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第二話 自己満足で終わらせないためには


 一つ、魔族は強靭な肉体や膨大な魔力を持つ人間が絶対に敵わない怪物である。


 一つ、魔族は王国を除くありとあらゆる国家を滅ぼした人類の敵対者である。


 一つ、魔族に交渉や懐柔や降伏は通用しない。出会ったら殺される。それが絶対のルールである。


 一つ、魔族に対抗できる戦力はワルキューレのみ。王国が今日まで存続しているのはひとえにワルキューレという防衛戦力があったからである。


「待って待って待ってってば! こんなのツイてないにも程があるよお!!」


 肌にぴったりとはりついて身体のラインがくっきりと浮かぶ純白のバトルスーツはそこらの鎧を凌駕する防御力があるはずなのだが、ズタズタに引き裂かれていた。


 銀髪赤目というワルキューレ特有の外見の、ミナよりもいくつか年上だろう女であった。どこか人形のように無機質な彼女の右腕の肉は内側から弾けるように抉れ、左腕はあらぬ方向に曲がり、貫かれた脇腹から勢いよく鮮血が噴き出している。そんな有様で未だ死んでいないのが不思議なほどだ。


 紛うことなき敗北。

 半透明の、視界に入ってはいても『いつものこと』だと他人事のように見過ごされてきた闘争の果て。ワルキューレはこれまで一度も負けていない。だから自分たちに危害が及ぶわけがない。そんな根拠なき安全神話は崩壊した。


 さらなる轟音。

 ワルキューレの近くに降り立つ影が一つ。


 それはシルエットこそ人間のようであったが、見た目だけは人間とそう変わらないワルキューレと違ってどこからどう見ても化け物であった。


 全身を波打つ禍々しい赤黒い何かで覆った、三メートルはある巨体。人類の敵対者、魔族。出会ったら殺されるとされる災厄の象徴である。


 両腕にあたる部分は赤黒い何かが『槍』のように伸びていた。それらを地面に引きずりながらワルキューレへと歩み寄る。


 そこでようやく広場に悲鳴が炸裂した。

 安全神話。他人事のように気にしてこなかった『向こう側』の住人が自分たちが生きる領域に飛び込んできた。その脅威が自分たちに向かう前に我先にと逃げ出したのだ。


『不運』にもワルキューレが敗北する現場に鉢合わせた。だから巻き込まれて死ぬのは嫌だと逃げ出すのは当然だ。誰だって王国以外の国々を滅ぼした最低最悪の怪物に殺されるなんて嫌に決まっている。


「……ッッッ!!」


 やはりミナは運が悪い。

 これまで無敗だったワルキューレが敗北する現場に『不運』にも鉢合わせるなんてツイていないとしか言いようがない。


 逃げるのが生き残るための最適解だ。『不運』というとびっきりの特徴以外はありふれた、単なる少女にできることは何もない。今現在狙われているワルキューレは可哀想だが、彼女が殺されるまでの僅かな猶予でもってできるだけ遠くに逃げるべきだ。


 だから。

 だから!

 だから!!



「何ダ、オマエ、ハ?」


「あは、あはははは……うわあん私ってば何やっているんだよお!!」



 だんっ!! と。

 ミナはワルキューレの女を庇うように前に出たのだ。



 どうしてこんなことをしているのか、ミナは明確に言語化することすらできていなかった。だけど、それでも、気がつけば身体が動いていた。生き残るための最適解、生物としての本能を振り払うほどの何かがあったがために。


「にっ逃げ、早く逃げないとっ、ああもう早く起きてよなんかワルキューレの凄い力でこの状況どうにかしてよお!!」


 魔族に背を向け、ワルキューレを揺さぶるが反応がなく、悪態をつくように叫ぶミナ。ワルキューレを引きずって逃げようとするが、普通に逃げていたって逃げ切るのは難しいくらいの力の差があるのだ。ワルキューレを連れて逃げられるわけがない。


