社会復帰
なんかわかんないけど俺たちが倒したのは、絶対に倒しちゃいけないやつだったらしい…。
街に帰っても全然歓迎されないし、元老院のじじいたちにはブチギレられるしで意味がわからん。あれだけ魔王倒せとかなんとか言ってたのにいざ倒したらこれかよ。なんで?
とりあえず、まずは仕事を探さないといけない。こういうのって報奨金なり恩給とかがあるもんだと思ってたけど、それもなし。いくら俺たちが若いからってあんまりだ。いまさら福利厚生について聞かなかった当時の俺たちを責めてもしょうがない。
戦場では魔法使いの俺も、ここじゃただの【28歳 童貞 無職】←酷い…あんまりだ…。村での扱いもたまったもんじゃない。魔王討伐帰りの気色の悪い童貞クソ野郎は、安全だとわかるまで隔離ということになり、田舎の村の離れ(ボットン便所付き)で収容されるになった。たまに村の賑わったところに食料を買いに出ていっても、蔑んだ目で見られる。まるで不審者扱いだ。
魔王討伐の報告をした後、俺を含めた勇者パーティーは解散になり、元老院の許可なく集まることは禁止になった。表向けは休養とされているが、俺のこの扱いからするにそれも本当の理由かどうかは疑わしい。真相解明は後に回すとして、仲間の動向を噂でしか知ることができないのはどうしたものか。まったく、やれやれだ。こっちは魔王倒して豪華な打ち上げでもしようと思っていたのに。
とりあえず、これまでに集めた数少ない情報によると、
いわゆる“転生系”と呼ばれる勇者【カズマ】は、王宮にいて厳重に保護・隔離されているらしい。これは元老院による決定で、何やら勇者について様々な議論があるそう。
エルフで女騎士の【ミーシャ】は、女性インフルエンサーとしての影響力を強め「女性リーダー」「女性が戦うということ」といったテーマで講演をしているらしい。いかにも彼女らしい。活動家ってやつだ。
他五人の所在はよくわかっていないが、特に悪い噂も聞いていないから、似たような状況なんだろう。
思ったよりも、情報量がなくて(というよりは薄くて)困惑させたかもしれないが、今のところはこんな感じだ。これから先、わかっていくこともあるだろう。そんなもんだ。
街に着くまで、まだ時間があるから、何か他に話すべきこともあるんだろうが、俺は話すのが苦手だ。あまり得意じゃない。もしも俺が歴史の語り手ってやつにでもなったら、後世の人々に多大な迷惑をかけるだろうな。話が行ったり来たりで、まるでだめだ。なんでこんなに話すのが苦手になってしまったんだろうか。童貞だから?いやしかし、童貞だから話すのが苦手になったというより、話すのが苦手だから童貞になったんだろう。いやでも、それがいつか逆転したって不思議じゃない。この話はやめにしよう。退屈だ。
物語というやつは主人公について語られなければならない。だが俺は主人公って柄じゃない。魔法使いであって勇者じゃない。
18歳からカズマとずっと旅をしてきた。10年だ。月並みな表現だが、長いようで短いそんな日々だった。魔物や魔族との戦い、そして魔王との決着。最初に出くわした魔物が思ったよりも強いことにみんなビビっていた頃が懐かしい。あの時からカズマは強かった。彼はずっと強いままだ。魔物たちのゲリラ戦法に体力を消耗させられながらも、俺たちは着実にレベルアップをしてきた(カズマは最初からそういう次元ではなかった)。この世界の歴史には彼の名前が残る。俺の名は残らない。でも、それでも良いと思えるそんなやつだ。
やっぱり仲間と会いたい。会って話したい。
が、今は仕事探しだ。街のハローワークに行かなければならない。回想に耽るのは年金を貰い始めてからでいい(この国が40年後もまともに年金制度を続けていられていたらの話だが)。ひとまず誰かに道を尋ねないことには何も始まらない。まったく知らない人間に声をかけるというのは苦手なんだが、しょうがない。
「あにょ〜、へへっ…、いやぁ…あの怪しい者じゃないんですけどねぇ? `*’^_^““」
「「「「キャ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」」」」
悲鳴。混乱。
何だ?何が起きてる?!
「変態よっっ!!!!変態がっっっっっでっ出たわ〜〜ーー」
…こいつ、俺のことを変態だと!?殺すぞ!!
