日常だったもの
『どんなに辛いことがあっても、俯くな、
しっかり前を向いて生きろ』
死んだお父さんが、最期に残してくれた言葉だ。
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2021年 8月5日 午後2時頃 長野県諏訪市
風夜 新汰、小学4年生の夏。
道場の中に汗臭さと熱気が充満している。
頭がどうにかなりそうな空気の中で、しばらく続いたいつもの合気道の稽古の時間が終わる。
「お疲れ、アラタ」
一息つき、更衣室に向かっていると聞きなれた声で足を止める。
「お疲れ様、ヤマトくん」
黒髪で黒色の四角メガネ、如何にも優等生という見た目、いつも護身用に背中に木刀に見える、隠し刀を背負っている。
彼は大和 國光、この“久ヶ館流道場”の経営者の実の孫であり、僕より年齢は一つ上だが友達だ。
「じいさんがアイス代くれたんだ。一緒に帰り食べよう」
「ホント!?もう僕ヘトヘトで……」
稽古終わりヘトヘトで食べるアイス…想像しただけで涎が出る…。
そんな話をしながら更衣室での身支度を済ませて、道場を出る。と、道場の入口にも見知った顔を見かけた。
「おお、ヤマト、アラタ。やっと終わったか~」
「ああ、イサムか。お疲れ」
黒髪でバンダナをしている、つんつん頭が特徴的な男が立っている。
高坂 勇、ヤマトくんと同級生で、もう一人の友達だ。
ヒーローに憧れを抱き、空手の習い事をしてる。
すごく元気な子で、少し喧嘩っ早いのがたまに傷だ。
「お疲れ様、イサムくん」と僕も挨拶を返すと、イサムくんは僕の目を見て軽く会釈した後にニヤリと微笑みながら続けて口を開いた。
「せっかく夏休みだし、三人で秘密基地つくりにいかね?」
……唐突だな
「夏休みだしっていうのはわかるけど、秘密基地ってなんだ?」
当然、ヤマトくんがツッコむ。
「いやいや、ヒーローといえば隠れ家的なアジト的な秘密基地だろ!」
「またイサムのヒーロー話かよ」
「またとはなんだ!小学生男児ってのはカッコ良いヒーローに憧れるものなの!で、ゲームやアニメにありがちな研究所やオシャレなバーなんてものはないから、俺達で秘密基地をつくりに行こうってハナシ!」
「ヒーローに憧れる小学生男児は変なところで現実的なんだね……」
ぼくはボソッと小さくツッコんだ。
「というわけで、三人で目の前の山を探索しにいくぞ!」
と、言いながらイサムくんは遠目に見ても明らかに高い山を指さした。
「本気なの……?」
明らかに小学生男児が遊びにいって良いような山ではない。
が、ヤマトくんは数秒考えた後に口を開いた。
「たしかに夏の思い出作りには良いかもな。低いところなら道路もしっかりしてるだろうし、危ないと思ったらすぐに帰ろう」
「決まりだな!じゃあ、ヤマトの家から使えそうなものを集めてさっそく行こうぜ!」
なんか決まったらしい
その後にヤマトくんが僕に耳打ちする
「二人分しかアイス代もらってないから、アイスはまた今度な」
あ~あ……
「僕の意見は……?」
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2021年 8月5日 午後17時頃 長野県諏訪市 某山
「ね、ねぇ……全然人気がなくなってきたよ……」
歩くうちに段々と暗くなってきた…時間がわかるものも持ってきていないし、整備された道路を歩いてはいるが、まわりを見渡しても僕ら以外の人影は見えない。
「まだ5時前くらいじゃないか、多分」
ヤマトくんはそう言ったが、実際結構歩いてきていてもあるのは数時間おきにくるバスの停留所くらいで秘密基地なるものをつくれそうなところは見当たらない。
もう帰った方がいいんじゃ……
……というか、こんなところに秘密基地をつくっても面倒で二度と来ないんじゃないかな。
そんな事を考えていると、疲れのひとつも見えないイサムくんが前方を指さして口を開く。
「おっ!向こうのバス停に人がいるぞ!」
前を向いて目を凝らしてみると、確かにバス停らしき場所と人らしいシルエットは見える
「誰だっけ?人気がないだのなんだの言ってたのは~!このあたりに秘密基地がつくれそうな場所がないか聞いてみようぜ!」
と、僕をいじりながらイサムくんは全力で走っていった。
「おい、待てよイサム!!」
ヤマトくんが呼び止めるが、イサムくんは聞いていない。
「はぁ…元気だな。イサムは……」
「僕、足がガタガタしてきたよ……」
イサムくんも午前中は空手の習い事があったはずなんだけど…ヒーローへの憧れからくるものなのか…
「俺らはゆっくりついていこうか、アラタ」
と、ヤマトくんは僕に言う。でも見た感じヤマトくんも息は上がってないしやっぱり流石というか…
「ありがとう、ヤマトくん」
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「おせ~ぞ、ヤマト!アラタ!」
漸く追いつくと、イサムくんは白いワンピース?を着た褐色の肌?紫色の長い髪の目立つ女の人と話してたみたいだ。
日本人なのかな?
