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Trans-Strands―変態と変身で変化する日常―  作者: i'm who ?
一章 【変態と変身で変化する日常】
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一章……(5) 【絆のきざはし】


 ならばと、

孝は先導するよう先に校門を潜り抜ける。


「ほら、行こうよ!」


 ――振り返って、美歌を急かすようにそう言ってみる。それだけじゃ足りないと思って、彼女をこちらへと招くように方腕を伸ばした。こんな人間(じぶん)の腕でも、彼女の、何かを、変えられるのならと。そう不器用に願って。


「……私――」

 

 美歌は校舎の方に視線を送り、数秒。

前進か後進かを迷うような足運びをして険しい顔を向けてくるのだ。だが、結局は諦めた風に溜め息を吐きつつ、孝の方へと進んで来た。


(よし!)


 遅れて彼女が校門を潜ったので、孝はさっさと要件を切り出してしまう事にする。


「まず最初に伝えたい事を言っていい?」


「……な、なにかしら?」


 美歌は身体を震わせる。きっとそれは体調不良からくる震えではないんだろう。その瞳の奥は揺れていて、不安げな心情を対面する孝へと伝えてくる。彼女はなかなか判り易い。


「神波鳴さん……」


「…………なによ?」


 ――ねぇ? 「お願いだから、もう、そんな顔をしないで欲しいんだ――」そうやって出かかった言葉は、けれど今の考に口にする資格なんて無くて。内心では悔しくて、哀しくて。


 無神経にそう言ってしまえれば楽になるかというと、そうでもないのは事実だし。言ってもどうにもならない。現状の彼女には、そんな表面上の言葉は響かないと判断できるから。孝は言わない。


 でも、だったら言うべき言葉は、


「先程はっ、先程は!

――誠に申し訳ありませんでしたぁ!!」


 ――謝罪。そう謝罪だ。これを一番はじめに伝えなければならなかった。これは孝自身のケジメであるし。孝が美歌にどんな心境で接しているのかを、遠回しに彼女へと知らせる事ができる最も簡単な方法。孝には悪意は無い。敵意も無い。絶対に彼女を追い詰めたり、傷付けようとしに来たわけじゃ無い。そう解って欲しい。


「…………あっ? えっ?」


 続ける言葉は、優しい嘘。

真実に気が付いていないふり。


「ああいうのコスプレって言うんだっけ?

きっと……罰ゲームとかでしてたのかな? 実際、何であんな格好してたのか事情は知らないけど、あの場は見て見ぬフリをするべきだったよ。尻尾と耳のコスプレを僕に見られて、触られて、やっぱり恥ずかしかったんだよね? 本当にごめん」


 ――実におかしな謝罪の言葉になったもの。

でも、これで良い。これで良いんだ。ここからが孝の人生で初めてだと思う、他人との本気の対話。


「……コ、コスプレ? 私のアレ、が?」


 ――本気で言っているのか?

彼女の顔は、きっとそう言っている。


「えーと、さ。もしもさっきのアレが、神波鳴さんが自分からしてたコスプレだったりしても。ははっ、僕は否定したりはしないから。僕自身も人には言い辛い趣味とか有ったりするし。……それに、尻尾と耳よく似合ってた。もふもふで、高クオリティ。すごく可愛かったよ? 正直うん、なんて言ったら良いか。とにかくもぅ、サイコーだった!!」


 早口で捲し立てる。


「…………は? はぁ?」


 後ずさる美歌。


「だから、さ――!」


 逃さない。意表を付かれた彼女の心の隙を。付け込むなら……修正、踏み込むなら今だ。美歌に向かって、実際の足と共に強く一歩を踏み出す孝。孝は自分がしてきた中でも最大級の凄い変な笑顔を浮かべて、鼻息を荒くする。


「……な、なによ?」


 孝の豹変に若干引きぎみな美歌。


「神波鳴さんっ!!

……友達から始めませんか?」


 孝は声高らかに、

突拍子もなく宣言した!


