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第十一話 知らない街

 


 ミナが目が覚めると、そこは知らない街だった。



「……えーっと」


 両断され、焼き尽くされてと散々な有様の生まれ故郷とは比べ物にならないほどに活気のある街だった。


 普通の人間であれば慌てふためく状況なのだろうが、この程度のことは()()()()()()()()()()()()()()()()に慣れてしまっているミナの心を乱すような要因にはならない。


 だからこそ、自分を背負う女に声をかけるだけの余裕があった。


「グリムゲルデさーん。これはどういうことなのかなー?」


「グリムゲルデは王都に来るよう命令されたです」


「あっ、ここ王都なんだ。そりゃあ活気があるに決まってるよね」


「ですのでミナも一緒にどうかと思った次第です」


「なーる。そういうことなら連れ出す前に一言くらいは欲しかったかな」


「申し訳ないです。怒っている、です?」


 その声音はあくまで淡々としたものだったが、どうにもしょんぼりしている気がするのはミナの勘違いだろうか。


「べっつに怒ってはないよ。どうせあの街にいたって今頃お前のせいで街がメチャクチャになったんだーだとか死んだ人間に詫びろーだとか言われて石でも投げられていただろうしね。あれ? そう考えれば新天地に逃げられたのは私らしくもなくツイているんじゃない!? 王都なら働き口だって見つかるだろうしさっ。いやまあオリビアさんに一声くらいかけておきたかったけど、それはそれとしてグリムゲルデさんには感謝しかないから本当気にしないでよねっ」


「待つですよ。どうしてミナのせいなのです?」


「ん? 何が???」


「巨人が襲来したのは巨人の意思であり、街が壊滅したのは北部守護担当としての役目を果たせなかったグリムゲルデのせいです。どうして守られるべき民間人の一人であるミナに責任が及ぶです?」


「いや、だって」


 その時、ミナはどうしてグリムゲルデがそんな当たり前のことを疑問に思うのか、心の底から理解できていなかった。


 命をかけて人々を魔族の脅威から守るのが当然、というグリムゲルデも今のミナと同じなのだと果たして本人は気づくことができていたか。



「私、『不運』なんだもん。あんなことが起きたならそれは私のせいだよ」


「意味がわからないです」



 だから。

 そうして返されることも、いつかのグリムゲルデと同じように予想していなかっただろう。


「不運? 万が一ミナが人よりも運が悪いとして、どうして巨人の罪業をミナが背負う必要があるです? 悪いのは巨人であり、ミナは巻き込まれただけです。それなのに──」


「それでも、やっぱり悪いのは私なんだよ。私が『不運』なのがみんなに迷惑をかけているんだからさ」


 淡々と。

 ミナらしくもなく、感情を感じさせない声音であった。


「だって私は不運で、だって私さえいなければ巨人が街を襲うこともなかったかもしれなくて、だって私がこんなにもツイていなかったらグリムゲルデさんだっていつも通り余裕をもって巨人を迎撃できていたかもしれなくて、だって、だって、だって……そういうものだから」


 グリムゲルデと同じような声音で、だけど致命的に異なるのは感情が希薄であるかそうでないかだ。


 ミナはグリムゲルデと違って感情は豊かなほうであり、であれば今だって何も感じていないはずがないのだ。


 巨人に両断され、燃え盛る街。

 総人口の何割という数が死んだ、どうしようもなく『不運』なあの結果を自分一人のせいだと責めるような目で糾弾されることに何も感じないわけがない。


 だけど、それでも。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()あの頃にはもう戻れないから。


 ミナは『不運』だ。

 彼女の周りで起きるあらゆる不幸な出来事は全てミナのせいなのだ。


 そういうものなのだと誰もが納得するだけの事例が数多く確認されている。ならば、そんなもの、自分は悪くないなんて言えるわけが──


「ミナは悪くないです」


「……え?」


 その声音に迷いはなかった。

 いつものように波のない、淡々とした、それでいていつもよりも強く断言するような。


「なんで、そんなっ、だって!!」


「魔族迎撃はワルキューレの役目であり、先の結果はグリムゲルデの弱さが招いたものです。ミナのお陰で巨人を撃破できたことに感謝こそすれど、ミナのせいであんなことになったと責める理由がないです」


