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Trans-Strands―変態と変身で変化する日常―  作者: i'm who ?
一章 【変態と変身で変化する日常】
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一章……(挿話) 【幻聴の娘】


 背にする校舎に響く、休憩時間の終了と次の授業開始の合図であるチャイム。それを意に介する事もなく、荷物など持たずに……とぼとぼ、フラフラと校門へ向かって歩く一人の女子生徒の姿があった。


 ――彼女の名前は【神波鳴(かみなみな) 美歌(みか)


 彼女の表情には、不安、戸惑い、困惑。そんな暗い感情が(にじ)み出ていて……。それに加えて生気の感じられない蒼白の顔と、左右に足取りの覚束ない弱々しい歩み。まるで、その姿は白昼に徘徊する幽鬼か何かのようであった。


「……なんで――?」


 彼女は、問い掛ける。


「……どぅ、し……て……?」


 ――彼女の口から、再度の問い。


 美歌は、自身の意思とは関係なく……憎たらしくムズムズと出てきた下着の中の感覚。ふさふさとした憎たらしい“それ”を震える手で押さえつけ、誰に対してでもない無意味な問いを口にした。


 意識すると、別に好きで付けている訳ではないヘアバンドの中で耳にも違和感を感じる。少し危ないかも知れない。だけれど、精神的に余裕が無くて自身の身体の変化にさえ構っていられない。彼女は瞳を潤ませ、グスりと鼻を鳴らした。


「なんで……こんな、身体なの?」


 涙声の美歌が発した、再三の問い。

それには一体どれだけの思いや感情が含まれているのか。きっと他人には、真の意味でそれ理解する事は叶わないだろう。こんなバケモノのような……同じ境遇の者でもなければ、決して。


「もう……やだよぉ……っ!」


 完全に人目が無い場所ならば、そのまま美歌は泣き崩れて嗚咽混じりに喚き散らしていたかも知れない。それ程までに彼女の精神は疲弊(ひへい)し、また、傷付いていた。


 ――クラスメイトの男子生徒【狩仁(かりひと) (こう)】の行動と、それにより彼が認知してしまったであろう秘密。彼は意図せず美歌のこれまで押さえつけていた暗い感情の(たが)を外してしまった。その結果が、これ。他人が安易に踏み込んではならない彼女が抱えているデリケートで深刻な問題、秘密に土足で踏み込む危険な行為であった。


 それだけでも美歌は半壊状態。更に体調不良という要因も相まって、現在進行形で彼女の精神が崩れている。このままにしておけば、彼女は本当に壊れてしまいかねない。危機的状態。


「……う、グッ……」


 美歌は膝を折って、身体を丸める。


「(……あ~あ……平気? なんだか凄く酷いありさまだね。だいじょぶですか~?)」


 ……不意に。


 本当に不意に。美歌のその様子を見兼ねたのか声がかかった。高く子供っぽい声。


 ――だが、既に次の授業が開始された時刻。

理由も無くこんな所に人は来ない。美歌のふらふらした様子を目撃した誰かが、彼女を見兼ねて校舎の方から来るにしても接近する足音くらいは聞こえるものだ。


 というよりも。元より、前触れもなく掛けられた声、その主の姿が無い。見回せども美歌の目の届く範囲に人影などは無く。或いは“その声”は彼女の幻聴なのか……?


「(ほらほら、そのスカート押さえてる手も毛深くなってるよ! ……もう~! ミカちゃん、自分をしっかり持って! 人間じゃなくなっちゃいますよ〜?)」


「……嫌よ。今は現実から逃げたいの……」


「(……ふ〜ん、そう)」


 幻聴にしては、人間らしすぎる声。


「……自分からも逃げたい、はぁ」


「(ん、あちゃ~、今回は深刻だねぇ……。

でもね、今は抑えてくれないと。万が一誰かに見られちゃ……。あ〜、とーても、都合が悪い事になっちゃうよ?)」


「……それは、解ってるわ。……くっ!」


 声はそう言うが。美歌は不安定になりつつあった自身のバランスをなかなか安定させる事が出来ず。徐々に身体の全身に、ざわざわとした違和感を抱き始める。


「(……ん~、どうかしたの?)」


 ――その違和感は、美歌の年ごろ相応の美しい柔肌を獣の毛皮という……とても不釣り合いな物に変え、蝕んで行く。口が裂け始め、八重歯……牙が口元から伸びてくる。


「(って、ヤバッ!! ……っとりあえず!

ミカちゃん、そこの校門の陰に隠れて!!」


 ――美歌の様子がおかしい事に感づいた声は、焦りを含んだ物に変わった。そして、まだ辛うじて原形を留める彼女に呼び掛け、手遅れにならないように素早い対応を促した。


「う゛……う……」


「(はい、心を落ち着かせて!! ミカは人間の女の子でしょ? だめだめ、そんな醜い尻尾や毛皮は似合わないよ?)」


「……はぁ……はぁ」


「(よし、もうちょっと!