「…………」


「…………」


 遠くで行われている、体育の授業の喧騒が聞こえてきたほど。互いに無言。


「…………」


「……コホッ、ゴホ!」


 咳。…………何とも言えぬ間。


「コホッ…………ねぇ?」


「なに、神波鳴さん?」


「……ねぇ、狩仁くん。

あなた、馬鹿じゃないの?」


 ――美歌の呆れを含んだ呟きは、もう次の授業が始まった時刻。静まり返った学校の敷地。特に、人気の無いその校門前にはよく響いた。


「……はは、馬鹿かぁ、手厳しいね」


「まったくな評価だなぁ」と続け、肩を落として自分の頭を掻き、孝はその美歌の呟きに対して自虐的に笑う。


「あ、あなたね……」


「うん!」


 返しの肯定。


「馬鹿、本当に馬鹿ッ。こ、コスプレ……? 私のさっきの姿が可愛かった。サイコーだった? 馬鹿じゃない? あなたはそんな事を、それだけの事を、そんな“意味の無い”事を私に伝えたかったのっ? そんな事を伝えたくて、私を追って来たっていうのッ?」


「………うん!」


 肯定する。


「そんな、事の、為に?」


「うん。そうだよ!」


 肯定する。彼女の存在を。


「……っ――」


 どんな形でも、肯定する。


「……それで、何でっ、『友達から始めませんか?』になるのよ。意味が解らない! 獣の尻尾と耳を“生やした”私が、ただ単にあなたの好みだったって事なの? ……そうやって顔とか身体が好みだからって、昔から私に言い寄って来る人が居たわ! 本当の私の事なんて何一つ、これっぽっちも知らない人達がッ!! どうせ、あなたもそうなんでしょ? 放っといてよ、私に構わないでよ――!!

「――違うよ、神波鳴さん!!」


 美歌の言葉に被せるように、彼女が言いかけた言葉を最後まで言わせないように、孝はタイミングよく叫んだ。否定。美歌の口から彼女自身の否定が出て来るのは肯定できないから。


 美歌は孝の叫びに驚き言葉を止める。


「女子の顔とか、身体とか、好みとか。僕は、あはは……そういうのは僕って、昔からちょっと疎いんだよ。だから、ただ純粋に、神波鳴さんと僕は、変わり者どうし仲良くなれる気がしたんだ。単純に、簡単な、そんな理由。ねぇ、そんな理由じゃ、だめかな?」


 と、そこまで告げると。孝はきょとんとする美歌を見て軽く咳払い。そして、美歌を見据え「違う、こんな理由じゃだめだよね……」首を振り、言い、更に言葉を付け加えてみる。


「ごめん、本当の事を言うよ。なれる気がしたとか適当な理由じゃないや。確かに僕はキミの事を何一つ知らない。だから、キミと仲良くなりたいって叫ぶよ! キミを理解したい。保健室で見た、壊れそうで弱々しいの女の子の助けになってあげたい。こんな僕でも、誰かの為になれるなら役立ちたい! 僕自身がそう思ったんだよ。だからこその友達申請なんだッ!!」


「…………」


「そう、友達申請だ!」


「…………っ!」


「あの、もしもし? 神波鳴さん?」


 複雑そうな顔をして、

もう何度目かになる無言になった美歌。


 “複雑そうな顔”をし始めた、その美歌の顔を見ながら同じく複雑そうな顔を返す孝。


「はぁ……仲良く、ね」


 美歌は言葉を洩らす。


 美歌は孝の言葉を反復。自身の中でも理解できない、何か思うところでも有ったのか。溜め息をして固まってしまった。


「私じゃ……無理。だと思うわ!」


 ――美歌は、数秒間の無言の後。孝に聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で、諦め果てた表情で告げる。彼女の心の壁は、固くて高い。


「……え? なんで?」


 ある意味で無神経に聞き返してやる孝。


「……狩仁くん。あの……色々と言いたい事はあるけど。とりあえず、勝手に私を“変わり者”だと決めつけないで?」


「あぁ、ごめん」


「……あと、仲良くなりたいとか。……嬉しいけど、そういうのは私に求めないで。クラスの他の誰かに頼んだ方が良いと思うわ。この一月、教室で見てると、あなた結構いろいろな人に頼りにされてて……人望も有る。ちょっと変なところが有るけど。私とはまるで、違う」


「違う、か」


「仲良くするなら、私みたいなのは止した方が良いわ。もっと、付き合ってて楽しくて、面白くて、有意義で……そんな“普通の人”を選んだ方が賢いに決まってる。少なくとも私と付き合えば、私のせいで、クラスにも居場所が無くなるだろうし……得なんて一つも無い」


「神波鳴さん、それは、得って……さ」


 そんな風に言わないで欲しい。とはいうものの、「人付き合いは損得じゃないと」そう否定ができないのが悲しい。孝の他人との付き合い方は、基本的に損得忖度で考えているキライがあるので若干に心が痛んだ。でも、その痛みは今は飲み込んでおく。


