緑の物語 4 虚無
詳しい事情を聞いた大男は、僕にゆっくり休むようにと促し、外へ出かけていった。
大きな剣を持っていき、鍛錬をした後に狩りをしてくると言っていた。
身体を起こしてガルダに話しかける。
「ガルダ、おじさんはどうなってるの?」
(……彼の名前はジャック……、ジャック・ガルブベクス……すまない……制約で、これ以上の事が話せないんだ…)
「制約?何か話せない理由があるって事?」
(そうだ。ただはっきり答えられる事は、……彼は忘却の英雄、虚無の英雄と呼ばれる者だ……)
「……忘却?」
(そう、彼は……空っぽなんだ、1日経ったら記憶がリセットされて、また何も覚えてない状態になってしまう。……唯一覚えていることは、身体に染み込み、刻み込まれている戦闘の記憶だけだ)
「そんな……、じゃあ昨日のことも全部……」
僕を助けてくれた、あの優しい人は、同じ記憶を共有すらできない人だった。
「……あの襲ってきた女の人は何なの?」
(……わからない、でもこれからするべきことは決まっている)
「するべきこと……?」
(友達を助けて、元の世界に戻るんだろ?)
「……そ、そうだね」
(なら、まずは体力を回復させて、力を蓄えるんだ。ここの食べ物には幸い魔力が宿っているみたいだからね。それから身体も鍛えないとね)
「……でも身体が治っても、どこへ向かっていいかわからないよ」
弱々しく答えると、ガルダは少し考え込み答える。
(……ここが無域ということは、周りは海で囲われた断崖絶壁の孤島か……)
「え、それじゃどうすれば……」
(……そうだな、さっき言っていた方法で魔力を貯めるんだ。魔力を貯める事で僕は成長できる、そしたら君を連れ出して、島を出る事ができるよ)
「魔力を貯めるって、どのくらい……?」
ガルダは、また黙り込み、口を開く
(……少なく見積もっても半年は、ここで魔力を貯めないといけない)
「半年……」
僕は、また寝転がり考え込む。
半年もここにいることになるなんて……
ヤマトくんと、イサムくんは無事でいてくれるのかな……
(……ここを出ないと話にならないからね。今は彼等を信じるしかないよ)
またもや心を読んだかのように答えてくる。
見透かされてる様で少し腹がたった。
(島を出て北西に向かうと、他種族が暮らす王都がある。そこで情報を集めよう。そこなら2人のこともきっとわかるかも)
お構い無しに説明を続ける。憎たらしい小雀だ。
(聞こえるんだからな……)
「あ……」
不意に笑ってしまった。
クスクス
2日くらいしか経っていないのに久しぶりに笑った気がする。
そんなやり取りをしていると小屋の扉を開く音がした。
ジャックが何かを引きずりながら帰ってきた。
「それって……」
「……今日の食料だ」
そう言ってジャックは引きずっていた「それ」を置き、柱に腰を落とす。
「……切り刻んで干し肉にする、そうすれば長くもつ」
首を切り落とされた魔喰者だった。
昨日の肉は、こいつの肉だったのか。
切り落とされた首から血が滴り落ちてく様をみて、僕は、無い食欲が更に無くなったようか気がした。
そんなことを思いつつも食べなければ生きてはいけないことは分かっている。
ジャックが手際よく解体していくのを見ながら、できる手伝いをしていく。
小さなナイフで皮をきれいに剥いでく様をみて、大きな身体の割に繊細に動くと僕は感心する。
次々と出来上がる肉のブロックを、僕は木の桶のようなものに入れていく。
肉を切り終わったジャックは
「外に出て天日干しにしようか」
と僕を促し、一緒に外に出た。
彼は木の桶を持ち、身軽に屋根の上に登っていった。否、大きく跳んだ。
僕は、それをポカンと見つめるしかできなかった。
ジャックは手際よく屋根に肉を並べていき、腰に手を添えた。
「……これでいい、後は3日程寝かせるだけだ」
そういって、ジャックは屋根から降り、小屋の中から大剣をとり、少し離れた所に行き、また剣を振り始めた。
鍛錬が日課になっているようだ。