出来るだけ、笑顔を絶やさないように話しかけのだが、変態扱いされてしまった。道を尋ねるのも一苦労だ。どうしたものか、このまま道を聞き続けても街に「変態出没情報」が出回るだけだ。
《不審者情報》
身長:170cm台 体格:中肉中背 年齢:30代 髪型:短髪 服装:黒
実行者の言動や状況:挙動不審な男が通行中の女性に話しかける
現場の周辺施設:王立魔法学院大学
不審な者を見かけた場合、近寄らず速やかな通報をお願いします。
急いで仕事を見つけなければ!ニュース速報で【28歳 無職】はまずい!!せめて【フリーター】でなければ。とりあえず飲食店を探してみよう。そこならどんな人間でも受け入れてくれるだろう。まさか飲食店には拒絶されまい。
とにかく今は歩いて探すしかない。流石に十年間も離れていると、街の景色はすっかり変わっている。俺が学生の時は、家と学校の往復しかしてこなかったからまともに町を散策することもしてこなかった。とにかく魔法使いになることだけを求められていたし、趣味や街を散歩することなんて“必要”じゃなかったからしてこなかった。そうやって生きていれば、そりゃ他者と出会うこともないし、まして童貞を卒業できるはずもないんだ。学校に通って、勉強して、本を読んで、魔法使いになる。誰とも関わることなく、関係を構築することもなく、ただ真っ直ぐに目的だけを達成するための人生だった。その目的の最短距離に「童貞を卒業する」ということはなかった。せっかく魔王を倒したのだし、これからはそれを目標にしよう。目的のために生きない。これだ。僕は僕の人生の目的達成のための手段じゃあない。
「お客様何名様ですか?」
「見ればわかるだろ。独りだよ」
「失礼しました!すぐにご案内いたします」
古風でオサレな喫茶店に入りたかったが、初見で入るのは怖いのでやめた。外から中の様子や雰囲気がわかれば多少なりとも良いのだが、そうもいかない。外から中の様子がわかるということは、逆に、店内にいる時には外から見られる状況にあるということだ。何とも諸刃の剣。
有名チェーン店のファミレスを見つけたときには、まるでこの世界と戦う仲間を見つけた時の気持ちだった。迷子になったときには、心がキューっと締め付けられる。
ホームスイートホーム。もう安心だ。
案内されたのは、一人席の小さいテーブルだ。空いてるんだから四人席の大きめのテーブルでもいいじゃないかとクレームを出すところだったが、俺は寛容な人間だから我慢した。偉い(大人になったら自分で自分を褒めてやらないと誰も褒めてくれない。だったら自分が褒めてやらないと)。
ところで、ちょっと見ない間に机の形状が変わっている。円形のテーブルだ。なんだこれ、クソだな。オシャレを優先していて客のことを全く考えていないじゃないか。腕が置けないじゃないか、腕が!!こう、なんというか、たとえば本を読むときもずっと腕の置き場所に納得がいかないまま集中できずに終わってしまう、そんな感じ。本当に、勘弁してくれ。
…いーや待て。さっき俺は誓ったはずだ。目的で考えないということに。いいじゃないか、腕の置き場所ぐらい譲ってやっても。どうせそんな長時間居座るわけじゃないんだから。この丸テーブルが店の雰囲気を形成しているのだ。決して金や数値として表すことのできる価値ではないけれど、それはそれとしての価値があるのだ。童貞とか丸テーブルなんてのは、それが気持ち悪いからとか使い勝手が悪いからといって無闇矢鱈に非難して排除していいわけじゃない。
金もたくさんあるわけじゃないし、ポテトにドリンクバーの注文だけにしておこう。
このファミレスは、最近随分とその勢力を増していて、今や全国で見かけるようになっている。噂では魔力を使わずに、大量の料理を作る方法を生み出したらしいと聞く。確かに、これまでの町の飲食店とは異なり、店の中は整然としていて、どれも同じような机や椅子が並んでいる。特にどれが素晴らしいというわけではないが、特にこれがひどいということがあるわけでもない。店長の個性や店で働く人々に何か特性があるわけでも、親しくなりそうな気配もない。街の飲食店というと、気さくな店長や看板娘の存在が大きかったのだが、このファミレスは店長の顔も分からなければ、働く人間とも一瞬しか顔を合わせない。不思議なもんだ。俺みたいな童貞ならまだしも俺以外の多くもこの店に通うみたいだ。お前らは人と話すのが好きなんじゃないのかよ、まったく。