「フン」


 一薙ぎだった。

 まずはミナ、そして次にワルキューレの女を粉砕する軌道でもって禍々しい赤黒い槍が振るわれたのだ。


 人間が太刀打ち不可能な脅威、つまり必殺。

 人類守護の要であるワルキューレさえも打倒してみせた必殺は単なる少女の命など瞬く間に消し飛ばすだけの力がある。



 ーーー☆ーーー



 王国最北端の街に爆音が炸裂した。



 ーーー☆ーーー



 死んだと、そう思った。


「が、あぶっ、べぶばあ……ッ!?」


 背中に走る激痛にミナは全身が異様に痙攣するのを感じていた。痛い、とにかく痛い。もしも今でなければ泣き叫んで転がり回っていただろう。


 その両腕の中にワルキューレの女の温もりがなければ。


(そ、うか……。布袋には、空になった魔石を入れていたっけ……)


 ミナは先程まで魔石交換の業務についていた。魔道具から空になった魔石を取り外し、代わりに魔力が満タンの魔石を取り付ける、となれば、業務終わりには背中の布袋には空の魔石が貯め込まれることとなる。


 本来であれば支店に持ち帰り、そこから街の端にある倉庫に運ばれて、一定以上たまったら魔力充填のために『ドヴェルグ』の大規模工房まで輸送される手はずとなっている。魔力充填自体は魔力を触れさせるだけでいいのだが、劣悪な魔力を注ぎ込んだり規定量以下の魔力しか充填されなかったりといったことが起きると品質を担保できなくなる。ゆえに魔力充填は設備の整った場所で行われるのだ。


 ……などと、どうでもいいことまで考えているのは現実逃避か。振り払うように首を横に振るミナ。


 クビになった衝撃で空の魔石が詰まった布袋を背負ったまま飛び出したのがギリギリで命を繋いだ。禍々しい赤黒い何かは魔法なのだろう。ゆえに空の魔石が接触したことで魔力を充填、しかし魔石の許容量では魔族の魔法を吸収しきることはできず、結果として過剰充填による爆発が起きたということだ。


 その爆発で吹き飛ばされたお陰で槍で胴体を真っ二つにされるようなことはなかったが、それもこの一度のみ。魔石はすでに全て吹き飛んだ。しかも先の爆発で全身がひどく痛むせいか、ろくに身動きがとれなかった。