僕は彼と話をしようと傍に近づく。
「……おじさん」
「……なんだ?」
後ろを振り向こうとはせず、剣を振るのをやめずに答える。
「おじさんは、なんで剣を振るの?」
「……唐突だな」
一瞬止まって、また剣を振り続ける。
「……それは戦う理由を聞いているのか?……それとも素振りをしているのか聞いてるのか、どっちだ?」
「どちらも……かな」
「簡単なことだ……、死にたくないからだ」
彼は剣を振ることをやめない。
「……怖くない?」
(アラタ……)
ガルダが心配そうに心の中でつぶやく。
いろんなことが起こり続け、心がぐちゃぐちゃになっていた。
これからどうすればいいのか、目的を聞いても整理がつかないでいた。
優しく振っていた剣が、徐々に力強くなっている気がした。
「……怖いさ。だけど、『何か』を失うっていうのはもっと怖い……」
素振りに熱が入り、どんどん激しくなっていく。
まるで、見えない「なにか」と戦っているように彼は剣を振るう。
最後に一振、力強く
水平に剣を薙ぎ払い、言葉を放った。
「……今は、失う『何か』すら、手に入る気がしなくなっているがな……」
そう言って彼は、僕に苦笑いを向けた。
力強く振るう剣に、彼の生きようとする力を感じた。
道標ではない、何気ない一言かもしれない。
だけど、その言葉で少し心が楽になった気がした。
僕はそんな彼に一体何をしてあげられるだろうか。
エディス創世期326年
2021年 8月6日 同時刻 エディス アギト大陸 エドモンドハート領 北海岸
砂浜に座礁する1人の少年がいた。
目を覚ますと同時に肺に入りかけた水を一気に吹き出す。
「……ヴッ……ッかは」
ここはどこだ……
視界がぼやける……
いつも掛けているであろうメガネを右手で確認しようとする。
確かにメガネをしている。
意識が混濁しているのか?
それより前に、身体が燃えるように熱い……
なんだ?僕の身体はどうなってる。
熱い!熱い!……熱い!
身体の中に熱い「何か」が流れている!
熱さは、身体の中心から徐々に上に、上がってくるのがわかる。
上半身から首元……
首元から顔に……
その時、右目に強烈な痛みが走る。
「……痛ッ!……なんだッ!?」
(いけません!!意識を強く保って!!魔力の流れに集中してください!!)
意識が朦朧とする中、どこか聞き覚えのある声が聞こえた。
「お……お前は……廃校舎の時の……、……魔力?……なんの話をしている!?」
廃校舎で聴こえた、丁寧口調の話し声だった。
(今は長くはなしている時間はありません。集中して自分の中に流れる物を留めるイメージをしてください!!)
「……ッぐぅ!!……急にッ……そんなことッ!」
右目の強烈な痛みで、右目を抑えながら悶え苦しむ。
「……くッ!……収まれ!……収まれぇぇぇ!!」
暫くの間、痛みに耐え黙り込んでいると、熱さと、痛みが徐々に引いていく。
前屈みに倒れ込んでしまい、メガネが落ちてしまう。
「……ッはぁはぁ、……はぁ……あれ?」
眼鏡が落ちたはずなのに視界が綺麗に写る。
右目は血がでて何もみえないが、左目は視界がクリアになっている。
(魔力が身体に定着しましたね)
瞬間、右腕の青色の腕輪が光を放ち、視界が
眩しくて開けなくなる。
目が慣れてきて、ゆっくり開けてみると、そこには宙を泳いでいる鯨がいた。
そう、飛んでいるではなく、泳いでいるが正しいと思う……
。
鯨が宙を漂う度に、何も無い宙に水しぶきが現れている。
特徴こそ、そんなにない鯨に見えるが、何か1つ上げるとするならば両頬に竜の髭のように長いものをぶらさげていた。
〈はじめまして、大和 國光。私は蒼水の英雄に仕える、神獣イリューゲイ……〉
丁寧な言葉使い、さらに荘厳な語り口調で神獣は少年に語りかける。
喋る鯨に出会うとは、世にも珍しい体験をしたものだ。
「いりう……入雨?……入雨さんか」
満身創痍のヤマトだが、決してボケている訳ではなかった。
至って冷静に天然をかましていく、そういう男なのであった。