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Trans-Strands―変態と変身で変化する日常―  作者: i'm who ?
一章 【変態と変身で変化する日常】
6/11

一章……(挿話) 【幼き日の変容】

※本話は特定の描写注意。詳しくは作品情報で。


 【神波鳴(かみなみな) 美歌(みか)

彼女の受難は、悪夢は、災厄は、ある日突然に何の前触れも無く。残酷に。それまで彼女が大切にしていた……家族、友達、夢、未来、日常。そんな全てを壊すように始まった。


 ――いや、或いは、

始まったのではなく、初めから。彼女がこの世界に生を受けてしまったその瞬間から、既に“始まっていた”のかも知れない。優しい神様が美歌のことを憂いて与えてくれた、ほんの少しの間だけ普通の女の子として過ごせる時間。……そんな、ある意味で残酷な猶予が有っただけで。


 ――どちらにしろ、今の美歌には全て無意味な事であり。どんなに運命を嘆いても、呪っても、苦しんでも。逃げ出してしまおうと足掻いたとしても。彼女にとって最悪な現実は何一つ変わらない。変えられない。変わるのは、変わってしまうのは、唯一、彼女自身の姿……身体だけ。なんと皮肉な事だろうか。


 ――美歌の受難。それは遡ること、約⚫年前。特別な日の出来事。本来ならば幸せな想い出の一頁となる筈だった、ある日の出来事。




      ~ ~ ~




「――パパ仕事終わったから、ちょと用事済ませて急いで家に帰って来るってさー!」


 いつも決まって、この記憶は母親の声から呼び起こされる。鮮明に焼き付いた記憶。


「という事で。ママは急いでいるので、美歌には構ってあげられませーん。残念、無念。自分で何とかしてね!」


「むー、もう! ママぁ!」


 幼き頃の美歌は、母親に不満を訴えて頬を膨らます。たしか、その時は『何かが無い』やら『一人じゃできない』やら、くだらない理由で母親に不満を抱いていたような気がする。わがまま盛りの歳だった。


 母親は彼女を適当にあしらうと、ニコニコとしながら作業を進めていく。いや、ニコニコと笑顔を浮かべていたのだろう。それは解る。けれど記憶にある母親の顔にはノイズのような線やドス黒い染みのようなものが被さり、本当の顔を判別できない。


 ――そんな、在りし日の微笑ましい親子のやり取りをしながら。美歌はキッチンで母親と一緒に、お祝いという理由からやけに豪華になった夕食の準備を進めて行く。何気ない。それまでと変わらない、平凡で幸せに満ちた美歌の日常。その時は確かにそこに存在していた。


「……ほら! 美歌、何時までも風船みたいに膨れてないで。あー、もうこんな時間だわ。パパもうそろそろ帰ってくるから、テーブルの上を綺麗にしておいて!」


 不満から膨れて動かなくなった美歌。

母親は、まな板の上と目の前にある障害物を二重の意味で退かそうと考えたのか。そう目の前にある方の障害物に声を掛ける。


「むー!」


 母親の言葉に、自分がぞんざいに扱われているようにでも聞こえたのか。美歌は更に空気を吸い込み、頬をより膨らせた。


「……ほら、美歌、お顔がこの前の絵本のオオカミさんみたいだぞ! 私に似て普段は可愛いいお顔なのに、そんな顔してちゃ台無しだぞー! お目々が怖いわよー!」

 

「むー! 別にオオカミでいいもんっ!」


 拗ねて、そんな事を言う美歌。


「もう、美歌。ごめんごめん!

ママが謝るから、人間の私の娘に戻って。それで、さっさとリビングのテーブルの上を綺麗にしてきてくれなーい?」


「うむー! むー!」


「わかった! ……じゃあ、今日のお祝いも兼ねて、美歌が前から欲しがってた腕時計を買ってあげようかーなー?」

「――うん、ママ! じゃあ、わたしテーブル片付けてくるねっ!」


 美歌は母親の言いかけた言葉を聞いて、直ぐに態度を改めると。ぴょんぴょんと嬉しそうにキッチンから出て行った。


「んもう、現金ねぇ」


 部屋に残された母親は、呆れを含むニコニコ顔で呟いた。の、だろう。相変わらず母親の顔を判別する事ができない。それを辛く悲しく思うものの、幸いな事に徐々にこの記憶(ユメ)と自分自身の主観が曖昧になってきた。もう、何も考えずに“成り行き”を傍観するのみ。


