第十話 決着、そして
ズズン……ッ!! と地下道に重々しい震動と轟音が走った。重量のある何かが勢いよく叩きつけられた余波である。
「やった……。やったやったっ! 今のって巨人が倒れた音だよねっ」
上方に突き抜けた『ユグドラシル』の魔力の束が地下道をぶち抜いて地上に続く大穴を開けていた。そこから日光が降り注いでいたが、流石に地上の様子までは確認できない。
それでも重量のある何かが倒れたような震動と轟音が走ったのならば決着はついたと考えてもいいだろう。
「やったよオリビアさんっ。これでグリムゲルデさんは死なずに済むよ!!」
「そうねえ」
言葉とは裏腹に、オリビアはどこか悩むような目で地上に続く大穴を見つめていた。
ーーー☆ーーー
巨人の胴体は『ユグドラシル』によって誘導された魔力の束に貫かれて消滅した。
それこそ両断でもされたかのように切り分けられた上半身と下半身とが地面に叩きつけられた。
それが結果だ。
いかに人間の常識においては勝敗がついたように見えようとも『巨人が死んだ』という結果までは確定していない。
「は、ハッハッ……!!」
昨日、グリムゲルデは魔族との戦闘によって普通の人間ならば致命傷となるほどのダメージを受けた。それでもワルキューレの生命力の高さによって死ぬことはなかったというのならば、ワルキューレよりも強い巨人にだって同じことが言えるはずだ。
巨人の生命力の高さを計算できなかった。それが作戦失敗に繋がった『不運』である。
「はっははははははッ!! なんだなんだァおい!! 俺様は『四大災厄』が一角、巨人王スルトだぞ。それが、こんなっ、無様に這いつくばるだなんて論外だよなあ!!!!」
巨人の上半身。
今もなお断面より鮮血を噴き出しておきながら、その動きは俊敏そのものだった。
右手に握る炎の剣を振り上げる。
纏いし炎がこれまでとは比べ物にならないほどに強く輝く。
「さあ、当たり前の結末ってヤツを手に入れようか」
「……ッッッ!!」
地上において唯一巨人と相対していたグリムゲルデには何もできなかった。
胴体を丸々吹き飛ばされていようとも炎の剣は健在なり。その一振りはグリムゲルデのいかなる魔法も木っ端のごとく焼き払う。
「強き者が勝者と君臨する、そんな当たり前をなあ!!」
炎の剣が、振り下ろされる。
王国最北端の街を両断し、そこに住む人々を残すことなく焼き尽くす。
──はずだった。
「……あ……?」
振り下ろしが放たれる前に炎の剣を握っていた右腕が巨人からすっぽ抜ける。
いいや、正確には胴体の断面、すなわち『傷』が広がり、肩まで消し飛んだがゆえに右腕が身体から切り落とされるように外れたのだ。
「この攻撃は、まさか、あの女生きて……!? それがわかっていれば、こんなことには……!! くそっ、ツイてねえ……」
それが巨人の最期の言葉となった。
瞬く間に『傷』は広がり、肉片一つ残さず巨人を消し飛ばしたのだから。
「何が、起きたです?」
それは目の前で見ていたグリムゲルデでさえも解析ができない異常事態であった。
巨人の口ぶりからして何かしらの『力』を受けての結果であるはずだ。だが魔力反応さえも観測できなかったのはもちろん、『ユグドラシル』を構築する魔力を一点集中した一撃を受けても生き残った怪物を殺してのけるだけの威力ある何かが炸裂したというのだ。
ワルキューレ九姉妹が八女。
人類守護の要が置いてけぼりになるほどの『力』が戦場を席巻した。
それは、何だ?
どこの誰が『四大災厄』が一角、巨人王スルトなどという物騒な肩書きを誇る怪物を超える『力』を持っているというのだ?
