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第七話 当たり前の崩壊

 

 グリムゲルデの記憶は鮮血と死がほとんどを占めていた。


 魔族迎撃の任を果たすためだけに生み出された存在、それがワルキューレだ。その目的のために生きて死ぬことに生まれながらに『そうあれ』という環境で育ってきたグリムゲルデが疑問を持つことはなかった。


 幸運とか不運とか以前に、グリムゲルデにとっては殺し合うだけの日々が当たり前だったのだから。


 だけど。

 だけど、だ。


『わっひゃあ!? びっびっくりしたあ。あっ、そうだワルキューレさんっ、怪我大丈夫!? どこか痛いところはないかな!?』


 そういう表情は結界の『外』にあるもので、グリムゲルデには関係のないはずだった。


『私で良かったら話を聞くよ! どうしようもない「不運」なことってあるけど、話を聞いてもらうだけでも楽になるものだってのが私の経験則だしさ!!』


 人間とワルキューレは違う。

 人間同士の営みにおいては様々な表情が交わされるのかもしれないが、それがワルキューレに向けられることはない。


 そのはずなのに。

 ミナという少女は真っ直ぐにグリムゲルデの目を見て言葉をぶつけてきた。それどころかグリムゲルデのことを力の限り抱きしめたのだ。


 誰かと触れ合うとすれば、それは魔族と殺し合う時だけだった。触れ合いとはどこまでも冷たいもののはずだった。


 それなのに、あの時だけは。

 胸の奥からじんわりと暖かい何かが溢れてきた。


 だから、だろうか。

 傷が完全に治ってもミナがグリムゲルデのためにと巻いてくれた薄い青のハンカチをそのままにしているのは。


 言語化して説明はできなかったけど、どうしてだか外したくないと感じたから。


『何か用ですか?』


『うえっ!?』


 そして、おそらくは、その言語化できない何かに引っ張られるように今日ミナに声をかけたのだろう。一目見かけただけで声をかけたいとそう思ったがために。


 魔族迎撃の任を忘れたわけではない。

 それでも、せめて、魔族が攻めてくるまでの『暇な時間』くらいはミナと言葉を交わしていてもいいはずだ。


 これまで黙って待機していた時間をどう使おうとも任に支障は出ないのだから。


 ──そんなこんなで『お話』において期待に応えられなかったので今後の参考にとミナにお手本を示してもらうよう頼んだのだが、どうにもミナもうまくできなかったようだ。


 汗まみれでしどろもどろにわちゃわちゃしていたかと思えば『ようしこうなれば必殺ギャグ祭りだコラァーッ!!』とか叫んでしばらくして『ぴくりとも笑わないよ滑り倒したよお!!』と頭を抱えていたのだから。


「そうだよ私が口だけ女だよお……。人様、いいやワルキューレ様に偉そうにダメ出ししておいて無様を晒したクソッタレだよお」


「すみません。こういう時どんな風に返せばいいのかわからなくて」


 だって、グリムゲルデは任務を抜きにして誰かと話すことなど昨日が初めてで、普通の人間が積み重ねている当たり前が欠落しているから。


 そうして何もできず固まっているグリムゲルデを見て、ミナはなんともなしにこう告げた。


「別に無理することないって。もっと楽に、肩の力を抜いていこうよっ」


「え……?」


「世間話に正解とか不正解とかないしね。いやまあついさっきグリムゲルデさんにダメ出しかましやがった私が言うのもなんだけど!!」


 だから、と。

 屈託のない笑顔でミナはグリムゲルデの頭に手を置き、わしゃわしゃと乱暴に撫で回しながら、


「グリムゲルデさんのしたいようにしてくれていいんだよっ。私なんてそんな気遣ってもらうような上等な人間じゃないんだしさ!!」


「グリムゲルデの、したいように……」


「そうそうっ」


 その時、グリムゲルデの脳裏に浮かんだのは昨日の一幕だった。


 グリムゲルデのしたいように。

 おそらくは生まれて初めての衝動に逆らわず、グリムゲルデは行動した。



 その両腕でミナのことを抱きしめたのだ。



「わっ。ええっと、グリムゲルデさん?」


「…………、」


「うーむ、まあいっか!」


 ぎゅっと。

 抱きしめ返されたのが、ひどくグリムゲルデの心を乱した。それがなぜであるかまでは言語化できなかったが。



 ーーー☆ーーー



 ゴッドォッッッン!!!! と。

 王国最北端の街に『それ』は刻まれた。



 ーーー☆ーーー



「ぶっ、あぶっ、なになに今のなに!?」


 閃光、轟音、激震。

 一つ一つの現象をまともに捉えることもできなかった。ゆえにミナを抱きしめたままグリムゲルデが近くの五階建ての建物の屋上までひとっ飛びして初めて『それ』を認識することができた。



 街が真っ赤な直線でもって『両断』されていた。マグマのように赤熱した『両断』の跡は街の四分の一は呑み込んでしまっているだろう。



「……は……?」


 今になって熱波が肌に吹きつけていることに気づいた。五階建ての建物の屋上から両断箇所まではキロ単位で距離はあるというのに、だ。


 どうしようもない不安な気持ちに後押しされるように腕の中からグリムゲルデの顔を見上げたミナは気づく。その視線が両断箇所には向いていないことに。


 この状況でグリムゲルデは破壊の跡以外の何かに注目していた。


「…………、」


 ギヂギヂ、と。

 どうしようもなく怖くて、見たくないのに、ここで目を逸らしたら致命的だと魂の底の底からの警報に引っ張られる形で視線を動かす。


 グリムゲルデの視線の先。

 両断箇所の始点。

 王国最北端の街の外に立つ影が一つ。



 それは燃えるような逆立つ赤髪に赤に近い褐色の肌をした巨人だった。十メートルを超える巨体の右腕には体躯に並ぶ長大な何かが握られていた。


 剣にしては歪な、巨大な木の枝にも似た無骨な得物が眩い限りの炎を纏っていた。それこそが街を両断した凶器なのだろう。



「あ、れ?」


 魔族の三次元空間への侵攻。それ自体は昨日にもあったことだ。


 だが、そう、あれはあくまで三次元空間よりも『上』から王国守護結界『ミッドガルド』を迂回する形だったはずだ。そういった手段を使うには空間跳躍魔法が必要であり、ワルキューレはその魔法の反応を基に魔族の侵攻を感知しているらしい。


 では、今は?

 どうしてグリムゲルデは半透明でも何でもない、三次元空間に君臨するあの巨人が王国最北端の街を両断するまでその接近に気づけなかった?


「……破ったです」


「え?」


「あの巨人、空間跳躍魔法を使わずに王国守護結界『ミッドガルド』を力づくで破ったです」


 昨日の魔族だって王国守護結界『ミッドガルド』を避けて侵攻してきた。真っ向勝負ではかの結界は破れない、そんな当たり前があったからこそ絡め手を使うしかなかったのだ。


 だが、あの巨人は違う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 巨人が、迫る。

 昨日の魔族とも比較にならない、正真正銘の脅威が。

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