 …………。


「えーと。コレあっちで、コレそっちで、コレこっちで、コレ……なんだろう?」


 美歌が母親に言われたように、リビングのテーブルの上をイスに立って片付けていく様子が流れる。ある程度の片付けが終わると、


「……こんなもんかな!」


 そう言って、彼女は満足そうに頷いた。


「ママー! テーブルの準備おーけー!」


 美歌は自分の居るリビングから、

扉一枚によって仕切られたキッチンに居る母親に声を上げて伝えた。


「はーい。最後の料理を焼き上げて、お皿に盛り終わったら持っていくわよー! あと10分くらいかなー?」


 返事がきた。

大きな声で言った為、リビングからの美歌の声はちゃんと母親まで伝わったようだ。


「わかったー!」


 そのまま立っていたイスに自分の小さな腰を下ろし。母親が料理を持って来てくれるのを待つ事にする美歌。


「ふーん♪ ふーん♪」


 美歌は前から欲しいと母親にねだっていた腕時計を買ってもらえるかも知れないという考えから、先程までが嘘のように上機嫌で鼻唄なんて歌って時間を潰す。そこで、ふと窓の外を見ると。外はすっかり夕焼けに紅く染まっている。いつもなら、そろそろ父親が帰って来る時間だ。と美歌はぼんやりと思った。


「……あれ、もしかして」


 そこでようやく、自分が上手く母親に丸め込まれたという事実に気が付いた。


「むー、ママめー!」


 また、してやられた。美歌は子供心ながら悔しく思い、そうやって言葉を溢す。と、同時に彼女の中で、母親に丸め込まれせいで消し飛んでいた色々な感情が呼び起こされる。


 ――母親が、美歌自身の成長を純粋に喜んでくれているという嬉しい感情。母親にまたしても上手く扱われた自分に対しての悔しい感情。こんな他愛ない事で毎回一々祝ってくれる大好きな両親への普段は直接伝えられない、ありがとうの感情。そのような色々な感情が、自分の中で一辺に蘇ってきて。とても何とも言えない気分になってしまう。その時は、生まれてきた事を神様に感謝していた。


「ん……?」


 ――そこで感じた、違和感。


「なっ」


 ――皮肉にも。


「……なに?」


 ――誕生日の、その日。


「……からだが、おかしい。何で?」


 ――美歌の全てが狂い、歪み始めた。


「ッ……ガッ! ……な、なに? 痛い……よぉ」


 ドクンッ! と突然に心臓が高鳴り、血液が異常な熱を帯びて全身を駆け巡る。美歌は反射的に自分の身体を傾け、衝撃でイスから部屋のフローリングに悲鳴と共に転がってしまう。


「……ヴッ……ガァッ!!」


 呻くように声を出し、悶える美歌。


「――なん……なのよ……ァ!」


 ――幸いなのか、不幸だったのか。

当時の美歌はまだ幼く、自分の身体に起きている違和感の正体をよく理解する事が出来なかった。まあ、仮に理解出来たとしても。自身の下着の中で長く伸び始める、人間にとって退化してしまった骨や神経。頭の上へと尖り変形しながら動いていく、音を聴く為の器官。全身の皮膚に浮き出る、鳥肌のようなぶつぶつ、被毛。……そんな非現実的な信じられない変化に対抗する術など、その時の彼女は持ち合わせてなどいなかっただろうが。


「はぁ……はぁ、ゥヴ、ガァ、アッ!!

