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Trans-Strands―変態と変身で変化する日常―  作者: i'm who ?
一章 【変態と変身で変化する日常】
4/11

一章……(3) 【後悔はまだ後で】


 孝は……驚愕に立ち竦んでしまうだけだった。


…………いやいや。 


 ――だが何にしても、何時までも“このまま”というわけにもいかないだろう。彼女の容体が気になるし。


 だから“尻尾の存在”は頭の中から除外しておく事とする。きっと流行のそういう高性能コスプレグッズか何かだ。……そうに決まっている。


「……神波鳴さん、だ、大丈夫?

僕の声聞こえる……かな? 意識有る?」


 容体確認。彼女は荒い息づかいをし、その考の声に反応を返してはくれない。場合によっては救急車、そこまで行かなくても“適切な判断”をする事ができる大人を呼んだほうが良さげな気がする。


(そうするとなると、ちょっと手を加えるかな)


 考は顎に手を添えて、考える。


「……失礼するね、カミマシタさん?」


 そう言っておき。

とりあえず、彼女の開いた胸元を制服で隠してボタンをはめておく。捲くれたスカートをそーっと指で下ろして整える。これでこの後、大人を呼んだとしても『“変な事”をしていたんじゃないか?』とか勘繰られる危険性と心配は減った。


(それから……。しっかりと全身をベッドに寝かせてあげた方が良いかな?)


 美歌の臀部……から腰の後ろに腕を回し、

ベッドからはみ出た彼女の下半身を持ち上げようとして……触れた。ふさふさとした感触。


 つい、スカートから伸びた尻尾を掴んだ考。


「え、え……?」


 孝は自分の握った造り物である……

“筈”だった尻尾。その尻尾から、手のひらを通して自分に伝わってくる“確かな生物の”熱や質感に困惑したような声を出してしまう。


(――ほ、本物、モノホンッ!? だって?

まさか、そんな、あ、あり得ない……。え、えッ本物ッなのッ!!?)


 ――考は恐らく、その瞬間。自分でも信じられない程に、困惑し、混乱し、どうしようもなく“尻尾”に釘付けとなってしまっていた。


 ……場面は、こうして冒頭に続く。




        ~ ~ ~




  ――聞いた話しによると、人間は他人が自分の直ぐ近くで“これ以上無いくらい”取り乱していると。防衛本能からか、反対に落ち着いてしまう習性があるらしい。どこかで耳にしたその雑学を現在、孝は自身の身をもって体験していた。


「はぁ……はぁ……。

う゛うぅ……ひっぐ……ひっぐ……ッ!」


 肩を震わせて、しゃくりあげる美歌。


「えーと。か、神波鳴さん?」


 ようやく孝が落ち着いてくると、まず、そんな美歌に対しての罪悪感を感じた。


「ひくっ……そっとして、おいて……」


 弱々しく美歌は呟く。

一時は泣き叫びながら取り乱した彼女。だが今は体調不良のせいも有ってか流石に叫ぶのは止めて、ベッドの上で自身の尻尾を股の間に挟み、両腕で膝を抱えて小さくなっている。


「ひっぐ……」


 一見落ち着いているようだが。……彼女の精神がまだ不安定な状態だろう現実は決して変わらない。そして、体勢と尻尾のせいで孝に可愛らしいシマシマの下着がモロ見えになっている。そんな事実もまた変わらない。


(くっ! ……尻尾が……尻尾が気になるよっ!

でも、今はそれどころじゃない! なんとかできないかな、えーと? うーんと)


 孝は考えながら、液晶にエラーと表示されアラーム音を鳴らし続けていた体温計と美歌が床に落としたヘアバンドを拾い上げる。


(僕はどうすれば……)


 拾い上げた体温計を机の上に置き、ヘアバンドを掴んだままで孝は考える。今の美歌は、考が何を言っても、呼びかけても、その声にまともな反応をしてくれない……。


(……これは、時間が経って、自然と落ち着いてくれるのを待つしかないかな?)


 仕方なしに。

自分が余計な事をするより、時間が解決してくれるのを待つ事にしようとしたのだったが……。


 ――さて、その時だ。

廊下から数人ほどの会話が聞こえてきた。


 …………。


「ねえ? さっきの叫び声聞いた?」


「うん、聞いた。たぶん一階のこの辺りから聞こえたんだと思うけど……。なんだろうね、あれ絶対に悲鳴だったよね? よね?」


「あ! おい、そこの下級生達。ちょっとの間ジッとしてろよ。今、直ぐに先生を呼びに行ってる奴がいるから、変に行動すんな! 危ないかもしれないだろ?」


「ホント、マジでスゲー悲鳴だったかんなー。不審者が校内に入って来てまーす。今も誰かが物陰で刃物を突き付けられてまーす。じゃ、まったく洒落になんねェぞー!」


 …………。


 ――その数人の会話から察するに。

どうやら、美歌の声は保健室の外にもしっかりと漏れてしまっていたようである。最悪だ。


(うっわ……不味いな。外の様子じゃ……きっと直ぐに誰かがこの部屋に来る。確実にめんどくさい事になるよこれ! “今の状況”で第三者が訪問して来るのだけは最低限避けないと……!)


