うまでもないだろうよ。それはまさにギルドの考え方そのものだろうからね」


 ここまでジャミールは一気に喋り終えると、軽く立ち上がり自ら水差しを手にとって茶を注ぎ足す。杯からは僅かに湯気が上がった。それを見ながら無言でいたガナハは難しそうな顔をして軽く溜息をついてから口を開いた。もう怒気は押し殺したのか表には出していない。


「……それで脅していないつもりか?」

「ああ、本当に脅していない。ただ、ひとつの仮説を提示したまでだ。それにな、君らが間接的に砂賊と草賊が凶暴化していくことに貢献してしまっているのは事実だろう。その報いは俺がどうこうせずとも、いずれ返ってくる。これは歴史の必然さ。だから脅迫じゃないんだ」


 ジャミールの言葉を聞いたガナハは、ふう、と大きな溜息をついた。そして、ゆっくりと反り返って両肘を長椅子の背に乗せる。余裕あるも、王族への敬意は全く感じられない態度だ。


「で、それを言いにここまで来たのか? 他にも色々言いたいことがお有りのようだが、酒場を寄こせと言う話とどう関係する? ギルドが何を得て何を失うのか全然見えてこないぞ。それはどうなんだ?」


 ガナハは軽く馬鹿にしたような態度だ。しかし、ジャミールは機嫌を損ねるどころか、大きく好戦的な笑みを口に浮かべた。


「過程からと言ったのは君じゃないか、そう焦らないでくれたまえ。話の本筋はここからだ。実はな、俺らはこれから双子の塔を開放する」

「――!」


 ガナハの反応は、静かであったが劇的と言えた。これまでずっとガナハは様々な表情を見せたが、どれも制御されたものであった。しかし、ここに来てガナハは、心から意外との態度を見せた。


「本当か? ……いや、出来るのか?」

「この後すぐに、ではないかもしれない。だが、攻略の糸口は掴み近いうちに攻略してみせる。もし双子の塔が開通すれば、ここは交易所になる。櫛稲田からアズマ府を通り、バルタンやゴラムに抜けていく大動脈の交易所だ。必ずや実現しなければならん。今なら人員を他に割けるかもしれないというのは、本当はこっちに関係しているのだ。荷物の検査、警備、そして通行税を取る体制が必要だからな。道の整備も必要だろう。これは国の事業だ。バルタンが運営しなければならない」

「その時、ギルドはどうなる?」


 ガナハは、一段と真剣味を帯びた視線を投げかけながら顎に手を置く。


「そうなれば当然、君らの仕事が増えるだろう。それも櫛稲田、連合帝国、ゴラム、そしてバルタンが支持する真っ当な仕事だ。みな、荷運びと街道の整備で食い扶持が稼げるようになる。、生真面目な神聖法廷の騎士の摘発や、不真面目な聖職者どもへの賄賂からも解放される。だから、この話は君たちを救うことにもなると言うわけだ。どうだ、これが君たちの得るものだ」

「……」


 ガナハは沈黙する。併せてジャミールも沈黙する。考えさせる時間を与えることにしたようだった。


「……失うものをまだ言っていないな。ギルドはこの酒場を失う。そうだろう?」


 しばらく考えてから紡ぎ出したガナハの問いに対するジャミールの答えは平易でやや冷淡であった。


「それでも、協力したまえ。飯屋や宿屋、旅行品店の利権は残るのだから。人出の増加もあってかなりの収入が見込めるだろうよ。本当の酒場としての機能は他に移したって良い。そうしなければ、この酒場はただ廃れるしかない。そのことが君たちはよく分かっているはずだ。他に道はない」


 ジャミールの態度は平静だ。答えを確信しているのだろう。ルイはそう感じていた。だからこそ、10秒ほど思案して出したガナハの結論は意外だった。


「……よく分かった。熟考するに値する内容だった。酒場の未来についてもその通りだろう。――だが、断る。ただし、邪魔することもない。今日はここでゆっくり休んでいってくれ。ギルドの名において安全を保障する通達も出しておこう。必要に応じて物資も融通する。しかし、我々の協力はそこまでだ」


 ルイにはガナハの表情が少しスッキリしているように見えた。決断したということなのだろう。対するジャミールは不機嫌かつ怪訝な表情をしている。ここにきて攻守が入れ替わったような感覚をルイは覚えた。


「解せんな……ここの者たちはどうなる。次の仕事は簡単に見つからないのだろう? 煙の谷は櫛稲田と連合帝国の貴族どもが仕切るはずだ。他の輸送路に行こうにも、既に働いているものがいるから簡単ではないはずだ。酒場だって維持できないというなら、ギルドだけでなく君にとっても痛手のはずだ」

「ああ、それはあっている」

「我々が双子の塔を開放したら、君たちが中核の座を占めることは叶わないぞ。特段の貢献をしたと主張できないのだからな。その損失は莫大だと思うが?」

「それもあっている」


 ジャミールの問いにガナハは冷静に応じる。その雰囲気はもはや交渉というような緊迫したものではなく、雑談のような雰囲気になってしまっている。


「……なら何故だ」

「我らにもメンツというものがある。酒場を脅されて手放したとあっちゃ、もうギルドの評判は終わりだ。ガタ落ちなんてものではない。先ほど言っただろう、殿下の提案は印象が悪いと。そのこと自体は話を全て聞いた後でも決定的には変わらなかった。確かに、この一帯のことだけを考えれば提案に乗るべきだと思う。先程言ったように良い提案であった。だがな、殿下が言った様に旅行者ギルドは大きい組織だ。ギルドの影響力は広く世界に浸透している。つまり、メンツが立たなくなるとここだけの混乱では済まなくなる。他のあらゆる取引、権益で問題が起きるだろう。今、我々が厳しい状況にあるのは事実だが、それでも総合するとギルドの得にはならないと考えた」

「そうしたら……食えなくなった者たちはどうなる?」


 ジャミールに問われたガナハは動きを止め、続けて力を抜いて目の前の杯を手に取り残った全てを飲み干してから、意外そうな表情で苦笑いした。


「殿下。仕事にあぶれて飢えて野垂れ死にするぐらい、別に珍しいことでもなんでもないんだよ。ともかく、本当に双子の塔を打通(だつう)できたのなら、また色々と相談させてもらいたい。中核はバルタンが仕切るにしても、我々も色々と役にたつはずだ。だが、それは成功してからで良いだろう。仮定の話をしても仕方のないことだ」

「……ふん」


 ジャミールが腕を組み、沈黙する。誰もが議論はこれで終わり、と思っていそうだった。ルイも同様に思っていた。だからこそ、ルイは先ほどから思っていたことを言ってみても良いかもしれないと考えた。






 [タマのメモリーノート] 事前にジャミールが話したところによると、旅行者ギルドは交易を行う商人や労働者の互助会を表向きの役割としている。各地にある道の駅は、旅行者ギルドの支部でもあり、旅行者に対して食料と旅行用品を提供している。受益者である冒険者ギルドも運営に協力している。

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