……か、はぁ……はぁ、う゛ガァ……!!」


 発作のように急激に、美歌の感じていた違和感が明確な苦しみに変化する頃には。既に美歌自身ほとんど正気を保てず、苦しみが無くなるのを両目いっぱいに溜めた涙を流しながら耐えるのがやっとだった。


 ――夕焼けの紅さが照らす室内。


 徐々に薄暗くなってきた、記憶の中の室内。

そこにいた少女の影は、少しずつ、少しずつ……。だけれども、刻一刻と確実に、彼女は人としての形を崩していった。


 

「いや、だ……。

……イ……ヤ、やめて……お……願い」


 幼い美歌は朦朧(もうろう)とする意識の中。フローリングに直接横になり、虚ろな目で自分の両肩を抱き締め、押し寄せてくる何かを必死に否定する。拒否する。抵抗する。


「こわ、い……。こわ、いよ」


 ――幼い美歌は思った。

自分がこのまま、この“何か”に押し負けてしまえばどうなってしまうんだろう? ……と。


「こ……わい……よ……」


 ……怖い。

ただ、ただ、怖い。恐怖。美歌の感じていたのは。まるで一滴の水玉でしかない自分が、押し寄せてくる濁流に呑み込まれ。そのまま混ざり合って消えてしまうような……。言い知れぬ恐怖。


 ――その恐怖は、刻一刻と美歌の中で明確な形を持ち、大きくて強くて存在感の有るモノへと変容し変化して行く。そして、


「あっ――あ、ァア、ァア!」


 終いに、


「――ゥヴグ、グァアアアッ!!」


 一旦身体をくの字に曲げると。美歌は幼い少女の口から出るには不釣り合いな獣のような叫びを上げてしまった。それを合図にしたように美歌の変身が本格的に始まってしまう。


 彼女の下着を引き裂き、母親と選んで買ったお気に入りのスカートを捲り上げて。髪の毛と同じ色の黒い毛の束がズルズルと外に飛び出てくる。美歌の身体に生えてきたのは、本物の獣の“尻尾”だった。


 次に。同じく髪の毛と同色の人間の物とは違う捲縮(けんしゅく)した毛……。“獣毛と毛皮”が美歌の衣服で隠されていない、見てとれる限りの部分……腕、足、顔まで、身体の至る所から生え始める。


「ゥウ……かみの……毛?

私の、うで……から?」


 そこで流石に、美歌は自分に起きている変化に気が付いたようで。震えながら、自身の肩を抱いていた腕の片方を見えやすいように顔の前まで上げて。恐る恐ると眺めてみる。


「いや、いや、いや、いや……!」


 その腕は美歌が眺める数秒のうちに。例えるなら植物の発芽の様子を早送りにしたよう、びっしりと黒い獣毛に覆われてしまった。


「……ひぃ!」


 更に獣毛に覆われた腕は変化をそれだけでは止めようとはせず。次に、かろうじて幼い少女の物そのままだった形をバキバキと骨が動くような音と共に変え始める。美歌はそれを見て、聞いて、小さく悲鳴を上げた。


「……はぁ、ハァ、ハァ、ハ。」


 ――肘は曲がり、あまり動かせないような位置に固定され。前腕から手首にかけて少し伸び。指は手の内側に向かって縮み、黒く鋭い爪と肉球が構成される。……そうやって、いつの間にか。美歌の両腕は完全な獣の前脚と言える形状に変化している。両足、いや……後ろ脚も同様に。


「これ……グァ? ワンちゃん、の足?

……私、ワン……ちゃんに?」


 断続的に襲ってくる精神的、肉体的な苦痛と苦しみの刹那。鋭い爪で誤って腕……脚を引っ掻いてしまい、毛皮に血が滲んでくる。それによって一時的にクリアになった思考で、美歌は自分の変化した前脚が一体何の動物の物なのか。自身が何に変化しようとしているのかを直感的に気づく。


「……もし、かして……。さっき、グァ……私が……ママの言葉に、ハァ、ハァ、オオカミでいい……って、別にオオカミでいいって……答えた、ガ……ら? うそ……そんな」


 そして、今自分に起きている変化が先程の母親との会話で何気なく口にしてしまった言葉じゃないのか? という考えに行き当たった。


「……神さま、ごめんなさい!」


 ――きっと『自分を祝おうとしてくれてるママに、大した事でもない理由で拗ねて。くだらない、心ない言葉を言ってしまった自分に神様が怒って罰を与えたんだ』そう心の中で懺悔。


「……神様、ごァ、んなさい!!」


 ――強く祈った『これからは、もっと良い子にしますから。だから、お願いします。元に、戻してください!』そんな無駄な祈り。


 幼い少女――いや、最早一匹の獣は。そんな風にただ、滑稽に、残酷に。すがるように自分自身の創り出した都合のいい“神様”という存在に祈り続けた。そうしてる内に神様に許されて、必ず人間に戻る事が出来る。そうやって心から信じて。


「……グッルルゥ……ガァァ、グァ!!」


 いつの間にか。美歌自身の顔も身体も完全に人間の物から、獣の物へと変化してしまっている事にも……気が付かないで。




        ~ ~ ~




 ――夕焼けの紅さが照らしていた室内。


 一日射しが地平線の先に旅立ち。ただ漆黒に包まれたリビングの室内。


(……ん?)