「だからっそれは! 私が『不運』なのが全ての原因で……ッ!!」


「ミナのせいではないです」


「私のせいなんだって!!」


「……、このままでは堂々巡りですね」


 でしたら、と。

 グリムゲルデはいつもの、真っ直ぐで迷いのない淡々とした声音でこう言ったのだ。



「これからはどんな『不運』もグリムゲルデが覆してやるです。そうすればミナも自分のせいで誰かを傷つけたなどと思い悩むこともないです」



「え……?」


 呆然と。

 何を言われたのかわかっていないミナにグリムゲルデは淡々と続ける。


「はっきり言うとグリムゲルデにとっては『不運』が本当なのか、先の襲撃や街の被害はミナのせいなのか、そんなものはどうでもいいです。大事なのはミナがそのことで大勢に責められたり、自分のせいだと背負って傷ついてしまうことです。そういうのは『嫌だ』と感じているですよ」


 その時。

 無表情で、淡々とした声音の、ハタから見るだけでは何の感情も読め取れないワルキューレの女は確かに言ったのだ。『嫌だ』、と。


「残念ながら言葉では先の襲撃や街の被害がもたらす罪悪感を拭うことはできないようですが、それならそれで仕方ないです。そちらは時間をかけて対処するとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな時にミナが傷つかないようグリムゲルデも力を尽くすです」


「グリムゲルデ、さん」


「『不運』だろうが何だろうが関係ないです。全て撃滅して、ミナが傷つかないでいいようにしてやるです」


「は、はは。別にさ、こんなのもう慣れっこだからそんなに気にしなくていいんだけど、だけど」


 ぎゅっと。

 グリムゲルデに背負われているミナはその両腕に力を込める。首に回した両腕でワルキューレの女の存在をしっかりと確かめるように。


「ありがと。ちょっと楽になったよ」


「それなら良かったです」


 ああ。

 どうしてこんなにも頬が熱いのかと思いながら、ミナは知らず知らずのうちに小さく口の端に笑みを浮かべていた。



 ーーー☆ーーー



 朝になったら行方知れずとなったミナの探索を命じられていた『組織』の構成員たちは揃いも揃って寒くもないのにガタガタと震えていた。


 屈強な構成員たちは誰もが『組織』に属するまでは裏街道では有名な者たちだった。並の騎士であればダース単位で八つ裂きにして無傷で生還するような、これまで数々の悪虐に手を染めてなおも国家権力が捕らえることができない暴力の持ち主たちなのだ。


 そんな裏街道の強者が数十人も揃っているというのに、たった一人の女を前にして震えて跪くしかなかった。


「見つけられなかった、ねえ」


「は、はいっ。少なくとも街の中には、もういないのではないかとっ」


「ふうん」


 それは妖艶な女であった。路地裏の一角、人の目の届かない寂れた家屋──に偽造した『組織』の本拠地にこんなにも美しい女がいれば瞬く間に食い物にされたっておかしくないだろうが、もちろん彼女に手を出すような愚行を犯す者はいない。


 オリビア。

 漆黒のドレスを纏いし生粋の悪女に邪な視線でも向けようものなら路地裏に赤黒いシミとなって撒き散らされる末路を招くと知っているからだ。


「ワルキューレの女は?」


「そ、そちらも、消息は不明、です」


「なるほど、なるほど、なるほどねえ」


 くつくつと。

 肩を揺らして、笑みを浮かべるオリビア。

 これは愛想笑いでも返すべきなのかと右目を裂く大きな古傷がある構成員の一人がニヤニヤと笑った途端であった。



「何がおかしいわけ?」



 ぶっしゅう!! と。

 悪趣味にも古傷をなぞる形で構成員の一人の顔面が()()()


 頭蓋骨まで引き裂かれ、頭の中に詰まったモノをこぼして倒れる構成員。赤と黒が噴き出す中、裏街道を闊歩する悪女はこう吐き捨てた。


「やあっぱりあの時殺しておくべきだったのよ。『ユグドラシル』は『構造』的に利用できないということにして巨人がワルキューレの女を殺すまで待っておくとか、『ユグドラシル』の魔力の束がほんのちょっとズレたということにして巨人とワルキューレの女を纏めて消し飛ばすとかやりようはいくらでもあったんだから。アタシとしたことが()()だけで実行できず、こんな事態を招くなんて本当笑えないわねえ」


 おそらくミナはグリムゲルデと共にいる。

 どちらの意思でもってなのかは知らない。オリビアの手の中からミナがいなくなった、それ以上に重要なことは存在しないのだから。


「うん、とりあえずあのワルキューレの女はぶち殺そうそうしよう。ミナの望みだからといってこれ以上あんなのを生かしておけるものかって話よねえ」


 やらずに後悔するくらいならやってしまったほうがマシだ。その結果としてこれまでミナを手の中に保持できていたのだから、これからだって変に悩むことなくやりたいことをやればいい。


 そう、ミナがオリビアの手の中に入ったあの時と同じく。

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