 孝は再び焦り出す。

今までは美歌の尻尾を見て、握ったのが彼だけだからまだ良かった。いや、この場に二人きりだから良かった。時間はかかるだろうが、どうにか場を治める事も可能だったろう。だが、もし先程の美歌の声を聞いた他の生徒や教師が保健室に来てしまったらどうなるのか?


 ――それは、とてもとても大きな勘違いや誤解をするに決まっている。尻尾を付けた美歌に……ではなく。部屋で一緒に居た孝に。


 ――例えば部屋に入ってきた第三者が、今の二人の状況を客観的に見てしまったとしよう……。


 泣いている、尻尾を象ったアクセサリーでコスプレを“させられている”何かしらの理由で衣服の乱れた、ベッドの上で苦しそうに息を荒くしている女子生徒。彼女の下着を見ながら、彼女と二人きりで保健室にいた男子生徒。


 ――そして、被害者の彼女は一言。


『――彼にこの部屋に連れ込まれて、

自分の身体を何度も揉まれた!!』


 と、助けを求めるよう、第三者にこの保健室で起きた“ある意味で真実”である惨状を伝えるのだ。きっと伝えてしまうのだ。


 ――こうして、孝の人生は呆気なく終わりを迎える事となる。美歌の正体も、彼女から生えた尻尾の真実も知らぬままに――永遠に。


(――いやいやいや、それは、ダメだっ!)


 バカバカしいようで全く笑えない。

これから起こるであろう自分の最悪の状況を想像して身震いし、首を横にブンブンと振る孝。


 ――保険室の外、廊下からは、


「おい! 先生呼んできた来たぞ!!

体育課のマッチョマンだ!!」


「誰がマッチョマンだ! アホッせめて“先生”を付けろ。んで、叫び声だと? んん、なんだァ。この辺りの部屋からかァ? 面倒だな」


「はい、マッチョマン先生。たぶん……被服室とか、空き教室とか、保健室の方からだと……」


「て……おいおいアホッ、勘違いすんな。先生を付けりゃ良いってわけじゃねーぞォ。わかった、この辺りか!」


 そんな会話が聞こえてくる。

つまり、孝にはもうほとんど猶予が無いという残酷な現実。参考までに、扉の錠は鍵が無いと掛けられない構造なので猶予を延ばす方法等もない。間もなく“マッチョマン”とか呼ばれている教師が部屋に踏み込んで来るだろう。


(うわうわッ!? どうするっ!? どうしようっ?! ―――どうすればっ!!)


 孝は考えを巡らす。


(――無理そうだけど、あぁ、せめて……神波鳴さんが落ち着いて僕に口裏を合わせてくれれば!! ……くっ、ダメか。…………ん、いや、待てよ。そもそも彼女が泣き叫んで取り乱した原因は何だ? 僕が身体に触れたから? ……違う!!)


 更に考えを巡らす。


(思い返すと、『そっとして、おいて』あの言葉的に、僕の行動事態は大して気にしてないみたいだ。だったら、尻尾の存在を僕に気が付かれたから取り乱したんじゃ? もしそうだとしたら……)


 …………ッ!!


「ごめん、神波鳴さん!」


 ――次の瞬間、孝は美歌に飛び掛かった。


「ひっく……ひく……っ!! ……ムグッ!!」


 孝は美歌を勢いのままベッドに押し倒し、彼女の口を自分の手のひらで塞ぐ。どうでもいい事だが、美歌と目と鼻の先という距離で孝は、彼女の頭の上に髪の毛と同色の獣の耳が生えているのにも気が付く。非常に気になったが……今は無視。


「う、むゥ、むゥッ!?」


 泣いていたからか、赤く充血した彼女の瞳。

目と目が合う。彼女は押し倒された事に理解が間に合っていないのか、目を丸くするばかりで抵抗らしい抵抗をしない。孝は非常に申し訳ないと思いながらも、そのままの状態で美歌の頭の上に向かって呟いた。


「神波鳴さん。後で謝罪でも釈明でもするから、とりあえずこの場は落ち着いて!! じゃないと、いい? この部屋に来た誰かに、その可愛らしい尻尾をまた見られちゃうよ?」


「つッ……!!」


 険しい表情をする美歌。


(よし!!)


