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1-1 まだ遠きプロローグ:約束の地

挿絵(By みてみん)

第1話は世界観。物語は次回から。

 2つの月の下、青年が一人、丘の上で遠くを眺めている。


 西の空には地平に沈まんとする黄金の太陽。眼下には青味がかった岩と土。その奥の入り江が夕焼けを受けて穏やかに輝いている。雄大な自然を前にした青年の黒い瞳には、困惑が浮かんでいた。


『いい加減、腹くくったらどうですかー』


 背後から、猫耳帽子を被って宙に浮かぶ半透明の少女が軽妙な調子で声を掛ける。


「そう、そう。観念しなって」


 横では赤毛の女性が笑っている。燃えるような髪から、陽気で勝ち気な眼差しが見える。


 青年は渋い顔のまま視線を手前に向ける。広場と粗末な小屋の間で、頭の無い数百のロボット達、そして変わった姿の人々が働いていた。ある者の肌は岩や鱗で、家や道路の建設など、過酷な肉体労働に従事している。だが、その表情は晴れやかだ。


 黙って丘に立つ青年へ、黒髪で和装の女性が歩み寄る。


「ルイ殿、交渉の案が出来ました。強気で進めます」


 凛とした声に、青年は少し驚く。


「……いいの?」

「向こうも譲歩できる範囲ですから」


 和装の女性は、髪から長く尖った耳をのぞかせ上品に笑う。青年ルイは何か言おうとするが、宙に浮かび不敵な笑みを浮かべる猫耳帽子の少女に遮られてしまう。


『じゃー、夜の会議は不要ですね。代わりに戦闘訓練の時間にしましょうかね』

「それ昨日やったから……」

『ダメです。ま、今日は相手の都合がつかないので休みにしてあげましょう』


 お前はもう、自分の時間を自由に決めることはできない。そう言外に告げる半透明の少女を見て、彼は表情の苦さをさらに深めた。だが、そうしても何も変わらない。仕事は山積み。人も足りない。


「ねえ、代わりにあたしと訓練じゃ駄目?」

『ロボット達の面倒がありますでしょ』


 浮遊する少女と赤毛の女性の軽口を聞きながら、遠くの入江を見て思う。


 ――ゼロからの都市づくりなど、自分には到底無理だ。しかも、こんな最果ての惑星でなんて。


 身の丈を遥かに越えた責任を前に、彼は無力さを痛感していた。独立都市の代表など柄ではない、力不足もいいところ。そもそも、自分はこの惑星にとって異邦人だ。統治する資格などあるのか。ルイは数日そう言ってきた。だが、仲間は誰も耳を貸さなかった。優しく、明瞭に「お前以外に誰がいるのか」と瞳で訴えた。


 本当は彼にも分かっていた。やらねばならない。やらねば、住める場所にならない。この場所以外に仲間たちが安心して暮らせる場所はない。

 そう改めて思うことで、ようやく自分が強くないとか、賢くないとかはどうでも良いことだと思えてきた。嘆いている暇は無かった。




 その夜、ルイは一人、粗末な寝台で天井を見つめていた。どこかから風が吹き込み、小さな口笛を鳴らす。そして考える。どうして末端社員だった自分が、見知らぬ惑星で都市づくりなどをすることになったのか。


 寝返りをうってふと、この話を誰かにするとしたらどこから始めたらよいのだろう、と思った。

 ここに至るには様々な事があった。あの研究所で人類の歴史を知った時か、現代兵器を使った時か、初めてこの惑星に来た時か。

 

 ルイの脳裏に1つの夜の光景が浮かんできた。遥か遠き故郷だ。


「最初から、か」


 自分はこの星の住人ではない。だから本当に最初から話さなければ、異邦人として生き抜いてきた気持ちは伝わらない。


 そう思い、この星に来る前のことをまぶたの裏に浮かべ始めた。そして、静かに浅い眠りに落ちていった。




 *



 人類の拠点<葦原星系>首都アメノミナカ。

 挿絵(By みてみん)




 地平には鋼鉄の都市が広がっていて、電子の輝きが夜空を照らしている。大小様々なビル、道路、自動走行車両。どれも様々な光を放っていて、近くにある光は識別できるが、地平近くの光は混ざり霧のようになっている。

 見渡す限り金属以外のものはなく、すべてが無骨で、実用的で、無機質だ。


 そんな淡い闇夜の空、蒼と灰のマーブル模様の巨大天体が浮かんでいる。大きさは腕を伸ばして開いた手のひらぐらいで、脆弱な星々が地上の光で覆い隠される中、ひときわ目につく。第2惑星<水雲星>だ。巨大なガス惑星で、目を凝らせばマーブル模様が動く様を見出すことが出来る。いま人類が住む地は、あの<水雲星>を周るこの小さな衛星だ。


 鋼鉄都市の中央には静かに回る観覧車があり、水雲星と接して宝石付きの指輪のようなシルエットを空に映し出していた。


 観覧車に乗っている人はほとんどいない。夜も遅いし、仮想現実で宇宙を旅できるこの時代に、地球時代を思わせる古いアトラクションだからもともと人気がない。今は、夜空を眺める青年が一人、乗っているだけ。


 青年の名はルイ。本名、水上類。背格好は成人だが、面影には少年の幼さがある。ルイは、地球時代の雰囲気を感じる、ゆったりとした観覧車が好きだった。

 そして、その中で地球時代の映像作品や小説に触れるのが好きだった。今も網膜表示装置によって目の前に当時の名画が映し出されている。もっとも何度も見た作品なので彼の視線は地平線の先へ向いている。


 遥か昔に地球から去った人類は、ここ葦原星系に居を構えている。ルイはここで生まれ、裕福とは決して言えない家庭に生まれた。それは、表向きだけ人権と平等を尊ぶこの社会において、一介の労働者として生涯を終えることを意味している。


 ルイを乗せた観覧車が、頂上を過ぎて地面に近づいていく。


 明日ルイは、ここを離れる予定だ。ルイが恒星間を行き交う貨物船の航行士として働き出したのは二年前のこと。地上に降りれば、彼のような毎日働かねば暮らしていけない「二級市民」は現実に向き合わなければならない。


 窓の外を見る。繁華街が眩しい。隣には、この距離でも家の大きさが分かる富裕層向け第一級住宅街、その周辺は少し小さい家が並ぶ第二級住宅街だ。その奥はルイの住む第三級住宅街だが、街灯が少ないから深い影の中に埋もれている。


 観覧車から降りたルイは、暗闇の中にある家へ向かって歩く。


 頭の中は明日からの初任務のことでいっぱいになっていた。だから、これから人類未踏の道を歩み、人類の罪を贖うことになるなど、想像すらしていなかった。

[葦原星系の全景]

 人類は地球から遠く離れ、今は葦原星系の衛星に拠点を構えている。

 挿絵(By みてみん)


補記<用語について>

※今後、世界観は「メモリーノート」というフレーバーテキストで随所説明されますが、読まなくても覚えなくても支障ございません。

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― 新着の感想 ―
遠い星系の話。そういう話、大好物です。(笑) 太陽系がどうなったのかとか気になりながら読んでました。 挿し絵がイメージ膨らませてくれて良いですね! これからゆっくり読み進めたいと思います。
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