 状況は良くなってなどいない。

『不運』なミナは身動きが取れないまま嬲り殺しにされるだけだ。


「ああくそ……。馬鹿やったなあ」


 追い詰められたからといって眠っていた力が覚醒するとか、実は伝説の武器を所持していたとか、そんな都合のいい展開はない。


 ミナは『不運』であること以外はどこまでもいっても何の力もない少女であるのだから。



 ーーー☆ーーー



「……?」


 三メートルを越す巨体が首を傾げていた。

 槍は少女を叩くはずだった。だが、そう、少女が背負っていた膨らみに膨らんだ布袋に槍が当たった瞬間、爆発が起きたのだ。


 結果、その爆発に巻き込まれて少女やワルキューレは吹き飛んだ。槍から逃れる形で。


「マァ、イイ。ドウセ、次デ、終ワリ、ダ」


 呟き、魔族はゆっくりと歩を進める。

 一度難を逃れたところで意味はない。その槍が一度でも直撃すればその時点で魔族の勝利は確定するのだから。


 そのはずだった。

 ドッゴォン!! と魔族の顔面に何かが叩きつけられた。


 小麦粉が詰まった木箱であると気が付いた時には辺り一面が真っ白に染め上げられていた。魔族が槍を振るい、白き粉塵を払った時には少女もワルキューレも消え失せていた。


「フン。無駄ナ、足掻キ、ダナ」



 ーーー☆ーーー



 ミナは『不運』なだけのありふれた少女だ。ゆえにあの状況で何かができたわけもない。


 ワルキューレの女は意識を失っている。仮に覚醒していたとしても現状の損傷した身体ではロクな抵抗もできない。


 では、『不運』に屈するどころか跳ね除けて煙幕による目眩しに乗じてミナやワルキューレを助け出したのは誰か。


「オリビアさん!?」


「まったく、ミナちゃんの不運もここまでくると逆に感心しちゃうわねえ」


 ミナの首根っこ『だけ』を掴んで広場から飛び出し、路地裏まで駆け抜けたオリビアはどこか冷めた目でこう言った。



「それじゃあ、ミナちゃん。その両手に抱いたワルキューレ、ここで捨てていきましょうか」



「……冗談、だよね?」


「あら、冗談に聞こえたかしら」


 笑顔であった。

 いつもの笑顔であるはずなのに、どこまでも底冷えするものがあった。


 オリビアはゆっくりと、幼子に言い含めるように優しく、残酷に言葉を並べる。


「いくらアタシでも魔族が相手だと逃げるのは不可能よ。ただし足止めとなるものがあれば話は別。ワルキューレ。魔族にとっては優先して殺しておきたい標的よね。だったらそこのワルキューレが狙われている間に距離を取れば逃げ切れるかもしれない」


「でもっ、オリビアさんっ! それってワルキューレさんを見殺しにするってことだよね!?」


「そうね、それが?」


 自然に、当たり前のように。

 オリビアは続ける。


「これまでだってそこのワルキューレが命懸けで戦っているのを見て見ぬフリをしてきた。案外楽勝ってわけじゃなくて、今のようなピンチだって何度もあったかもしれないとしてもよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わざわざ今になってスタンスを変える必要なんてないわよ。なぁに、常勝無敗のワルキューレ様であればここからだって大逆転して、いつものようにアタシたちを守ってくれるはずだから心配いらないわよ」


「そんなっ、今のワルキューレさんが大逆転とかできないってわかっているくせに!!」


「逆にミナちゃんはどうしてそこまでワルキューレに固執しているのよ? ついさっき顔を合わせただけの他人じゃない。『不運』にも巻き込まれてしまったからといって最後まで付き合う理由なんてどこにもないわよ」


「そんなことないっ。理由なら、あるわよ!!」


「それは?」


「それは……うまく言葉にできないけど」


 言語化することはできなくとも、ミナはワルキューレの女を助けるために飛び出した。そんなことをすれば確実に死ぬとわかっていて、それでも放っておくことはできなかった。


 なぜかなんて知らない。それでも飛び出した、それ以上も以下もない。


「それでも、だけど! どうにかワルキューレさんも連れて逃げられないかな!?」


「無理よ。そもそもミナちゃんのためならまだしも、そんな女のために命をかける義理はないからねえ」


「オリビアさんっ」


「ねえミナちゃん。あまり我儘言うなら、気は進まないけど力づくってことになるわよ?」


 オリビアは本気だろう。そして、力づくとなれば裏街道を席巻する女傑に単なる少女が敵うわけもない。


 ゆえに、提示するしかないのだ。


 ワルキューレの女を匿えば確実に魔族に狙われる。そうなればワルキューレの女に巻き込まれる形でミナも殺される。だからついさっき顔を合わせただけの他人なんて見捨ててしまえ、というオリビアの意見を跳ね除けるだけの何かを。


 言語化不可能な想いを自己満足で終わらせないために必要なものはなんだ?


 …………。

 …………。

 …………。


「オリビアさん。私、今からすっごく馬鹿げたこと言うけど、笑わずに最後まで聞いてくれないかな」


「なによ?」


「今のこの状況ってさ、魔族が最強無敵の絶対的脅威だからどうにか逃げないと生き残れないってのが前提としてあるから話が拗れているんだよね」


「それが?」


「だったらさ、最強無敵を気取っている魔族をぶっ倒すことができるならごちゃごちゃ悩む必要ないってことだよね!?」


 さしものオリビアもそんな答えは想定していなかったのか、咄嗟に反応できなかった。

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