 孝の考えは当りのようだ。


「きっと、めんどくさい事になる……。

場合によっては、これまでの(僕の)日常が壊れる事になるかもしれないよ? ねぇ、そうなっても良いのかな? ねぇ本当に良いのかな?」


「…………ひっ」


「だったら……解るかな?

提案じゃなくて、命令。言う通りにして?」


 ちょっと強い口調になったが、仕方ない。

怖がらせてしまうかもと心も痛んだ。


「…………」


「……どう?」


 ……こくり、と。


 美歌は口を塞がれたままで頷いた。


「よし。じゃあさ、誰か来たら僕に口裏を合わせてね? あとは、これ落とし物! めんどくさいから、その尻尾と耳はちゃんと隠して!!」


「――え、耳? 耳も!?」


 孝は美歌を自由にすると、ヘアバンドを彼女に投げ渡してベッドから遠ざかる。そして、直ぐ様に保険室の窓を一ヶ所だけ全開にした。




        ~ ~ ~




「お騒がせして申し訳ありません!!

彼女、虫がとても苦手みたいで。僕が換気の為に開けてしまった窓から、虫が入ったから。それで悲鳴上げてしまって……」


 孝は「虫は何とか捕まえて、今外に逃がした所なんですけどね」と、自然な言葉を付け加えて全開にした窓を閉めて見せた。


「そうなのかァ?」


 悲鳴が聞こえたと生徒に報告を受けて、実際に悲鳴が上がったこの部屋を特定して入ってきた体格のいい教師。彼は孝の説明を怪訝(けげん)な表情で聞き終わり、美歌に確認を取る。


「そ、そうだよね、神波鳴さん?」


 獣の尻尾をスカートの中にでも隠し、獣の耳も再び身に付けたヘアバンドで隠しているのだろう美歌。孝は顔を引き攣らせて隣に立つ彼女に同意を求めた。彼女の発言によっては、孝は腹を据えなければならないだろう。


「はい…………ぐすっ……はい。すいません、でした。部屋に入って来た虫が顔に張り付いたので、子供っぽく泣き叫んでしまいました。とても反省してます……」


 しっかり口裏を合わしてくれた。


「ん……そうかァ。あーあれだ、何も無かったんなら別にいい。もうそろそろ次の授業の時間だな。おまい等、授業遅れんじゃねェぞ!」


 そう言うと、教師(マッチョマン)はやれやれと頭を掻きながら保健室を後にした。本当にギリギリの、危機一髪で何とかなったようだ。


「…………」


「…………」


 ――そして、部屋に残された孝と美歌。


「…………」


「…………」


 気まずい沈黙。


「……もう、帰って、いいかしら?」


 生気を失い、顔面蒼白、無表情。

年頃の少女がしてはいけない程の(やつ)れた表情で孝に質問する美歌。精神的にも肉体的にも限界が近そうだ。見ててとっても痛々しい。


「あ、体温……いや、もういいか。

う、うん、帰って良いよ。でも保健室で少し休んでいかなくて大丈夫なの?」


「…………」


 何事も無かったように言ってみた孝の言葉を美歌は最後まで聞かずに、そのままフラフラとした足取りで保健室を出て行こうとしてしまう。その身体は完全に人間の少女のものであり、獣の耳や尻尾等は見当たらない。


「…………あ、えーとさ」


「…………」


「あの、神波鳴さ……ん…………」


 言葉を探せど、どう言い出せば良いものか。ここでの安易な、短慮な言葉は取り返しが付かない事になるかも知れない。そのまま考が言い淀んでいるうちに彼女は行ってしまった。


 結局、無言で見送ってしまった考。


「……」


 ゆっくり視線を下げ自分の掌を眺める。


「……僕は」


 考は、美歌の感触が残るその掌を閉じたり開いたりしてみた。何度か同じ事を繰り返し、


「……駄目な奴だな。やっぱり」


 それから、ぎゅっと握りしめる。


「僕は……謝りそびれた、それに――」


 自分の軽率で無責任な行動が引き金で、

彼女を泣かせてしまった。傷付けてしまったかもしれない。しかも謝るタイミングを逃して、その上にフォローの言葉を出す事さえできず帰してしまった。あぁ最低だ。人間が嫌いな以上に、自分自身が大嫌いだ。


 ――こうなるのが嫌だから、他人とは表面上の付き合いしかしないと決めたのに。これからの人生ただの道化人間でも良いって諦めて。


 自分自身を顧みて、ただただ反省する考。


(彼女、泣いてた。僕は、自分も他の人も傷付けたくないし、そんなの認めたくない)


 頬を叩いて、気持ちを入れ替える。


(――なら、後悔先に立たずっ!)


 ――けれど、思い立ち。走り出した。


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