 その暗闇の中で、●●はふと我に返る。


(……あれ、私?

……昼寝でもしちゃってたの?)


 先程まで感じていた苦痛と苦しみは、まるで夢だったかのように消えている。いや、或いは●●の見ていた夢の中の出来事だったのかもしれない。そうだ、そうなんだろう。そうに決まってる。そう●●は胸を撫で下ろして安心する。


「グルル……? ッハ、ハ、ハ……?」


 ●●はゆっくりと、普段通り二本の足に力を入れて立ち上がろうとして。何故かそれが出来ない事に違和感を感じた。足が、膝が、思うように曲がらないのだ。●●は、仕方ないので腕と足の両方。一度四つん這いの体勢になってから、四脚を使って立ち上がろうとする。


「ハッハッハ……?」


 おかしい。四つん這いになるはずが、何故か手と足を伸ばしきっているのにしっかりと四脚が地面に着いている。そのまま無意識に“四脚”で立ち上がってしまっている。仕方無しに、●●はとりあえず部屋の電気を点ける事を判断して、“四脚”でスイッチのあるドアの方へと歩き出そうとして。


「……キャウ!」


 身につけている……身につけていた服に“前足”をとられて、前かがみに転倒してしまった。


「美歌、遅くなってごめんね?

いやー失敗。ちょとレシピ本の焼き時間を間違えて覚えててね? 作り直してたのよ。……あれ、なんで? 真っ黒なのかしら?」


「グルルル……?」


 ――そこで美歌の母親が、ようやく完成した料理を盛った皿を両方の腕にのせて。器用にドアのノブを下げて部屋へと入ってくる。


「いびき? もー美歌、私が苦労して生焼けのお肉に試行錯誤してる間に待ち疲れて寝ちゃたの? ……電気点けるわよー?」


 肘を使って、ドアの近くの壁にある照明のスイッチを押した美歌の母親は――。


 ――照明が点灯し明るくなった部屋で。ボロボロになった愛娘の服を身に纏う一匹の黒く巨大な犬のような“獣”を目撃した。


「……ッ!! ……んぐっ!?」


 美歌の母親は、悲鳴を上げそうになりながらも咄嗟に口を閉じて黙る。


「ハ、ハ、ハ、ハッ……?」


「……ッ」


 そして、獣を刺激しないようにゆっくりと部屋から後ずさろうとして……。


「へ? ――ぁあっ!!」


 そこで、部屋の床に幾つもの“娘の物”だろうまだ湿っている血の跡がある事に気が付いてしまった。実際は、変化した身体をうまく扱えない美歌の自傷によって流れた血なのだが、母親には知る由もない。


「み、美歌? ……美歌ッ……!?

そんなっ、美歌、美歌ぁ!!」


 姿の見えない娘に。

目の前にいる、黒い影を纏った犬や狼に近い姿の化生。この状況から、母親は、


「ガァ……ッ?! (ママ……?!)」


「――嫌、嫌。ば、バケモノ……ッ!!

あなたが? あなたが美歌を?! 私の娘を?! ――そうなのッ!?」


そう勘違いをしてしまったのにも無理は無かっただろう。気付ける筈も無い。そのバケモノの正体こそ最愛の娘だというのに……。


(バケモノ……何言ってるの、ママ?)


「来ないでっ!! 来るなッ――!!」


 悲しいすれ違いの悲劇。母親が料理を落として、皿が割れた。部屋の中に響いた音。それは同時に、母親や日常といった美歌を取り巻く全てが壊れた音でもあり、


「――――――ッ!!」


変わってしまった美歌の叫びは、もはや人間の言葉では無く。当然に人間である母親には届かないもの。それを境に、もう二度と美歌の声は母親に届く事が無かった……。






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