「……はぁ、仲良く、ね。

そんなの、本当に、馬鹿馬鹿しいわ」


 最後に出たその美歌の呟きは、何に、誰に対しての物だったのか……? 孝にか。或いは、彼女が自分自身に宛ててか。それは、彼女本人にしか解らない。


「そう、か。……だったら!」


 孝はやや大袈裟おおげさに肩を落として、気落ちしたように俯いてみせた。でも諦めたというわけじゃない。むしろ逆。


「……何を笑ってるのよ?」


「はは、あははっ!」


 ――その態度とは裏腹に、俯いている孝の口は嬉しそうに笑っている。その事実に美歌は首を傾げる。孝のアピールだ。


(精一杯に笑ってやる!)


「……ねえ? ちょと……?

何を、何に、何で、笑ってるのよ」


 美歌はそんな孝の様子に、

怪訝な顔をして何度も尋ねてくる。


「……ああ、気を悪くしたんならごめん。でも、さっきまで僕。神波鳴かみなみなさんにすごく警戒されてる気がしてたからさ。だから、僕がキミに対して思った事、思ってた事を全部伝えて。馬鹿にされたけど。変な奴扱いされてるけども。その代わりに、最初より少しでも距離が縮まった気がして……嬉しかったんだ!」


 頭を上げて、そう答えた。


「はぁ……狩仁くん。……あなた、本当に変わり者なのね? 会話の中のどこに、どう聞いたら私とあなたの距離が縮まった要素があったの?」


 聞き逃したりなんて、しなかったから。


「神波鳴さん、僕の友達申請を……『嬉しいけど』って言ってくれたよね?」


 ――ッ! 彼女は目を丸くした。


「そ、そうだった、かしら?」


「うん、確かに。聞き逃さなかった!」


「…………」


 意識して言葉にしたわけじゃないだろう。徐々に、美歌の弱いところが覗けてきた。申し訳ないがここぞとばかりに、そんな彼女を突かせてもらう孝。


「ありがとう、神波鳴さん!」


「あなたが、そう解釈しただけ。

私は、そんな、嬉しいなんて、言っただけで。これっぽっちも、思って……」


「――無いの?」


 ――思って、無いのか? いや。


「思って、無い、かも知れないのに」


 …………。


「神波鳴さんが僕の言葉に少しでも、“嬉しい”って、そう思ってくれたんならさ。僕達は、もうただのクラスメイト同士じゃなくて。それこそ“友達”で良くないのかな? まぁ、“友達”が嫌なら、ただの知り合いでも良いけど。とりあえず僕とキミに“縁”はできたよね?」


「縁? ――こんなものが?」


「そうだよ、人と人の縁。何よりも強くて、変わらない。どんな時でも、場所でも、それだけは唯一信じられる繋がり。絆! 人間嫌いの僕でも、大好きな人間の要素だよ!」


「嘘。嘘よ。人の関係なんて簡単に変わるし、簡単に裏切られて、拒絶されるわ。絆、繋がり、縁。そんなのは現実には有り得ない綺麗事、まやかし物、幼い子供の言葉よ」


「そうかな?」


「――そうよ……!」


 なぜ、彼女はそこでムキになる?


「僕は、そう思わないな」


「なん……ゴボッ、ゲホッ!! ゲホッ!」


「神波鳴さん、大丈夫?」


「ハァ……苦しい。そういえば。なんで、こんな体調悪いのに。私、あなたとこんな意味の無い……言い争いなんてしてるのかしら?」


「いや、意味は有ったよ!」


 彼女の精神性を掴めた。対話の中で、一定の理解を深められた。無駄じゃなかった。


「……ふん。なら……勝手にそう思ってれば?」


 もう、根負け? 美歌は顔を背ける。

勝った! 孝は彼女に勝利宣言をしてやる。


「友達の許可出たぞ、やった!」


「出してないわ。

どうしてそう解釈したのよ?」


「えぇー」


 呆れと、疲れと、根負けで、

閉ざしていた心の扉でも緩んだのか、


「……ふっ」


 瞬間。一瞬……本当に一瞬だけ。美歌がずっと仏頂面だった顔を、微かに微笑ましてしまった瞬間を孝は見逃さなかった。


「神波鳴さん? あれ……今笑った?」


「気のせい、じゃないかしら……?」


 ――いや、笑った!