「イサム、いい加減知らない人に話しかけるのやめろって…」
「この人がな!もう少し上がったところに何年も整備されてない建物があるんだって教えてくれたんだ!」
そういって僕とヤマトくんは女性の顔を見る
すると女性は、僕らが話しかける前に口を開いた。
「こんばんは……かな?そろそろ。私はこの山の上に住んでるの」
この山に人が住む場所があったのか……。なんだか安心したな。
「暗くなってきた時間帯に子供三人で遊びにいくっていうのはあまり感心しないけれど、そういう遊びって楽しいよね」
なんだろう…、この人の眼を見ていると惹きつけられるような…何かを思い出すような、そんな感じの違和感がある。
そんな僕をよそにイサムくんが僕らに小声で話しかける。
「な?悪い人じゃなさそうだろ?」
確かに、悪意というか、敵意というか、そういったものは感じられないと、思う。だけど……
「でもやっぱり、やめないか?全くわからない場所で、知らない人の言う通りにするなんて」
ヤマトくんが僕らに言う。
僕がそれに頷く。
イサムくんは顔をしかめる。
そんな僕らを見て、女性はまた口を開く
「もう少し登ると、左側にずっと昔使われてた学校があるの。行ってみるなら気をつけてね。危ないと思ったら、すぐに帰るか携帯で人を呼んで?中は暗いだろうから、流石に入らない方が良いと思うな」
「わかりました!」
携帯なんて持ってないのに、イサムくんは二つ返事で答えた。
まぁ、知らない人なんだし余計な事は言わない方が良い。僕とヤマトくんも“わかりました”と答えた。
女性は少し微笑み、山を降りていった。
イサムくんは“ありがとう”と言いながら手を振って見送ると、またニヤリと笑って僕らを見た。
微笑みとはまた違った笑みに見えた。
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2021年 8月5日 午後6時頃 ×××× 廃校舎
「雰囲気あるとこだな」
ヤマトくんが建物を見ながら言った。もうかなり暗い。
“雰囲気ある”どころじゃない、普通に怖い。とても怖い。
「よし!探索しようぜ!」
イサムくんはそう言いながら入口と思われるガラス戸に手をかける。
「いや、イサムくん……あの人も中には入らない方が良いって言ってたよ……?」
「なんだよビビってんのかアラタ?大丈夫だって、ヤマトの家から三人分の懐中電灯を持ってきてある!」
「そうだな……。もうこんな暗くなってるし、どうせ家に帰ったら怒られる。だったら肝試しでもして帰るか。夏休みっぽいだろ?」
ヤマトくんまで乗り気だ……、どうしよう。
「それ良いな!じゃあ三人とも別れて中を探索しよう!秘密基地がつくれそうな場所とか、お宝を見つけた奴が勝ちの肝試しだ!」
「わかった。じゃあイサムが3階、僕が2階、アラタが1階を調べてみようか。向こうの棟まで行くと時間がかかるから、この棟を調べ終わった奴からこの入口に戻ってこよう」
冗談じゃない……こんな暗い校舎、しかもいつ使われてたかわからないような場所で一人なんて……帰りたいよ……。
「アラタ、なにかあったら大声だして助け呼べよ、僕かイサムが飛んでいくから」
心強いが……
今現在大声で叫びだしたいくらいだよ。
2人は上の階に行ってしまい、
暗い中1人残されてしまった。
怖すぎる……。
小学校4年生に度胸が据わってるやつなんかいるもんか……。
心の中で悪態を着きながら廊下を歩いていった。暗い中歩いて行くと理科室の看板が見えた。
理科室か……
怖いけど、何も見つけれず2人に笑われるのはもっと嫌だな...