俺は人と話すのがあまり得意じゃない。さっきの店員とのやりとり、気のきいたジョークのつもりだったのだが、なんだか脅したようになってしまった。厄介な客だと思われるなんて勘弁だ。
申し訳なさから、その店員さんを目で追っているわけだが、特に気にしている素振りもない。一安心だ。女のくせに俺よりも背が高いのは少し癪だが、まぁいい、「研修中」のネームプレートに免じて多めに見てやろう。俺もここに帰ってきてから、ここでの暮らしとやらを研修しているといったところだ。むしろ彼女の方が働いているのだから俺なんかよりもよっぽど御立派だ。
運の悪いことに、日向の席だ。おまけに丸テーブル。長居はできない。さっさとハローワークへの道を誰かから聞き出さないといけない。この店内でさっきのような悲鳴をあげられたらたまったもんじゃないが、道端にいる素性のわからない人間としてではなく、店にいる「客」として聞くのだからまぁ大丈夫だろう。
店員は二人。一人はさっきの研修中の女店員で、もう一人はベテランっぽい男の店員だ。この選択は重要だ。自分が現在無職であることを知られてしまう。聞きやすいのは研修中の方だ。立場が低いから。もしベテランの方が社員だったりしたら、鼻で笑われながら(いや指を差しながら爆笑するかもしれない。社員とはそういう奴らだ)対応されるかもしれない。ただ後者の方が街に詳しい可能性は高い。
うーむ。さっきはジョークのつもりが脅したような形になってしまったし、今回は恥を忍んで(嘲笑されるかもしれないが)ベテランさんの方に聞くか。
「あっ、あ、すいません」
「はい。追加の注文ですか?」
「あ、え〜と、ちょっと道を聞きたくて」
「大丈夫ですけど。どこですか?」
「あの〜、いや、ちょっと、職業訓練の紹介所がどこかなとね」
「ハローワークですね。ここ店を出て大道りを道なりに進んで、噴水が見えると思うんで、そこを右に進むと左手に大きく『求人』って書いてあるのでわかると思います」
「あ〜!!ありがとうございます。いや友人が職探ししてましてね」
「は〜い。どうも」
ふぅ。会計を済ませファミレスをでる。なかなかいい店だった。また来よう。
外はもうじき雨が降りそうな黒い雲が出始めていた。雨が降ってくる前に早く用事を済ませたいところだ。
この街も随分と区画整備されている、とふと思わされる。昔は、雨が降るとこの赤土がぐちょぐちょと粘り気のある地面へと変わる。それは一ヶ月以上も続き、交通の便も悪くなる。ただ、今は道も石レンガで整えられて、天候に関わりなく街を歩き回れる。俺としては(そして俺以外の、多くの仕事を怠けたい人々にとっても)、雨が仕事を休む言い訳にならなくなってしまったわけで、やれやれ、まったく厄介なことをしてくれたというわけだ。道を石レンガで覆った人は、そういうことには頭が回らなかったのだろうか。どんな日も通ることのできる道を作るということは、雨に日も仕事ができるようになってしまうということだ。それは、晴耕雨読の日々がなくなることを意味する。晴れた日に仕事をし、雨の日は家でこもって本を読む。それが人間としての自然な暮らしというものだ。まったく、“技術”というのは敵か味方か。自分で投げたブーメランが自分の首を切る皮肉。
あの店員が俺を嘲笑い嘘の情報を伝えたことを考慮に入れることで裏切られた時の精神的ショックを軽減させながら道なりに進んでいくと、枯葉の溜まった薄緑の汚い噴水の近くに「求人」の文字が目に入った。よかった。嘘じゃなかった!職業訓練の紹介所はここにあったんだ!!今すぐ戻ってあの店員にその存在を伝えようかと思ったが、彼に教えてもらったのだから彼に伝えても困惑させるだけだろう。いやはや、本当のことを教えてくれる人がいるなんて幸せなことだ。こんな時代に人の優しさに触れて涙が…。俺はこんな優しい人を疑っていたのか。
しかし、「求人」の文字が近づいてくるにつれ、他に目に入ってくるものがあった。それは、魔王軍が解体されたことで、王国内に流れ込んできた移民魔族たちだった。