死者は傀儡のままで
おかしいと思うんだ。勇者は魔王を倒すべきなんて。
おかしいと思うんだ。死んだら教会で生き返るなんて。
おかしいと思うんだ______みんなそれを受け入れるなんて。
「勇者よ、必ずや魔王を討ち倒し、この世界に平和をもたらしてくれ。」
勇者の称号を得たその日、確かな高揚感が体中を駆け巡っていた。それもそうだろう。勇者になるために修練を繰り返し、ただひたすらに剣技を磨いてきた。誰もが羨む『勇者』の称号。その称号を得た私はこの国一の幸福を手に入れた......はずだった。
「そんな...こんな...こと...が...」
魔王を倒す冒険を始めて5日、魔窟の森で遭遇した魔物に殺された。準備が足りなかったのだ。連戦に続く連戦、薬草もきれ、仲間の魔法使いや僧侶の魔力も無くなり、回復も攻撃もままらない状態になってしまった。
ただ一つ、死ぬ瞬間に何か疑問に思ったような気がする。私は...何故こんな...
あるはずの無い目覚め、起き上がった場所は棺桶の中だった。
「ここは...教会か?勇者とその仲間は死んだら教会で生き返るのは知っていたが、あまりいい心地じゃないな...」
ここは魔窟の森に行く前に立ち寄った街の教会だった。どうやら魔法使い達も同じように魔物に殺され、棺桶の中で身を覚ましたようだ。あまりいい顔色をしていない。
「今日は宿で休むか。」
生き返った後にすぐ元気になるわけではないらしい。またすぐに魔窟の森に挑戦する気力はもう残ってはいなかった。そうだ、死ぬ前に何か疑問に思った方があったはずだ。確か...。そう考えながらベットに横になると、すぐに眠りに落ちてしまった。
次に死んだのは魔窟の森を攻略してから1年後、魔王城への道にそびえ立つ龍餓の山を登っている時だった。その頃は魔王討伐へ出発した頃には比べ物にならないほどの強さに成長していた。きっとそのせいでもあったのだろう。油断していたところに大量の赤龍が現れ、瞬きする間に全員焼き尽くされてしまった。身体を火炎に焼かれながら、あの時と同じようにある疑問が浮かんだ。何故私はこんなことをしているんだ?何故私はまた死ななければ...。
次に見た光景は昔に体験したものと同じものだった。
「目覚めるのは相変わらず棺桶の中か。」
文句を言うわけでは無いが、生き返るのに棺桶に入れる必要はあるのだろうか。別にベットでも椅子でもやりようはあるだろうに。
「...?」
今、何か大切なことに気がついた気がする。何かがおかしいんだ。何か、何かが...
次に死んだのは3日後だった。龍餓の山の主である赤老龍に殺されてしまった。圧倒的な力によって仲間は捻り潰され、もう一度攻撃を食らったら確実に絶命する。、そんな状態まで追い込まれた。死を覚悟し目を瞑った時、その赤老龍は口を開いた。
「何故だ。何ゆえ貴様はこの我を倒そうとする。何ゆえあの魔王を倒そうとする。」
おかしな事を言う龍だ。そんなのはこの世界を救う為に決まっている。そう言葉にするはずだった。しかし、口に出していたのは別の言葉だった。
「そんなのは決まって...決まって......。......いや、何故だ?私は何故魔王を倒そうとしているのだ?いや、それ以前に...」
何故、私は勇者になろうと思ったのだ?何故勇者になったら魔王討伐へ向かわなければならないんだ?
そう考えた瞬間、視界が暗転する。絶命した時と同じような感覚だが、何故かまだ思考ができる。少し待てば教会で目覚めるのだろうか。
そう考えた瞬間、なにかその考えに強烈な違和感を覚えた。
なんだ?何かがおかしい....。
「そうだ。なんで私は当たり前のように自分の死を受け入れているんだ?何故教会で生き返ることが当たり前だと考えているんだ?」
自分の中の強烈な違和感の正体。それが少しずつ、少しずつその姿を見せていく。
「そもそも何故魔王討伐に行っているんだ?何故勇者は魔王を討伐しなければいけないんだ?何故......それが当たり前だと受け入れていた?」
今まで暗闇の中にあったものが見えていく。
「何故私は...勇者を目指していた?何故こんな死を前提にしたものに憧れていたんだ?」
思考が加速する。
「いやそれ以前に...なぜみんな、この事について疑問を持たなかったんだ?なぜこのことを受け入れてしまっていたんだ?」
そうだ。何もかもおかしかった。何も疑問に思わないことがおかしかったんだ。私が勇者に憧れていることも、誰もが勇者という称号を羨んでいることも、勇者は魔王を討伐しなければ行けないということも、死んだら教会で生き返る事も、それらを疑問に思わないことも。
何かの洗脳魔法なのか?それも一人二人に掛けるようなチャチなものではない、世界全体にかけるような。全ては魔物の仕業なのか?それとも王の仕業なのか?もっと別の何かの陰謀なのか?
考えを巡らせる中、一つだけおかしな事に気付く。洗脳魔法ではどうしようもない事。それこそ奇跡のようなものの事。
何故勇者とその仲間は生き返ることができるのか?......そうだ一つだけある。こうやって死んだものを生き返らせることの出来る...いや、動かすことの出来る方法。魂を扱える教会でだけ、できる方法。
その答えに辿り着いた瞬間少しづつ意識が濁っていく。頭に霧が掛かっていく。きっと今までのようにこの疑問を忘れて教会で目を覚まし、また冒険に行くのだろう。その行動が操られていることにも気づかずに。
「そうだ。私はもう既にあの時に...」
それ以上、意識を保つことは出来なかった。
死者は傀儡のまま、ただその役割を演じ続ける。
自ら意思で動くことは、決して許されないまま。
初投稿です。
頭の中で何となく考えついたものを文章にして見ました。これからも細々と投稿していこうと思います。