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3-11 酒場(1)

「まだ陽も高いから、酒はやめておくか」


 そう言ってジャミールは、茶を人数分、と店員に頼む。その仕草や表情はいつも通りに自然だ。ジャミールの態度は心と自然に一致している。王族の末席に生まれ、自由に生きてきたもの特有の雰囲気であるのかもしれない。


 ルイはジャミールを少し羨ましく思う。二級市民の出身であるから、思うようには生きて来られなかった。生まれながらのエリートとは違う世界を生きている。そう思ってきた。

 ただし、エリート層になりたいかと言われれば、正直微妙だ。彼らは常に努力し、有能でなければならない。それは生まれながらの呪いのようにも見える。


 ルイは、サクヤも葦原のエリートと似た悩みを持っているのではないかと(ひそ)かに思っている。領主の娘であるが故の責任という名の呪いに、時折苦しんでいるように見える。ただの思い込みかもしれないが。

 

 一方、同じくエリートであるはずなのにジャミールは自由だ。加えて生まれながらの戦士であるヤグラも。今もヤグラとジャミールの表情はいつも通りだ。ヤグラは無表情で、ジャミールは僅かな笑みを浮かべている。

 二人の自由さを見て、ルイは二人が友人であることに納得がいく思いだった。生き方は大きく異なるが、自分のままでいるという本質は同じに見える。




 酒場は広く閑散としている。建物の構造はジャミールと初めて酒を交わした酒場と似ていた。広く柱がないために見晴らしが良い。中央にカウンターがあるところも同じだ。机と椅子が数多く並んでいて百人は入るだろう。

 ただ、いま店内にいるのは肌の暗い長身族が数人、岩肌族が数人だけだ。併せて十人にも満たず閑散としている。


 もしこの静けさが、煙の谷の発見によって密輸筋が潰れかけている結果だとしたら。酒場の全員から殺意を抱かれていてもおかしくない。そんな場所で一行は、念の為なるべく他の客から離れたところでテーブルを囲んでいた。


「俺はここが結構好きでな。この猥雑な感じが特にいい。ルイ君、どうだ?」


 ジャミールが機嫌良さそうに周囲を見渡す。タマのいう反逆芸術は、酒場の内側の壁にも多く描かれていた。様々な場所に、肌を露出させた艶めかしい男女の絵が描かれている。


「まあ珍しいというか、なんというか」


 ルイは無難に答える。答えながら、ヤグラに聞いても仕方ないし、女性のサクヤに聞くのも微妙だろうからジャミールは自分に聞くしかないだろうなと思う。


「割りと上品に生きてきたのかな? 興味がないわけじゃなさそうだが」

「いや、ここまで堂々とされると少し……」


 ルイの気分は言葉にしたとおりだった。猥雑な絵が苦手というわけではない。ルイにも健全な青年男子としての嗜みというものがある。だが、ここまで開けっぴろげに堂々と開陳されると、少し戸惑ってしまう。こういうものは隠れて見るもの、と葦原では決まっている。


 ルイの返答を聞いて、ジャミールは興味深そうな笑みを深めてから、しばらく当たり障りのない雑談を続けた。


 ダルフィは欲望も尊ぶ。色欲も当然尊重する。それが混沌都市と呼ばれる所以であり、こういう芸術が生まれる理由でもある。そんな気質が盗賊ギルドを生んだ。彼らは依頼人の欲望の赴くまま、為すべき事を為す。盗み、暗殺、諜報。対価として多額の金銭を求め、どんな相手であれ裏切りは許さない。


 脈絡は無くとも流れるようなジャミールの話をルイは興味深く聞いた。人の欲望は本能から生まれる。色欲も、遺伝子のバトンを後世に繋ぐという崇高な活動の一要素だ。生きて、食べて、繁殖する。そんな有機生命体の社会はどこも道徳と悪徳がせめぎ合う場になるのだろう。


「神聖法廷、シュラマナに行ったんだろう? こういう絵は無かったか?」

「あったら大変なことになっている気がする」


 聞かれたルイは、適当に答える。すると、なんとサクヤが乗っかってきた。


「櫛稲田にもこういうものはありませんが、少し興味深いですね……」

『おっ、サクヤもイケる口ですね!』


 ルイは、はしゃぐタマがゆらゆら揺らすアバターの尻尾を見て少し呆れる。タマがどういう経緯で男女の裸の絵をこのようになったのか全く分からない。

 それはそうと、サクヤが個人的に好むものを初めて知れたなとも思った。対象は少し意外だったが。

 

 そんなことを思いながら、ルイが椅子の背もたれに寄りかかると茶が運ばれて来た。去ってゆく店員を見送ってから、ジャミールが身を乗り出し小声で話し出す。


「さて、そろそろ接触があってもおかしくないが……」


 ジャミールは、武骨で素っ気ない陶器の湯飲みを持ち、茶を飲みながら周囲を瞳だけで見渡す。


『先ほどの店員、さっきからずっとこちらを盗み見てますね。確かにこれから何か起きるでしょう』

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