うんうん、抑えて、抑えて!)」


「…………」


「(…………)」


「…………」


「(…………)」


 …………。


 五分は経っただろうか。


「はぁ……」


「(……もう治まった?)」


「……み、たい。うん」


 美歌は、声の指示で寄りかかっていた校門の陰からゆっくりと立ち上がる。その身体には、“尻尾や毛皮”なんて人間に似合わしくない物は勿論存在しない。多少制服が乱れているが構う事はないだろう。


「……危なかっ……コホッ、ゲホッ!」


 ――これが、もしこの場に“声”が居なかった場合どうなっていたのだろう? そこに居たのは最早、美歌ではなかった可能性もある。それも有り得た事実に、美歌は内心で身震いした。


「(一体どうしたの? ――もしかして。

言葉巧みに男の子に保健室にでも連れ込まれて、見られたくない身体のどこかを見られたり……揉まれたりでもしたの〜?)」


 不思議な事に。その声はまるで、その場に実際に居たかのように。とても鮮明かつ具体的に先程の状態を言い当てる。


「はぁ、(しずく)……。

起きてるって聞いたけど、見てたの? あぁ……そうか、だから私の様子を見にきたのね。おかげさまで……助かったけど」


 少しだけ持ち直した美歌は、その謎の声に対して(しずく)と名を呼び、何も無い空間に……自身の足下に向けて語り掛けるのだ。


「(まぁ……途中から、ね。ちょうど~ミカが男の子に連れられて、保健室に入ってきた辺りから居たかな?)」


「……ほぼ最初からじゃない。だったら、どうせなら、私を助けてくれれば良かったのに……」


「(……ちょっとっ! 無茶言わないでよもう! こっちは身体が無いんだからっ! 幽体離脱的なコレって、自分の意思で戻れる訳でもないんだし、どうやってミカを助ければいいのっ?)」


「だったら、尻尾が出てる事を私に一言伝えてくれれば、よかったのに……」


「(うぐぐ……それについては~謝るよ。

男の子にミカの尻尾が握られるまで、こっちもポケーとしてて。まさか尻尾が出てるなんて気が付かなくてさぁ……)」


「そう……」


「(あ~でも安心して! あの男の子、少し変な所有るみたいだけど。きっと悪い人じゃない……と、思うよ! なぜならミカの尻尾見ても、嫌な感情一つ持って無かったもん!)」


「……当てに、ならないわ」


「(……そうか~。まあ、そうだよね)」



 謎の声? 声だけの存在は自分なりに美歌を元気付けたり、慰めようとするが。本日の彼女にはあまり良い効果が無いようだ。


「(……あっそうだ! ならいっそ、あの男の子にミカの事情を打ち明けて、同じ秘密を共有する友達になってもらうのはどうかな? な?)」


 声は「名案だと思うな!」と言葉を付け足し、美歌の意見を求める。


「……本気で言ってるの?」


 だが美歌は瞳を鋭くし、声の意見に対して否定的な感情を顕わにする。


「(だって、尻尾を見られたくらいならミカの趣味がコスプレって事にでもして無理に誤魔化せると思うけど。……いい? 直接触られたんだよ? あの男の子、尻尾が本物だってきっと気が付いてるよ~? ミカが狼女的なアレで普通の人間じゃないって気が付いてるよ……たぶん?)」


「気が付かれたの……それは解ってる。

私の口を塞いだ時に、めんどくさい事になるとか、日常が壊れるとか言ってたし」


「(~ならさ、私達があの男の子へ取る対策手段は……おおざっぱに分けて二つ。ミカちゃんの理解者になってもらうか……穏便に消えてもらう。ふふっ、わかってる? それだけだよ?)」


「…………それだけ」


「(……流石に、ミカに獣の尻尾や耳が生えてるなんて事を言い触らしたりはしないと思うけど。それを弱みにして、ミカに言い寄るような悪い人間だとしたら……。“友達”の為に、これまでみたいに……あの男の子を“消す”事にするね?)」


「…………」


 美歌は否定も肯定もせず、ただ複雑な表情を浮かべるだけ……。


 ――後半がやけに物騒だった気がする会話は、そこで終了する。するとそこで、美歌は耳を僅かに動かして身体を強張らせた。


「(あ……ミカ。気付いてる? warning! 警告。警告。後ろからあの男の子が走ってくるよ。なんだろね~今はこれ以上一緒にいてあげられないけど。困ったら、直接頼ってね?)」


「ありがとう、雫。

……私、ちょと、立ち直った」


「(……ふふっ)」


 後ろから先程の事の発端である人物が近づいてくるのが見えたと同時に“雫”と呼ばれた声は完全に沈黙した。美歌は彼を睨み付ける。きっと、これまでと何も変わらない。



 


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