「お……、お邪魔しまーす」
勇気を振り絞りなかに踏み出す。
真っ暗で何も見えない。
当然、廃校舎だから電気は通ってないだろうし。あるのは、薄暗くなってはいるがすこし入ってきている夕日と、僕の懐中電灯の光だけだ。
どうしようかな....
悩んでいたら
一瞬、緑色の一筋の光が目に入ってきた。
人体模型と人骨模型とならんでいた。
目を凝らしてみると人骨模型が左腕に緑色に光る何かをしていた。
反射というよりぼんやり発光しているように見える。
「綺麗……、なんなんだろ?」
恐怖心より好奇心の方が勝ってしまった。
模型の入ったケースの戸に手を掛ける。
すると脆くなっていたのか、戸が額ごとはずれ模型が倒れ込んできた。
『う、うわあああぁあぁああ!!!』
ーーーー
一方その頃ヤマトは。
2階の教室で机に腰掛けて1人呟いてた
「そろそろ小学校も卒業して、中学生か……こうやって3人で遊んでれるのもいつまでだろうな……」
そう考えて居ると、3階からバタバタとすごい勢いで階段を降りてくる音がした。
とんでもない勢いで教室の扉が開く。
「おい見ろよ!すげえもん見つけたぞ!」
少し息を切らせながら、興奮気味のイサムは手に持っていた物をだしてきた。
「なんだそれ?腕輪か?」
なんの素材で、できているのだろう?
青色の透明がかった腕輪。ただの腕輪じゃない。
青く、ほんのり発光していたからだ。
「お宝だよ!、お宝!この勝負、俺の勝ちかな?」
そういって僕に手渡してみせた。
カチッ。
奇妙な音を立てて腕輪は、受け取ろうとした僕の右手に腕輪が勝手に装着された。
「!!?な、ッんだこれ!」
僕は必死になり外しにかかる。
「なんだこれ!?どうなってんだ?」
イサムも驚き、僕の装着された腕輪を取ろうとする。
しかし、腕輪のサイズが変わっていて、どう足掻いても取れなかった。
必死に外していると遠くから、叫び声が聞こえた。
『う、うわあああぁあぁああ!!!』
「アラタか!?」
腕輪が外れないことより、心配が勝り
2人は急いで下の階に降りた。
ーーーー
「う、うーん」
頭を少し打ったのか頭痛がする。
骸骨の模型が覆い被さっていた。
「うわぁ!」
驚いて飛び起きると骸骨の模型はばらばらになってしまった。
よく見ると、骸骨の左腕についてた緑色の「何か」はなくなっていた。
気のせいだったのかな?