「あっ、グリムゲルデさーん!! やっぱり巨人の野郎はくたばってたんだねっ」
それは。
地下から地上に戻ってきた黒髪の少女の声だった。
その背に妖艶な女を携えた少女は屈託のない笑顔でこう言った。
「いやあ、しっかしツイてなかったよねっ。まさか昨日の今日でまぁた激強魔族に襲われるなんてさっ!!」
奇しくも。
巨人の最期の言葉と同じことを吐きながら。
「…………、」
「ん? どうかした、グリムゲルデさん???」
どこか探るような視線を向けるグリムゲルデへとミナはポカンとした表情を向けるのだった。
ーーー☆ーーー
『ユグドラシル』は『ミッドガルド』への魔力供給とは別に王国内における高速移動手段としても使われている。
その事実をミナから聞いていたオリビアは眉間に寄ったシワを指でぐりぐりと押しながらこう呟いた。
「もしも結界が破られたという特大の危機を王国側は感知できないぐらい愚鈍だった、なんて話でなければ、新たなワルキューレが派遣されていない以上は最悪の事態も想定しておかないとねえ」
それはそれとして『本当無事で良かったよぉ!』と言いながらグリムゲルデに抱きついているミナを前にしては全てが吹き飛んだ。
加えるならばグリムゲルデが無表情ながらも満更でもなさそうなのがもう神経を逆撫でしまくっていた。
最悪の事態?
そんなもの、目の前で繰り広げられている胸糞悪い光景以外の何があるというのだ!!
ーーー☆ーーー
それは巨人王スルトが撃破される少し前のことだ。
王国最南端の街が溶けていた。
高熱によるものではない。それは巨人王の得意技であり、かの存在の得意技ではないのだから。
君臨するは街をぐるりと囲むほどの長大なる大蛇であった。その口で今まさに南部守護担当のワルキューレを丸呑みとしているのは『四大災厄』が一角、大蛇ヨルムンガンド。王国守護結界『ミッドガルド』を迂回する形で現世に進出し、その得意技でもって最南端の街を溶かした脅威である。
王国最東端の街が抉れていた。
歪な断面はどこか獣に噛み砕かれたようにも見える。
その中心に君臨するは通常の何倍もの体躯を誇る狼のような四足歩行の獣であった。かの存在を覆う白い毛はそばに転がっている東部守護担当のワルキューレが噴き出した鮮血によって真っ赤に染まっていた。
『四大災厄』が一角、大狼フェンリル。
王国守護結界『ミッドガルド』を迂回して三次元空間に進出し、最東端の街を文字通り喰らい、そこに住む人間の血肉や魂を腹に収めた脅威である。
王国最西端の街は見た目上は変わりなかった。『ユグドラシル』が走る地下道、すなわち人々の目が届かない場所において西部守護担当のワルキューレが『彼』によって心臓にナイフを突き刺されていたが。
「もう内通者として動く必要もないしな。そろそろ僕も本性晒していこうかね」
いくらワルキューレといえども心臓を突き刺されては動きが鈍る。ほんの一瞬とはいえ、全力全開で活動できなくなる。もちろん普通の人間なら死んでいるような重傷でも生きていられること自体は凄いことなのだろうが、内通者として動いてきた『彼』にとっては予想通りの結果でしかない。
予想できていれば、心臓を貫くだけで終わるわけがない。
すとん、と呆気なくワルキューレが膝から地面に倒れる。心臓への損傷だけでは足りないとすれば、それ以外の要因によって。
「さて、さてさてさてっと」
『彼』は笑う。
薄暗い地下道にて、悪意を滲ませて。
「今回の四方面同時侵攻でワルキューレも終わりだ。そうなるよう必要な情報を集め、確実にこちらが勝てるよう対戦相手を組んだのだからな」
相性、力の差、そして信頼による油断。
全ては計算のうち、ゆえに四方面それぞれを守護するワルキューレは三つの『四大災厄』や『彼』によって必ずや撃破される。
そうなれば王国は魔族に対抗できる戦力のほとんどを失うこととなる。ゼロではないにしても、残りについても対策は十分にできている。
だから、『彼』は笑うのだ。
内通者、すなわち裏切り者は悪意のままに笑い声を響かせる。
「はははははっ!! さあて、それでは破滅の時間だ! 景気良く滅びてくれよ、人類!!」
王国側は最北端の街において『ミッドガルド』が破られた異常事態を感知していた。通常であれば他の三方面の守護を担当するワルキューレたちを『ユグドラシル』を使って派遣するべき状況だったが──そもそもにおいて他の三方面においても異常事態が進行している以上、どうしようもなかった。
北部以外の三方面を守護するワルキューレとの音信不通。巨人のように結界を破壊して侵攻してくるような劇的な変化はなくとも、すでに致命的な被害が発生していた。
かくして北部以外の三方面は守護者を失った。ワルキューレが存在していたことで保たれていた安全神話は崩壊し、好き放題に魔族が暴れ回る最悪の事態へと発展する。