       ~ ~ ~





 あんな事をしてしまったけど。でも、少しだけは美歌が自分に心を開いてくれた気がする。早退して追ってきたのは正解だった。孝はそうホッと胸を撫で下ろした。


「……はぁ、狩仁くん。さっき送ってもらう約束しちゃったから、今日は送って。途中で私が倒れない保証もないし。ただし、私に関わるのはこれ以降やめ……」

「――お節介だとしても、止めないよ!」


「……あっそう、ストーカー発言かしら?」


「違う。別に、付きまとうんじゃなくて、僕がキミと好意的に付き合って行くってだけ。キミに嫌がられるんなら改める。でも、信じた絆を諦めないって事だよ」


「理解できないわ……」


 美歌は、別の意味で諦め果てたもよう。


「じゃあ、行こう?」


 返答は来ないが、拒否もされない。いちようの言質は彼女に取ってある。だから、孝はそのまま歩き出した。


 ――今は、これでいい。これで、少なくとも彼女が自分のせいで壊れてしまうような事は無いだろう。後は自分自身のさじ加減だ。内心そう思いながら。


 …………。


 十数分後。孝と美歌は木造の古い民家が建ち並ぶ住宅街、そこの人間二人が通れるギリギリの幅の細い道を歩いていた。


「へーえ、神波鳴さん、学校は徒歩で通ってるんだね? 家近いんだ、良いなぁ」


「ええ」


 孝は先を歩く美歌の斜め後ろから、彼女に歩調を合わせて付いていく。保健室の時のように気まずくならないよう、定期的に他愛ない話題で雑談しながら。


「一人暮らしじゃなくて、実家だよね?」


「そうね……っはっくしょんッ!」


「家族で移住して来たとか?」


「……移住? 違うわ。神波鳴はずっと、先祖代々ここに住んでるの。別に、由緒が有る家ってわけじゃないけど」


「……へー、やっぱり神波鳴さん。元々この土地、黒百合淵(クロユリフチ)の出身の人なんだね。この辺りで好かれる感じの名前してるから、そうなんだろうと思ったよ」


「好かれる感じ?」


「……知らない? ほら、名前が【カミナミナミカ】で上から読んでも下から読んでも【カミナミナミカ】でしょ? この辺はそんな感じの、回文って言うのかな? そういう感じの名前が好まれて名付けられるらしいから」


「そう。知らなかったわ。私の名前は、父方の祖母と同じなの。使ってる漢字は、父親の【歌也】と母親の【美由子】から一文字ずつ貰って名付けられてて……」


 共に歩き、そのうち徐々に孝と会話をするようになった美歌。やはり仏頂面だが、その顔はどこか穏やかなものに変化していた。


 二人はそのまま細い道を抜け、車が一台通れるくらいは幅のある道に出る。


「ん、どうかした?」


 そこで突然。美歌が道の前方で、何かに気が付いたように立ち止まった。


「……ここまででいいわ。私の家、もうちょとの所だから。今日は、まぁ、勝手な善意で送ってくれてありがとう、狩仁くん」


「……? そっか、わかった」


 唐突に別れを告げてきた美歌に、孝は不思議に思いながらも。ただそう答えた。彼女に対しての余計な詮索は、親しくなるまでしない方が良い。


「じゃあ、狩仁くん。また……」


「――あっ、ちょと待ってっ!」


 孝は別れようとする美歌に声を掛ける。


「何、かしら?」


「友達の件さ。……ずっと、ずっと保留のままでいいから、頭の中に入れておく事だけでもしてほしいな」


「……それ、まだ言うの?」


 突き放すような言い方だが。どこか、満更でもなさそうに美歌は言った。


「それと、もし良かったらさ。平日の放課後に、学校の実習棟二階の右突き当たりの空き部屋。僕は、そこにいつも居るから。伝説とか歴史とかに興味があったらぜひ訪ねて来てよ! もちろん興味が無くても、遊びに来てくれても大歓迎だけどね!」


「……はぁ」


「どうかな?」


「……気が向いたら」


 そう孝に言うと、

そのまま美歌は足早に歩いて行ってしまう。


「神波鳴さん、待ってるから!

あと、また教室でねっ! お大事にね!」


 ――最後に、期待を含んだ言葉を美歌の背中に投げ掛けてみた孝。彼女は別段に振り返ったりはせず。けれど、小さく頷いてくれたようにも見えた。ならば幸いな事。それはきっと絆のきざはしか。

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