そんなことを考えていたいたら、すごい勢いで理科室の扉が開き、ヤマトくんと、イサムくんが入ってきた。
勢いよく扉が開いたおかげで、僕はビクついてしまう。
「わっ!?」
「アラタ!大丈夫か!?」
僕は2人の顔みて安心した。
「ごめんね……なんともないよ、模型が倒れ込んできただけなんだ」
「そうか、ならよかった」
「ビックリさせんなよな、すごい焦っただろ!」
イサムくんはそう言いながら。僕の右腕に目をやる。
「お前……っ!それッ!」
「!!」
アラタは必死に腕に着いてる何かを取ろうとする。
だがいくら足掻いても取れなかった。
静まりかえった、理科室で僕達は、状況を整理して話し合っていた。
「つまり、骸骨の模型に緑色の腕輪が着いていて、気になって開けたら、倒れ込んできていつの間にか腕輪が、右腕に勝手に着いていたと……」
冷静さを取り戻したヤマトは口を開く。
「どうするのこれ?」
戸惑いながら声をだす、アラタ。
「……」
「とりあえず病院にでもいって相談……イサム?どうした?」
「……いやなんでもない」
どこか不満そうなイサム。
僕達が悩んでいると、何処からか声のような物が聞こえてきた。
〈貴方達は英雄に選ばれたのです〉
「なんだ!?どこから声がしてるんだ」
戸惑いながらイサムくんは叫ぶ。
それもそのはず、声というより、頭のなかに響くような感じだからだ。
〈君達が付けてる腕輪だよ〉
さっきの丁寧な口調とは違い、どこか幼い口調のもう1つの声
「腕輪から声が聞こえるのか?」
ヤマトくんが口を開く。
〈僕達は長い間、力を失い眠っていたんだ〉
〈そして君達によって目覚められた〉
〈君達は英雄に選ばれたんだよ〉
幼い口調と丁寧な口調の声の主は交互に語り出す。
「英雄……?俺が持ってても、反応すらしなかったのに……」
イサムがボソボソ呟いてる。
そんな中ヤマトは冷静に判断し返す。
「くだらない。なにかの玩具の類か?病院に行って取る方法でも探そう」
2つの声の主は更に続ける。
〈そんなこといってもなぁ、冗談とかじゃないんだよ?〉
〈……!!ガルダ待って!何かきます!?〉
「!!」
僕達の周りに黒い穴のような物が無数に現れる。
地面にも空中にも……数え切れないほどの穴、
どこに繋がっているんだろう……。
その穴から少しずつなにかが這い出てくる。
少しずつ聞こえてくる、唸り声のようかもの、何かが軋む音。
最初は猛犬か何かかと、僕は勘違いした。
だがそんな生易しいものではないことは直ぐに気づく。
サイズが違いすぎる。大人より一回りも大きい身体、犬では想像出来ないような大きな爪、剥き出しにした牙から涎の様なものがダラダラと滴り落ちている。
だがそんな量の情報すら気にならないほどに目を見張る物がある。
唸り声と共に金属と金属が摩擦し合う音が聞こえる。
猛獣ような何かの周りにチェーンのような物が浮かんでいた。
1匹ではない、無数の穴から4匹の同じような猛獣が姿を表す。
〈ヘルハウンド!?〉
「なんだ、こいつら!?」
「なに?、ヤマトくんこわいよ!」
驚くヤマトくんと叫ぶ僕。
そんな猶予すら与えないまま、猛獣は襲いかかってくる。僕の首筋の服に噛み付き穴に引きずり込もうとする。
「う、うわぁあぁあ!」
泣きさげぶしかできないくらい、恐怖で身体が硬直していた。
バキッ!!
鈍い音を立て、噛み付いていた僕を離してしまう猛獣。
何が起こったか分からなかった猛獣は原因となったものを睨みつける。
そこには、いつも護身用に背負っている、
木刀に見える隠し刀を構えているヤマトがいた。
「アラタをどうするつもりだ……」
ヤマトくんは鋭い眼光で猛獣に睨みつける。
猛獣は一瞬たじろいでしまう。
抜刀術の構えで、猛獣に切りかかろうとした時。
トンッ
「なっ……?」
ヤマトくんは何かに背中を押されていた。
ヤマトくんはよろめき、猛獣のそばにある、黒い穴に少しずつ吸い込まれそうになる。
徐々に穴に吸い込まれる中、何が起こったかわからないヤマトくんは振り向く。
そこには、手をつきだす、無言のイサムくん。
「イ、……イサム?」
訳もわからぬまま、ヤマトくんは黒い穴に吸い込まれていく。
「ヤマトくん!!」
均衡が崩れたように、猛獣達が襲いかかってきた。
無数の猛獣に襲われ、僕も違う黒い穴に放り込まれる。
そして、アラタの意識はそこで途切れてしまう。
ーーーー
ヤマトとアラタが居なくなり、1人になるイサム。
近づいてくる足音。
「……いい子ね。壊れかけのお人形さん」
1人の女が、狂気の笑みを浮かべ、腕を組みそこに立っていた。