子連れ極道
2021年 8月8日 正午 東京都新宿区
どれだけ日本という国で法律による統治が進んだ所で、やはり暴力によって地位を確立させる集団というのは存在する。
ここ渋谷では、その中でも1番そういう類の人間の競争率が激しい所だ。
中野の交差点
猛暑に入り、道路と車の熱で蜃気楼が見え始めていた。
2人の男が交差点を渡ろうとしていた。
ガニ股で闊歩し、如何にもそれらしい男、
俗に言う「極道」と言うやつだ。
普通の大人より身長がでかく、肩幅も人並より広く、黒のスーツを着こなしシャツのボタンがはずれている。
金髪の短髪、左耳にはリングのピアス。
一目で関わってはいけなそうな雰囲気を醸し出している。
「……あちぃ、この暑さどうにかなんねえのかユキチカ……」
対象的に、普通の優男に見える男。
茶髪のオールバックに側面にはツーブロックを入れている。
背筋をしっかりのばし、歩き方もスマートだ。
しかし、やはり「そっち」系なのだろう
黒のスーツにシャツのボタンをはずし。
大男の連れなのだろうか、横を歩く。
「兄貴、暑いのは俺にもどうしようもできないです」
如何にも、兄貴分と舎弟的な関係であろう2人。
一般的に見れば近寄り難い存在だが、意外にも地元の住人とは上手くやっていた。
普通に交差点を渡ろうとしているだけだが、声を掛けてくる者は少なくない。
「お、『ゴウ』さん元気そうだね」
「おう、おやっさんも繁盛してるかい?」
ーーー
「『ゴウ』ちゃん、今夜お店寄ってくかい?」
「仕事が早めに片付いたら寄らせてもらうわ」
ーーー
「じいさん、歳なんだから無茶すんなよ」
「だれがクソジジイじゃ!まだわしゃ現役じゃ!」
「……そこまで言ってねえよ……」
ーーー
「極道」と言うと、周りからは嫌煙されがちだが、意外にも住民達に慕われていた。
彼の名は、獅子倉 剛 《シシクラ ゴウ》、
ここ、渋谷区中野を縄張りとする『水打組』の舎弟頭だ。
詐欺、暴力、恐喝などが定着している極道というイメージだが、水打組は今時珍しく「任侠」や「仁義」を大切にする極道だった。
街中で起こる暴力沙汰の解決、困った人達の手伝い。
「シノギ」に関しても、薬、賭博、詐欺、恐喝などの黒い「シノギ」には手をだしていなかった。
唯一、シノギと呼べるのは、親分が自営業でしている土木の現場仕事くらいだった。
やっていることは、周りからみれば本当に極道なのかと疑ってしまう。
自警団と言われた方が、まだ納得できた。
「ユキチカ、今日の予定はなんかあったか?」
「そうですね、昼に親父のところに顔だして、夜に街で最近よく出没するチンピラの問題を片付けたら、何もないんじゃないですかね」
「……チッ、夜まで予定空きすぎじゃねえか」
ゴウは少し考え口にする。
「親父のとこ行く前に時間もあるようだしいつもの銭湯に行くか」
「そうですね、兄貴、背中ながしますよ」
2人は銭湯に行く事になった。
2丁目の角を曲がる、下町で治安はあまり良さそうに見えないがいつもの風景だ。
そんないつもの風景の中、1人の少女と出会った。
「嬢ちゃん、どうした?迷子か?」
少女は黙っている。
大体、幼稚園の年長くらいの歳か。
よく見たら、不思議な格好をしている。
日本人ではないのか、髪は金髪でショートカット、瞳が蒼く、ゴスロリなのかフリフリでメイド服のような服をきていた。
両手には熊のぬいぐるみを持っている。
しかしテディベアみたいにかわいいぬいぐるみではなく、どこか現実的な熊で少しかわいげのあるぬいぐるみだった。
首元にはネックレスをしていて、シルバーのネックレスに黄色の透明のリングがかかっていた。
「親とはぐれちゃったんですかね?」
舎弟の『ユキチカ』が考えていると、ようやく少女が口を開いた。
「……パパ」
少女はゴウを指差し、そう言った。
沈黙が流れた。
「……は?」
2人の声が被さる。
ーー
待て、待て、何言ってるコイツ。
冷静になれ俺。
多分アレだ、俺にパパを探して欲しいとかそういうやつだきっと。
ーー
「嬢ちゃん、親父さんと逸れちゃったのか?」
ゴウが冷静に対処しようと、少女にはなしかける。
すると少女は持っていた熊のぬいぐるみを片手に持ち替え、両手を広げて口にする。
「……パパ、やっと会えた」
舎弟の「ユキチカ」が心無しか、軽蔑の眼差しでこちらを見ていた。
否、笑いを堪えていた。
他人事だと思いやがって。
「……いやいやいや、待て待て、違うぞ、俺に子供なんかいない」
たしかに昔、遊んでいた女はたくさんいたが、しっかり避妊はしていたはずだ。
俺はパニックになりながらも、昔のことを思い出しつつ、必死に弁解していた。
否定を繰り返していると、少女は泣き出しそうになっていた。
チッ
舌打ちをいれて、頭を掻きながら、少女に歩み寄る。
「……しゃあねえな、母親とはぐれてしまったのかもしれねえし、一緒に探してやるか」
そう言って、ゴウは優しく少女を抱き抱え、肩車してやった。
曇り掛けてた少女の顔は、瞬く間に笑顔に変わっていった。
「兄貴のそういう優しいとこ、好きっすよ」
「……チッ、茶化すんじゃねえ」
言ってみたのはいいが、手がかりもなしに闇雲に歩くってのもな。
「嬢ちゃん、名前は?」
少女は笑顔でゴウの頭に抱きつき名前を口にする。
「ユイ!獅子倉 結衣!」
「!!なんで俺の苗字まで……」
ゴウは動揺するがユキチカは冷静に答える。
「元カノとかの嫌がらせとかじゃないんすか?」
ゴウはドッと疲れたような気がして、ため息する。
「ハァ……、ユイ、なにか母親の手がかりとかないのか?」
ユイは、「これ」と言って、付けていた首飾りを手渡そうとした。
ゴウは、肩車しているユイから首飾りを手に取ろうと掴む。
その瞬間、先端に着いている黄色の透明のリングが僅かに発光した。
カチッ
機械的な音が鳴り響いた。
いつの間にかゴウの左腕に黄色の透明のリングがサイズも変わり腕輪として装着されていた。
「……は?」
本日、2度目の長い沈黙が流れていた。
黄の英雄、否、橙地の英雄の誕生だった。